第18話 夏のジェラシー
カフェ『雨の庭』の給仕用ユニフォームは、ブラウスにスカーフタイをするの。季節に合わせて柄と色が変わるんだよ。
夏の今はネイビーのストライプのブラウスに水色のタイ。クリーム色に同じネイビーのラインの入ったキャスケット帽。ワンポイントで帽子とタイにはかもめのアップリケが縫い付けられてるんだ。可愛くてお気に入り。下はインディコ色のスカートだよ。
時雨さんもね、時々キャスケット被るんだけど、それがまたすごく似合ってるんだよね。ってか、すてきな人って何でも着こなしちゃうよね。ズルイ。(目がハート)
……しかし、爽やかな話の後でなんだけど、めっちゃ気が滅入ってる。
きっと時雨さんが他の子とばかり喋るからだ。(話すだけじゃなく、そっと肩に手を置いたりー。)
そうでなくてもお家で逢えなくてさみしいのに。
かといってカフェで私に話してばかりもいられないよね、店長なんだから。
わかっていても、なんだかイライラしてしまう。きっと私、口が3センチ尖ってる。やだなぁ、スマイル、スマイル。
*
そんなふくれっ面の私に、藤木君が話しかけてきた。
今日は月曜日。午後まで英文科必修科目の授業が目白押しの日。
クラスメイトの藤木祐君は、とても真面目で模範的な学生で、英訳で行き詰った時に質問するとわかりやすい解説をしてくれる、生き字引みたいな人なんだ。
優しくて穏やかで、そして話す時に少し恥ずかしそうなのが特徴。言葉を選んで丁寧に接しようとしてくれて、誰かに肩入れする感じがないの。
そんな公平フラットな藤木君が、私に向かって直線距離で勢いよく歩いてくる。
「橘さん、今日のお昼、『雨の庭』に行かない?」
え。藤木君は、私がカフェでバイトしてる時にも時々お茶しに来る。だからかな。
あ……。ピン! この時の私の心には、プチデビルが棲んでいたのだ。
心のどこかで、クラスメイトの大学生を連れて行ったら、時雨さんが少しでも嫉妬してくれるんじゃないかなって、よぎってしまったの。
*
ま、そんなこんなで、一緒にカフェに来たよ。
今日のランチは、おお、αランチが「アジの和風マリネ」、βランチが「アスパラのゴルゴンゾーラ入りクリームパスタ」だ。どっちもおいしい。
あ、来た来た、時雨さん。今日はキャスケット被ってる。かわいいー。
「いらっしゃいませ。こちらの方は、結花さんのご友人でしたか」
「はい。藤木と言います。彼女と同じクラスです」
「藤木君は、すごい優秀なんだよ。いつも助けてもらってるの」
「うちのスタッフがお世話になっております。ランチ如何なさいますか」
「藤木君、両方おいしいからシェアしよっ」
『雨の庭』では、こういうオーダーをすると、最初からワンプレートに二種類盛り付けてもらえる。私みたいな食いしん坊は、誰かと来ると二倍しあわせなんだぁ。
「では、それでお願いします」
「かしこまりました」
時雨さんはいつもと変わらぬ笑顔で、プラス私にウィンクして、うきうきと厨房の方に行ってしまった。うう、全然気になってないみたーい。ジェラシー誘導大作戦は、まったく通じなかったようです。
「僕、ここに置いてある本がすきで、読みかけが気になって」
あ、それで誘ってくれたんだね。
「みんなね、店長のお気に入りの本なんだよ。私も休憩時間に読んでるの」
カフェの本棚の本たちは、ジャンルはばらばらだけど、自然の光が射し込むようなデザインのものが多い。ここに似合うような装丁が、なかよく並んでいる。
写真集や銀色夏生さんの本がよく手に取られているな。海外の少年少女文学もあって、こどもの頃を思い出してなつかしい。うふ。マドレーヌの絵本もあるよっ。
「椎名誠の『パタゴニア』読み終わったら、そっとブルース・チャトウィンの『パタゴニア』が置いてあって、また来たくなってしまったんだ」
それは境さんが置いてったやつだな。くすくす。
「まるで、誘惑してくる図書館だよ」
藤木君がそう言って、顔をくしゃっとさせて笑った。その笑顔、ちょっとかわいく見えてしまうなぁ。実家の犬がくしゃみした時みたいに。
彼は、まとった空気が木漏れ日のような人。晴れているけど、照り付ける太陽じゃなく、雲がふわふわ浮いててやさしい光を届けてくれるような。
このカフェに似合ってる。学校でも好感度高いよね。彼女いるのかなー。きっとすてきな人だろうな。
私は当初の目的を忘れて、とても楽しい午後の一時を過ごしていた。
*
夜遅く、三日マンションを空けていた時雨さんが帰って来た。
「おかえりにゃさーい!」
色々言いたいことがあったのなんか、もう飛んでしまって、私やっぱり嬉しくて仕方ない。
「ああ、結花だ。ただいま」
えーん。泣きそう。抱きつきたーい。
「ミーアキャットがぴょんぴょんお出迎えしてくれてる。ふっ、かわいい」
「時雨さーん、さみしかったよぉ」
「逢いたかったよ。結花」
ふわっと抱きしめられて、しあわせに浸る。
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