第27話 見つめられる夏の日
「ねぇ、あの子、大学一緒でしょ。よく来てるよね」
時雨さんが、窓の近くで本を読んでいる人を見て、私に尋ねる。
私は今年の夏も実家に帰省せずに、昼間もカフェに入れる日は働くことにしていた。
大学はこのすぐ近くだから、時々顔見知りの学生たちがカフェにやって来る。
夏休みに入った今、授業はないけど部活やレポートのために学校に来る人も多い。
そんな学生の中で足繁く通って来るのは、同じクラスの藤木祐君だ。
あ、そっか。この前ジェラシー誘導大作戦で一緒にランチに来た時は、ここにいたのは時雨さんじゃなくて、恭さんだったんだよなぁ。苦笑。
じゃあ、まだ時雨さんには彼を紹介してないんだ。
もし時雨さんが「はじめまして」ってあいさつしちゃったら、藤木君の目が点になっちゃうから、ちゃんと伝えておかなくちゃ。
時雨さんは、ふぅんと言って
「彼、結花のこと気に入ってるよね。告られたりした?」
「しませんよぉ。彼はみんなにフラットな人ですから」
「そうかな。結花に注ぐ視線が妙にあたたかいけど」
「ちょっとはジェラシー感じます?」
嬉々として聞いてる私の問いはスルーして、時雨さんは続けた。
「最近『今日は橘さんいないんですか』ってお客さんによく聞かれるんだよな。結花、なんか人気だな。さすが私の目に狂いはなかった。何曜日にいるとか、ファンに情報上げた方が良いかな?」
他の男の人の話をわざとからかうみたいにするなんて、まったくもう時雨さんたら意地悪なんだからぁ。
*
次の日も、藤木君はランチの時間にやって来た。
「橘さん、こんにちは」
「いらっしゃいませ。今日のランチはサンドイッチ2種類です。BLTはベーコン・レタス・トマトサンドで、『バインミー』はベトナム料理です。フランスパンにビーフ・大根・にんじん・貝割をはさんだエスニックサンドなの」
「それ、おいしそうだね」
「藤木君、ナンプラー大丈夫?」
「いわゆる魚醤だよね。うん、だいすき。バインミー下さい」
本がだいすきで、文芸部にも入っている藤木君は、ここに置いてある本目当てでよく来るんだ。
彼は確か都内在住だったよね。ここに来る時はいつも一人だけど、彼女、いないのかな。どんな子が好みなのかなぁ。
あ、私なんで気になってるんだろ。
「お目当ての本はありましたか」
「今はこれなんだ」
彼は読みかけの本の表紙を嬉しそうに私に見せる。ああ、私も気になってたの。
レイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』だ。この装丁の絵がね、だいすきな荒井良二さんなんだ。たんぽぽイエローの中に存在する農場の風景。
「気に入って頂けましたか」
時雨さんが、話に加わってくる。
「はい。少し前に、カフェのフリーペーパーで紹介されてましたよね。12歳の少年のファンタジー。それで読んでみたくなって」
「ありがとうございます。君みたいな人にぴったりかな」
時雨さんが作る『雨の庭通信』は今回で24号。
本や音楽についてのコラムもあって、不定期発行だけどすっごく人気があるの。
そして、通信について聞かれると、めっちゃ時雨さん嬉しそうなんだ。仕事がなければ目の前に座っていつまでも話したいだろうな。
ほよ、今日はカラメルがかかったチョコパフェも頼んでる?
藤木君が甘いものかぁ。めずらしいな。長いスプーンで掬って、嬉しそうに食べてるね。
ゆっくり本に目を落としながら、時々私の方を見てくしゃくしゃっと笑ってくれる。
藤木君って見てるだけで、ふわっとした気持ちになる。不思議な穏やかさを持っている人。
帰り際に言葉を交わす。
「この前はランチに誘ってくれてありがと」
「学校はじまったら、また一緒に来ましょう」
「ほんとに藤木君はここの本がすきだね」
彼はきょとんとして、一瞬の間のあと、こう言った。
「本を読むなら寧ろ一人で来ます。この間のは……、橘さんを誘う口実です」
まっすぐな瞳で私を見ながら、まぶしそうに笑っている。
きらきらした夕日が、いつまでも残る夏の午後。
「まるで、誘惑してくる図書館です」
藤木君が前に言ったフレーズがリフレインして、自分の中で光り輝く。
それはカフェに対する言葉であると同時に、私に向かって告げられていたのかな。
そう気づいた瞬間、私は顔が熱くなるのを感じていた。
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