第17話 仕組まれた旅人


 次の日、招かれるままに境さんのマンションに遊びに行くことに。


 夕方、小さくてまるっこい紺色の車がキュキュッと迎えに来た。

 境さんのイメージからは意外だけど、でもきっと外車だな。マーク見たことあるもん。値段は可愛くないんだろう。


 助手席のドアを開けてもらって、ちとお嬢様気分。東京ではどこ行くにも電車やバスが便利だから、車にはほとんど乗ったことがない。都内で車移動って、すっごい贅沢な感じがするなぁ。


 ここ、確かさっきまで銀座で、さらに東京湾に向かっていませんか。

 この辺りって東京オリンピックの選手村予定地だよね。

 2つのアーチのある橋を越えて更に車は進む。夕暮れから夜に差し掛かって、灯りがちらほら点灯しはじめる。

 過ぎ行く窓の外を眺めていると、街のカラフルな光が次々に目に飛び込んできて、遊園地の中を走っているみたいだ。


 途中で右折して、静かな道に入って、地下の駐車場へ。

 エレベーターのボタン。え、まさかの……最上階?



 部屋に入った瞬間、パノラマの夜景が広がって、思わずごくっと息を飲んだ。

 まるでヘリコプターで東京上空を散歩しているみたいな、私の想像の上を行く「ザ・東京」の姿。


 屋形船がゆらゆら行き交う川に沿って、建物がきらきら水面に映っている。

 あの橋って、レインボーブリッジだぁ。

 あの建物は確かテレビ局。埋め込まれた地球みたいなの見たことあるよ。隣には観覧車が回ってる。

 こんなのが窓をフレームにして一枚の絵のように見られる住まいって、一体どこの石油王なの、境さん?


 あ、向こうには東京タワー。かわいい。引っこ抜いて愛でたいなぁ。

 上京してからまともに東京見物していなかったから、一気にまとめて紹介してもらった気分。

 私はただ口をぱくぱくして、しばらくの間、わぁとか、きゃあとか言いながら部屋をうろうろしていた。

 ぐるっと回ったら反対側にも窓があって、スカイツリーも見えてるとか、もうあんぐり。確実に270°視界良好です。

 

「父親が思いついたことをひたすらやったら儲かってしまったという、いわゆる成金なんだよ。今や息子たちに全て任せて悠々自適。いや、違うな。やっとすきなことやれているのかもしれない。映画作ったり、田舎にこもって畑耕したり、バイク乗ったり、今頃青春してるよ」

 窓に張り付いて田舎者まるだしの私を、にこにこして見つめてる境さん。こういう視線が、どこか時雨さんと共通してて、ほっとする。


「ここは花火がすきな俺に譲ってくれたんだ。菜月もここがすきでさ、時々来るから。しばらく別の場所にいたけど舞い戻ってきた」

 その言葉が、私にはなぜかさみしく響いたの。



 部屋のインテリアはシンプルで渋い。家具は焦げ茶色で統一されてて、他のものも落ち着いた色合い。グレー、インディコブルー、ベージュくらいだろうか。男の人の部屋だなぁ。灯りも最小限で夜空と街の灯りを引き立たせる。


 早速、用意しておいてくれた映画、『愛と野望のナイル』を見よう。

 原題は『Mountains of the Moon』で、月の山脈なのに、この頃の映画って何でもすぐ「愛と何か」がタイトルになってる。そういう時代なんだね。「愛」と言葉にすると、なんだか気恥ずかしいよ。


 しっかし、スクリーンがどでかいよ。ふかふかソファーにゴローンとして見られるなんて至福かよぉ。

 ナイルの水源は人々の謎であった。伝説によると「月の山」から流れてくるらしい。その謎を解くべく19世紀のビクトリア朝大英帝国時代、イギリス人の冒険家、バートンとスピークが立ち上がった。


「どうだった? 面白かった?」

「はいっ。すごい迫力でしたね! 猟銃と並んでる茶器が豪華だったなぁ」

「え、そこ?」

「服装もかっこよくて。あと、好みとしてはスピーク役の俳優さんが」

「おーい、そこっ?」

 呆れ顔の境さんが、ヤレヤレという仕草をする。


 テーマは何だろう。砂漠、灼熱の太陽、原住民との軋轢。男の友情、野心、裏切り。果たして水源はヴィクトリア湖なのか。

 元から住んでる原住民からしたら単なる略奪者だよね。誰かが来る前からナイルはすでに流れていた。それを発見という名で、違う国が手柄として持ち去ろうとしている。最初からそこにあったもの。

 ワクワクする一方で、自分勝手だなと思ってしまった。とはいえ、人は何かを探したがるものだ。


「俺ね、自由に生きてるつもりで、どうも親父に誘導された人生を送ってる気がしてならないんだ」

「手のひらの上で転がされている感じですか?」

「そう。こどもの頃から俺の本棚には旅や冒険小説ばかり並べられていて、いつも心は果てしない場所にいた。父は見抜いていたんだろうな。商才は次男の方にある。長男の俺はすきな所に行きたがるだろうって」


 案内してくれた書斎の本棚には、数え切れないくらいの本が入っていて圧倒された。半分は洋書かな。

「結花は英文学専攻なんだって? 読みたい本あったらいつでも持って行っていいから。菜月が鍵持ってるから自由に出入りしていいよ」

 きゃっほー。めちゃくちゃ嬉しいにゃぁ。実は冒険小説もだいすき。


「仕組まれたみたいだけど、俺は言われずとも体鍛えて、いつでも旅立つ準備はしてきた。まあ、敷かれたレールをのんびり走ってるんだろうな。甘ちゃんだよな。今は経験積むつもりだから、それでいいことにしてる」

 どんな人にも迷いはあるんだ。もっと自信家に見えていたのに、少し親近感。



「え? 恋人? 菜月がそう言ったの?」

 送ってくれる車の中で、境さんは心底驚いたように何度も私に尋ねた。そして、しばらく考え込んでいた。


「そうか。あいつ、きっとカムフラージュに俺のこと使ってるな」

「お似合いだと思ってました」

「あいつが高1、俺が高3で知り合ってからさ、俺はずっと菜月のこと想ってるんだけど、あいつのことは未だにわかんないんだ」

 境さん、時雨さんの二つ年上なんだ。そんな前からの知り合い。

「一度は諦めてしまったから、たとえ戻って来たところでなかなか踏み込めやしない。一生すきだって言ったって、所詮その程度の男でさ、信用ないんだよ」


「踏み込めない」

 それは時雨さんも言っていたことだ。何が二人を遠ざけているかはわからないけど、互いに大切に思っている。私にとっては、二人とも手の届かない大人だ。

 時雨さんは、私に本当の自分を見せたいと思っていない。それが伝わってくる。何もかもやさしく嘘で包み隠してしまう。


「まぁ、菜月のはじめての相手は、確かに俺なんだけどね」

 ええっ! 今、大胆なことをサラリと言いましたねっ!

「次は、花火大会だな。菜月も一緒にな」


 いやいや、さっきの発言が気になっちゃって仕方ありません。

 私はまたもや助手席から運転席をガン見しながら、ぐるぐる思いを巡らせていた。





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