第39話 蜂蜜とジュレの余韻


 九月なのに寒い。ぞくぞくする。うう、なんだろう、風邪っぽいのかな。熱測ったけど平熱なのに。


 そう言ったら、時雨さんが家中のオフトンを集めて来ちゃった。そしてどんどん私の上にかけていくの。これ、オフトンのミルフィーユですよぉ。あったかーい。

「風邪の引きかけじゃないかな、ここであっためてよく寝て、すぐ治しちゃえ」

 えーん、時雨さん。その上に乗っかったら重いですー。もがもが。


「何か、食べたいものある?」

「えっと、時雨さんが作るジュレ。フルーツが閉じ込められて、しあわせなあれ」

「いいけど、すぐには固まらないよ。それまでは?」

「じゃあ、時雨さんがいい」

「了解! 私も結花をぱくっとしたかった」


 また呆れられますよ、時雨さん。誰に? 読者さんに。え、どこ?

「誰も見てないって」

 そう言って、ベッドに潜り込んでくる時雨さん。至近距離に端正な顔って、心拍数上がるから。

「あ、でも、キスしたら風邪移っちゃいますよ」

「いいよ、私に移して治るなら、それでいい」

 あ、店長さんの自覚なしだぁ。

「とにかく眠ってごらん」

 王子様のキスで目覚めるのではなくて、王女様のキスで眠りにつく物語。



 ほんわり夢の中。カーテンを通して届く光が白っぽい。

 まだ明るいうちに寝てるのって、少し後ろめたくて、ぜいたくですき。

 しかも今日はひとりじゃなくて、同じ屋根の下に時雨さんがいてくれる安心感でいっぱい。


「目、さめた? 気分は?」

「かなりすっきりしてます」

「ほら、ホットレモン作ってきたから、ごっくんしてごらん」

 抱き起こされて、背中に枕とクッションがはさまれる。

 ひゃぁー、すっぱーい。

「あ、やっぱり結花には、もっと甘い方がいいか」


 指ですくった蜂蜜を私のくちびるに塗りつけてから、時雨さんが自分のくちびるで広げていく。感覚が痺れてしまう程に、身体がふらふら。

 思わず確かめたくなって、蜂蜜が残ってる指を咥えて吸ってみるのに、すぐに抜いちゃうのね。くすぐったがり屋さん。

 そっとくちびるに舌を這わせてくる。ぺろぺろ舐められて、甘さが尋常じゃなく回ってくる。 もう起きられなくなっちゃう。


 ボタンをひとつ、ふたつ外されて、ワンピースの胸元をそっとめくられて。

「あれ、寝てるのにつけてるの? 苦しくない?」

 あ、はずすの忘れてた。

「かわいいレースのブラ。私のと大違いだな」

 時雨さんのはグレーのスポーツタイプだものね。あれがまたカッコイイの。陸上のアスリートみたくて。


「結花。別にもうしなくていいよ。いつでもさわれるように」

 大きな手が、そっと私の胸を迎えにくる。

「やわらかい。結花のはふんわり。だな」

 レースの上から確かめるように、ちょんちょんってつつかれて。

「いや、待てよ。でも、してるのを脱がすのもすきなんだよな。どっちもいいな」

 ゆりゆりっぽくない発言です。時雨さんは男役だものね。

「あ、恭が来た時はしてね。あいつ、いつムラっと来るか油断できないからね」

 確かにねっ。あっちはほんとに気持ちの赴くままに男だからね。


「胸さわった時の、結花のその顔がすきだ。あ、って口が半開きになって、目が潤むの」

 そんなストレートに言われたら、はずかしくなって、頬が熱くなる。

「もっと、たがを外してみたくなる」

 代わりにホックを外されて、胸が露わになる。見られただけで感じてしまう。

 その全てを見通すような目で、私はいつも自分が自分でなくなっていく気がするの。


「きれいだよ」

 少しずつ、ほんとにちょっとずつ、時雨さんは私にふれてくる。

 はじめてのキスまでの時間もそうだった。今こうして胸に手を伸ばしてくるのだってそう。

 実験ノートに記録を残すように、試すように、こちらを見つめる。私とちがって冷静だ。あなたはどんな風に私とのことを感じているの?



「ジュレ、食べる?」

 え、私だけ服を剥かれてるこのタイミングで? あ、は。

 こくんとうなずくと冷蔵庫に取りに行っちゃった。さっとワンピースを元に戻して待ってる。


「はい、あーん」

 綺麗なワイン色がクラッシュされて、グラスの中で宝石のようにきらきらしてる。中には葡萄の実も入っていて甘酸っぱい。

 ワインも入っているのね。どこまでも余韻を残す大人の恋の一匙。


「ほら、おとなしくして。逃げちゃだめだよ」

 そう言って、再び服をめくられてしまう。

「運命線」

 胸の先を手のひらでそっと撫でられていく。運命線は横のライン。時雨さんの手のひらの中央に沿って流れていく、端から端まで。

「今度は生命線」

 生命線は縦のライン。鎖骨から降りていく細長い手。指先が最後にふれて、稲妻が走りながら身体中に響いてくる。

「金星環」と耳元で告げられたまま指の付け根を当てられて、すっぽり手のひらにつつまれていく。果実の扱い。敏感に反応して硬くなっていくのがわかる。


「まるで、さくらんぼ」

 口に含まれた瞬間。舌で軽く転がされた時。私はもうどうにでもしてほしくなって、時雨さんの頭をかき抱く。愛しくて。その目も髪も何もかも。前髪をかき分け、頬を包んで、くちづける。


 天井が揺れる。熱、出ちゃいそう。

 蜂蜜よりも甘い、快感の余韻に浸って、チカラが抜けていく。

 私はもう堕ちていく。あなたにどんどん溺れてしまう。





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