第29話 花火は背徳の予感
今夜は、盛大に行われる東京の花火大会。天気予報は雲ひとつない見事な晴れ。
しかも人混みに並ばなくていいの。いつもみたいにぴょんぴょん飛び跳ねなくても見られるのが嬉しい。
贅沢に境さんとこのマンションの最上階から、ゆっくり眺めるのです。
待ち合わせは現地で。私と時雨さんはお料理を準備して、それ持って後から訪ねる予定。
恭さんは先に向かったから、今頃もう境さんと男同士で飲み始めているのかな。
*
約束通りに浴衣を着ることにした。
小さい頃から阿波踊りをやってるから、浴衣の着付けはお手の物。
実家から持ってきた中に、霞色地に打ち上げ花火が散っている浴衣があるので、それを着てみる。
この生地を選んだ時、若いのに渋いのを選ぶわねって母が苦笑しながら似合う帯を探してくれた。
帯は、落ち着いてるけど華やかな
そうしたらね、あ、ちょっと恥ずかしいな。
時雨さんの目にハートが入っちゃって、どうやらウィークポイントを突いたらしくて。
「結花。か、かわいいっていうか、ちと色っぽい。髪結ってるのも初めて見た」って、うなじにキスされちゃった。
そして、くるっとひっくり返されて、濃厚なキス。いつになく、深く。
「これ、恭が描いたんでしょ、ネイル」
指を一本ずつちゅってされて、小指のところで長く止まってる。何度も咥えられて体が痺れてくる。
しかも、浴衣の襟の合わせ目から手を入れられて、鎖骨を撫でてくるよ。あ、や……。足の合わせに膝まで入れてくるなんて。時雨さん、急にどうしたの?
びっくりしてあわてて起き上がって、時雨さんの胸さわっちゃった、不躾に。ごめんなさい。
「安心して。私だから」
はじめて見る、せつなそうな時雨さん。
離そうとする私の手を自分の胸に押し付けて
「ね、私でしょ」って、撫でさせるの。
「恭がいると、全然抱きしめられなくて。だから、もう少しだけ」
うなずく代わりに、私は自分から時雨さんの唇にキスをした。
覆いかぶさってくる時雨さんが愛しくて、何度も何度も。はだけてしまっても、着付けなんて直せるからいいよ、時雨さん。
こうして私たちは、互いの胸にそっと手を伸ばした。
*
出かける前にこんな誘惑があって、気持ちも身体もとろけてしまった。
ふぅ。二人で笑い合って、出かける支度をする。このままでいたくなっちゃう気持ちを抑えて、お重にごちそうを詰めて、向かいましょうか。
地下鉄に乗る。花火大会に向かう人たちの列に押されながら、しっかり手を握り合って。まるで気持ちを確かめ合うかのように。傍から見てても、きっと恋人同士に見える、よね、私たち。
「お、来たな。結花、浴衣いいねー」
「待ってたよ。腹減った。もうすぐ始まる」
ほろ酔いの二人が迎えてくれて、夏の風物詩がまもなくひとつめの音を立てた。
マンションから見る花火は、窓から飛び込んでくるみたいだ。
こんなに高い場所からだから、花火を上から見下ろすのかなって思ってたけど、もっともっと花火って高く上がっているんだね。
近くで見ても降って来る感覚は変わらない。でも、すごい大画面。防音してるけど、ちゃんとポンポン、ドーンって響いてくる。
大空に絵の具で描かれる線。それはまるで恭さんが右手に大きな筆を持って自由自在に花火を操っているかのようで、思わず何か悪戯していないか見てしまう。
こうして4人で一緒にいられるのは、実は私にはとても楽しい。恭さんはやっぱりなんだかんだ言って、私のめっちゃこのみだもの。すきな人にそっくりなんだから当たり前か。
それから、田舎から出てきている私には境さんも頼れるお兄さんみたいで、嬉しいの。さみしかった日々をすっぽり包んでくれる。
*
キッチンから境さんが作っているカクテルのシェーカー音が聞こえてくる。
真夏なのに
いちばん小さい灯りだけにしているせいか、暗い中で受け取る花火は、より圧倒的な存在に感じるね。
そろそろ花火もクライマックスかな。立て続けに豪華な火花が散っていく。
私は窓にぴったりくっついて、ワインで酔ったこともあって、ぽわーっと花火にしがみつくように見つめていた。
ふっと時雨さんがやってきて、私の背中を抱きすくめる。
あは、お家の続きですか。時雨さんも酔っちゃったのかな。大胆だなー。二人には見えてないよね。
あごをくいって持ち上げられて、キスされちゃう。
……。違う煙草のフレーバー。時雨さんじゃない。
「恭さ……。どうして」
私の頬を撫でながら、恭さんが答える。
「菜月のもんは、みんな欲しくなる」
私はもう一度、同じ形の唇で熱いキスをされた。
「浴衣姿、すごく綺麗だ。似合うな」
耳元でささかれて、足を撫でられる。
「かわいい花火だ」
痺れたつま先の花火が、音に合わせて光ってるみたいに、揺れて見えた。
なぜ、私は「やめて」と言えなかったんだろう。
恭さんが来てから、怒涛の日々だ。もうめちゃくちゃだ。
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