第27話 見つめられる夏の日


「ねぇ、あの子、大学一緒なんでしょ。よく来てるよね」

 時雨さんが、窓の近くで本を読んでいる人を見て、私に尋ねる。


 私は今年の夏も実家に帰省せずに、昼間もカフェに入れる日は働くことにしていた。

 大学はこのすぐ近くだから、時々顔見知りの学生たちがカフェにやって来る。

 夏休みに入った今、授業はないけど部活やレポートのために学校に来る人も多い。


 そんな学生の中で足繁く通って来るのは、同じクラスの藤木祐君だ。

 あ、そっか。この前ジェラシー誘導大作戦で一緒にランチに来た時は、ここにいたのは時雨さんじゃなくて、恭さんだったんだよなぁ。苦笑。

 じゃあ、まだ時雨さんには彼を紹介してないんだ。

 もし時雨さんが「はじめまして」ってあいさつしちゃったら、藤木君の目が点になっちゃうから、ちゃんと伝えておかなくちゃ。


 時雨さんは、ふぅんと言って

「彼、結花のこと気に入ってるよね。告られたりした?」

「しませんよぉ。彼はみんなにフラットな人ですから」

「そうかな。結花に注ぐ視線が妙にあたたかいけど」

「ちょっとはジェラシー感じます?」

 嬉々として聞いてる私の問いはスルーして、時雨さんは続けた。

「最近『今日は橘さんいないんですか』ってお客さんによく聞かれるんだよな。結花、なんか人気だな。さすが私の目に狂いはなかった。何曜日にいるとか、ファンに情報上げた方が良いかな?」

 他の男の人の話をわざとからかうみたいにするなんて、まったくもう時雨さんたら意地悪なんだからぁ。



 次の日も、藤木君はランチの時間にやって来た。

「橘さん、こんにちは」

「いらっしゃいませ。今日のランチはサンドイッチ2種類です。BLTはベーコン・レタス・トマトサンドで、『バインミー』はベトナム料理です。フランスパンにビーフ・大根・にんじん・貝割をはさんだエスニックサンドなの」

「それ、おいしそうだね」

「藤木君、ナンプラー大丈夫?」

「いわゆる魚醤だよね。うん、だいすき。バインミー下さい」


 本がだいすきで、文芸部にも入っている藤木君は、ここに置いてある本目当てでよく来るんだ。

 彼は確か都内在住だったよね。ここに来る時はいつも一人だけど、彼女、いないのかな。どんな子が好みなのかなぁ。

 あ、私なんで気になってるんだろ。


「お目当ての本はありましたか」

「今はこれなんだ」

 彼は読みかけの本の表紙を嬉しそうに私に見せる。ああ、私も気になってたの。

 レイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』だ。この装丁の絵がね、だいすきな荒井良二さんなんだよね。たんぽぽイエローの中に存在する農場の風景。


「気に入って頂けましたか」

 時雨さんが、話に加わってくる。

「はい。少し前に、カフェのフリーペーパーで紹介されてましたよね。12歳の少年のファンタジー。それで読んでみたくなって」

「ありがとうございます。君みたいな人にぴったりかな」


 時雨さんが作る『雨の庭通信』は今回で24号。

 本や音楽についてのコラムもあって、不定期発行だけどすっごく人気なんだよね。

 そして、通信について聞かれると、めっちゃ時雨さん嬉しそうなんだ。仕事がなければ目の前に座っていつまでも話したいだろうな。


 ほよ、今日はカラメルがかかったチョコパフェも頼んでる? 

 藤木君が甘いものかぁ。めずらしいな。長いスプーンで掬って、嬉しそうに食べてるね。

 ゆっくり本に目を落としながら、時々私の方を見てくしゃくしゃっと笑ってくれる。

 藤木君って見てるだけで、ふわっとした気持ちになる。不思議な穏やかさを持っている人。


 帰り際に言葉を交わす。

「この前はランチに誘ってくれてありがと」

「学校はじまったら、また一緒に来ましょう」

「ほんとに藤木君はここの本がすきだね」

 彼はきょとんとして、一瞬の間のあと、こう言った。

「本を読むなら寧ろ一人で来ます。この間のは……、橘さんを誘う口実です」

 まっすぐな瞳で私を見ながら、まぶしそうに笑っている。


 きらきらした夕日が、いつまでも残る夏の午後。


「まるで、誘惑してくる図書館です」


 藤木君が前に言ったフレーズがリフレインして、自分の中で光り輝く。

 それはカフェに対する言葉であると同時に、私に向かって告げられていたのかな。


 そう気づいた瞬間、私は顔が熱くなるのを感じていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます