第23話 悪戯ずきの左利き


 毎日、私は二人を見比べては、違いを発掘しようと躍起になっている。


 恭さんが来てから、もうペースは狂わされっぱなしで、時雨さんだと思って話しかけたら恭さんだったり、逆も多くて、もう名札つけてほしい。

 って言ったところで、悪戯ずきな恭さんのことだから、そんなの胸に「菜月」ってつけるに決まってるし。もうもう私は翻弄されまくってるのだ。


「時雨さん」って呼ぶと、二人が同時にこっちを向くので

「私が『時雨さん』って呼ぶのは菜月さんの方で、恭一さんのことは『恭さん』って呼ばせていただきます!」って宣言したら、

「だって俺も『時雨』だからなぁ。なんで『菜月』って呼ばないの?」

と、ニヤニヤした顔でこっちを見る。


 ……。その時私が心の中で考えてしまったのは、こういうことだ。

(菜月さんって呼ぶのは、いつか本当に恋人になれた時にとっておく。)

 でもね、そんな日は来るのかな。私自身にもない覚悟を、どうして時雨さんの判断待ちみたいに思ってしまうんだろう。ああ、だめだ、だめだ、私。


 なぜか、そんなこんなを恭さんには見透かされているようで、双子ってスピリチュアルに繋がってる気がするから、すっごい厄介な感じ! まったくやりにくいったら。



 さて、私は今日も二人をじっと観察して、その違いを見抜くべく研鑽けんさんを重ねている。時雨さんは女にしてはがっしりしてるし、恭さんは男にしては細い。二人が中性的過ぎて、よくもまぁ、こんなにまでそっくりになるよなぁって呆れるやら、感心するやら。


 片方が左利きなんだよね。だったら少し観察したらわかるんじゃないの? でもね、なんと恭さんは、ほぼ両利きなの。右手も同じくらいに使えちゃうんだよね。あれは訓練したのかなぁ。

 しかも、時雨さんの方も器用で左も結構使ってる。あまり左右違和感なくて、だから今まで全然気がつかなかったんだよ。


 もっと新聞の土曜欄に乗ってる左右のまちがい探しクイズのように、はっきりとわかる印があればいいのにな。それもね、前髪の長さとかすぐ変えられるものじゃなくて、もっと根本的なとこを見分けたい。瞳の色が少し違うんだけど、これは窓から入る光でも変わるから、確実ではない。


 しかし、私は気がついた。よーく見ると、時雨さんの左耳の下に、小さなかすかなほくろがある。お、よし。恭さんにはないぞ。これはいい。



「ただいまー」

 あ、どっちかが帰って来た。

「おかえりなさーい」

 あは、時雨さんだよぉ。私は右側から回ってもう一度ほくろを確認してから、腕を回して抱きつく。


「ふぅーん。食べちゃっていいんだ」

 え、その片眉上げ。皮肉っぽい口調。わぁー、恭さん?


「あらいぐまの考えてることなんてお見通しだぜ」と、黒マジックを片手にニヤニヤしてる。

「朝からじぃーって、耳の下ばっかり見てたもんなぁ。わかりやす過ぎるよ」

 あ、ななめ上を行かれている。


「じゃ、遠慮なくいただきます」

 右の耳をかぷっとされちゃった。

 ……え、やばい。私、なんかどきどきしてる。この間の胸をさわられたのだって、私ちっとも怒れなくて。恭さんと菜月さんは違う人なのに。


 そんな私の心なんて気づかずに

「これじゃ物足りないかな」だなんてウィンクして、恭さんはとっととお風呂に行っちゃった。

 はぁ。完璧もてあそばれてるよ、私。



 そのあとすぐ時雨さんが帰って来たのに、わたし、抱きつけなかった。


 恭さんがいくら時雨さんにそっくりだからって、見抜けもしない相手なんて情けないね。恋の相手として失格だよね。


 それにね、どこかで引っかかってるんだ。私が最初に出逢ったのは、一体どっちだったんだろうって。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る