第28話 つま先の線香花火


 今夜、時雨さんは秋の新作メニューの試作で遅くなると連絡があった。

 つまり、恭さんと二人きりの夜ごはんなのであーる。


「何か食べたいものはありますか」と聞くと

「結花」と即答。

 うん、きっとそう言うと思ったぁー。あは、私もだいぶ慣れてきたな。

 きっとあれだ。イタリア人みたいな感じ。女の子みると声をかけなきゃ失礼だとか思ってるんだろうな。習性というか、本能というか……。


 ということで? イタリアンにしよっと。

 前菜はカプレーゼ。名前がすてきで簡単で見栄えがするの。トマトとモッツアレラチーズとバジル。3つの素材を切って並べるだけだもの。あとはおいしいオリーブオイルをかけて仕上げ。イタリアの国旗と同じ3色は、白ワインにめっちゃ合うよね。


 パスタはクリーム系がすきだから、ほうれん草のフェトチーネにしよう。

 グリーンの色が練りこまれた平たいパスタ。これとクリームを合わせるとおいしくて、しかも色がきれいなんだ。

 具は冷蔵庫を開けてみて、アスパラと生ハムに決定。ミルクと生クリーム半々の白いソースに黒胡椒振って。おいしーい。


「うまそうな顔して食うね、君は」

「我ながらおいしくできました」

「パスタの茹で加減も抜群だな。これならちゃんと嫁に行けるぞ」


 この前、恭さんに昔の恋人のことを聞いてもらって弱味見せちゃってから、前より距離が近い。

 基本的に、時雨さんも恭さんもやさしいよね。余裕があるというか、受け入れ態勢ができているというか、間口が広いというか。



 恭さんは、家でぷらぷらしているように見えるけど、実はイラストレーターさんなのだ。前はデザイン事務所に勤めていたけど、今はフリーで請け負った仕事を中心に描いているらしい。


 面白いなと思うのが、両手を使って描くこと。それでもって、右手と左手で作風が違うの。

 もともと利き手の左では、細かいペン先で繊細な線を描く。

 右手では絵筆で落書きしたみたいな、虹のドームみたいな抽象画を作り上げる。


 今は海外の会社から依頼されたイラストを仕上げているらしい。今時は紙とペンだけじゃなくPCで加工するみたいで、私にはどうやってこの絵が出来上がるのか見当もつかない。時々工程を見せてくれるんだけど、まるで魔法をかけたみたいなの。


 恭さんの絵、とてもすき。スケッチブックに毎日書いてる落書きさえもね。

色鉛筆でささっと描いた線も、とてもここちいいの。連れてくる色合いが水面にぽたりと滴を落として、心まで揺らすように響いてくる。


「そんなに気に入ってるなら、描いてやろうか」

って言われて、私の似顔絵?って思ってたら、小さな道具箱みたいなのを持って来たよ。

「ほら、手貸しな」って、王子様がお姫様にそっと差し伸べるみたいに手を取られた。



 目の前にコトリと並べられたマニキュアの瓶たち。ピンク色のグラデーション。それから小さなビーズや銀粉。ネイルアートしてくれるのか。

 恭さん、仕事が速い。ささっと適当に塗ってるみたいなのに、指先に花が咲いたみたいに淡くて綺麗。

 わぁー。両手をかざしてみる。きらきらのお姫さま気分です。


「乾くまで動くなよ」

 そう言って、私の足首を掴んで引っ張るから、ひゃぁーってびっくりしてソファーの隅に逃げてしまった。なに、なにー?

「こら、動くなっていったのに。今度は足!」

 え、足のつめまで? それはちょっと恥ずかしいかも。

 なんて思う間もなく恭さんの手の上に私の足、乗せられちゃってる。


「わ、ちっこいな。サイズいくつだ」

「22センチです。靴探すの苦労します」

「だろうなぁ。菜月は逆に大変だけどな。中途半端な26センチ」

「恭さんは?」

「俺は27だな。年は26だが。来年追いつくな」

 ふぅーん。足のサイズも二人は少し違うのかー。メモメモ。


「あー、こら。手入れしてないな。甘皮はがすとこからやんねーと」

 わぁ、手がふれてるとくすぐったくて仕方がない。しかもどきどきするし。あーん。

 これ、薔薇みたいな香りのするオイルだね。そうやってつめをマッサージするんだ。ふぅーん。


「結花、足きれいだな。足首がきゅっとしてる。なんか運動やってたろ」

 うう、撫でたら死ぬー。

「まったく、つめもちっこいから描きづれーな。ミニチュア家具に色づけしてる気分だよ」


 できあがったフットネイルの絵柄は、花火だった。

 打ち上げ花火ではなく、線香花火。可憐な蛍の光のような小さな火花が散ってる。

 わぁ……。きれい。すてき。



「あ、忘れてた。カフェからデザートもらってきたの。冷蔵庫に入ってます」

「どれだ? これか。お、クレーム・ブリュレ、俺これすき」

 そう言って恭さんがカプチーノを入れてくれる。さっすが、お店でもやってるもんね。いい香り。そして、あらいぐまの絵柄。あは。


「まだ乾いてないから手使っちゃだめ。速乾スプレーはきらいだから」

 そうかなぁ。手はもう大丈夫だと思うんだけど。

 でも確かめようとして指先で押してまだだった時、指紋ついて哀しいんだよね。おとなしくしておこ。


 スプーンでコンコン。お約束通り、甘くてカリカリの壁をノックして、下の濃厚なクリームと合わせてから。

「はい、あーん」

 ぱくっと差し出されたスプーンをくわえる。あまーい。


 え、そのスプーンで恭さんも食べちゃうの? あーあ、間接キス。

 時雨さんと同じ顔でドキドキさせすぎだよ。

 近くでよく見ると、やっぱり男の人の腕って感じで、時雨さんより少し血管がゴツイような気がしてしまう。

 コーヒーカップをそっと口元に差し出されるけど、上手に飲む角度が難しい。泡が口の周りについたままになったらしく、笑われてるっ。


「明日、花火大会だろ。見るのは境のマンションからだけど、持ってるなら浴衣着て来いよ。やっぱ花火には浴衣だ。女の子のうなじがたまんねぇ」

「恭さん、よだれ、よだれ」

 そうか。それで花火を描いてくれたのね。


 可愛くて仕方なくて、しばらくの間、私は手を目の前でかざしたり、足を伸ばしてつま先ばっかり見つめてた。





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