第19話 遊園地のぐるぐる回る


 明日は水曜日。カフェの定休日=時雨さんのおやすみ日。

 私も午前中の授業が休講になって、ゆっくり朝ねぼうできるから夜更かししちゃおうかということになった。


 先にお風呂入ってもらって、私の方が後から出てくると、ソファーのとこで時雨さんがPCに向かって何か入力している。

 テーブルの上には用意してくれたモヒート。ライムとミントの葉がいっぱい入った爽やかなラムのカクテル。『Rain's coat』で私が気に入っていたの覚えててくれたんだ。さりげない気遣いが嬉しい。


 え、あれ? 時雨さん。

 眼鏡かけてるーーー。私はびっくりして、そっと近づく。うわ、しかも私ごのみの銀縁のやつー。ああ、また私のフェチが発動するぅ。

「時雨さん、めがね?」

「ああ、普段コンタクト寝るまで付けっ放しなんだけど、今日は目が疲れてて。変? 似合わない?」

「きゃぁー、とんでもない。すっごくすっごくステキです」

「結花、眼鏡フェチか」

 近づいて横顔を覗き込んでたら、つかまっちゃった。膝上だっこ。

「変なやつだな。別に変わらないだろ?」

 ほっぺにちゅ、されちゃった。冷やりとした眼鏡の感触が軽く当たって、いつもと少しだけちがうキス。


 モヒートのグラスを取ってもらう。いたずらにちょんと当てられたけど、ほてった頬にはちょうどいいよ。

 葉っぱをマドラーでつつきながら氷をカラカラ揺らす。きっと時雨さんのに入ってるラムは濃度が私の10倍なんだろうな。十分目が回りそうだよ、あなたを見てたら。


「私、こーゆー細いフレームにヨワくて」

 じっと見つめている私を横目でちらりと見ながら、時雨さんは構わずにカタカタとキーを打つ。私は至近距離でそれを眺めている。邪魔かもしれないけど、しあわせな時間だなぁ。


「ついでに告白しちゃうと、時雨さんの、この腕から手の甲にかけての筋がだいすきなんです」

 ひとさしゆびですぅーっとラインをなぞってみる。ああ、ぞわぞわってする。いや、普通触られた方がぞわっとするだろ。グラス持ってたから、つめたいかなっ。

 時雨さんがくすぐったそうに笑いながら目を閉じるから、もっともっと撫でちゃうんだ。すべすべ。男の人とはちがう素肌。


「こら。そんなことしたら逆襲するぞ」

 左手で右の頬を包まれる。大きな手。私の顔がすっぽり入っちゃう。

「それから、後ろで重なった髪もすき……」

 しばらくほっておかれたさみしさでいっぱいだった私は、調子に乗って時雨さんの後ろ髪に両手をいれて、重なったところを撫でてみた。さらさらしたきれいな髪。ふんわり香る柑橘の匂い。


 時雨さんの左の親指がそっと私のくちびるにふれる。そのまま何度も左右に行ったり来たりされるから、くすぐったくてだんだん口が閉じていられなくなっていく。

「あん。あ、あと、煙草吸ってる時の……」

「ああ、もう。集中できん!」

 時雨さんが眼鏡を外してテーブルに置いた。そして突然覆いかぶさってきて、私の首にキスをした。鎖骨の方にくちびるを移動させて這わせていく。

「私は鎖骨フェチだ。特に結花のは、たまらなく愛しい」


 びっくりした! 急だったから、ふらふらしちゃう。

「あんまり私を煽るな。これでも結花のことを大事に思ってるから、無闇に手を出さないように気をつけてる」

 そうなんだ。ここに来てからずっとほっぺかおでこに、ちゅってしてくれるだけだから、やっぱり愛玩動物くらいの扱いなのかと思ってた。


「私の中の男の部分に、火をつけるな」

 そう言っていつものふわっとした抱きしめ方を忘れたみたいに、時雨さんは私をぎゅっと強く抱きしめた。

 私はたまらず「時雨さん、すき」って耳元に囁く。

「知ってる」

 時雨さんの瞳の中に自分を見つける。


 次の瞬間、まだ続きを言おうとする私の唇は、すっかり塞がれた。

 重なり合うくちびるとくちびる。

 うっとりして目が回る、メリーゴーランドキス。





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