第14話 ベロベロ、Bar
夕方、境さんがカフェにやって来た。
今日は天気がいいので、外に張り出したルーフの下の丸テーブルに座って、何やら原稿みたいなものを書いている。ちょっとのぞいたら、達筆だった。あは、大人だ。
時雨さんは白いシャツが断然似合うけど、境さんには縦縞柄のシャツがピッタリだ。デニムを淡くしたようなラインが、より爽やかさをアピールしてやがる。
「結花君、ラテ頼みます。そうだな、あらいぐまの絵柄で」
悪戯顔でにやっと笑うんだなー。ついこの顔には気を許してしまいそうになる。
時雨さんにオーダーを伝えると、こちらも嬉しそうにルンルンしながら、ラスカルっぽい子が角砂糖持ってる絵をちょこちょこっと描いてる。
器用だよなぁ。桜の枝を削った楊枝でササっと何でも描けちゃうの。
ああ、あらいぐまー、何でも洗っちゃだめなんだよ。角砂糖は溶けちゃって哀しいんだよぉ。
しばらく仕事をした後、境さんは
「先に『Rain's Coat』行ってるから、終わったら二人も来て」
そう言い残し、行きつけのBarの名を告げて出て行った。
*
Barの扉を開けると、カウンターで渋くバーボンを空ける境さんがいて、マスターがトルティーヤチップスにアボカドと角切りトマトをのせたものを置いているとこだった。あれ、他にも珍味っぽいものが。
「やっぱ、これゆず胡椒も合うぜ」って二人で頷いている。
「こんばんは」
「グレと結花ちゃん、いらっしゃい」
私も時折ここに連れてきてもらうので、マスターが名前を憶えてくれたの。そして度数かなり低めのカクテルを作ってもらってるんだ。
時雨さんお気に入りのここは、もともと境さんが見つけてきたBarらしい。マスターと意気投合して、かなり我侭な注文をつけて、境スペシャル的なメニューがふえてるんだって。
「どっか行くと閃くんだよ。これはカフェのメニューだろ、こっちはBarの方に合うだろって。で、思いついたら即発信。OKなら新メニューに採用」
喜々としてメニューを指さす境さんは、小学生がカブトムシ捕まえたみたいな顔をしている。
*
今夜の店内にはフランスっぽい音楽が流れてる。CDのジャケット見たら、クレモンティーヌ。
シャンソン? いや、どっかで聴いたことがあるようなメロディ。アルバムタイトル「アニメンティーヌ」
これ、コロ助の「はじめてのチュウ」だ。こどものコロ、すきだったー。
でも見事におフランス。彼女が歌うだけで、めっちゃエスプリが漂っちゃうのね。この気怠るさが心地いい。
続いて「ボンボン、バーボン、バーボンボン」って、境さんがお代わりしながら替え歌を口ずさむ。フランス語のBonBonをかけてるんだ。なんかお洒落。
この人は時雨さんより更に渋い声。ギターの弾き語りできるでしょ。それで旅先の女を次々に堕としてるよね、絶対。風貌がロックなおじさんだもん。
「おじさん? 酷いなぁ、結花」
あれ、聴こえちゃった? いつのまにか私のこと呼び捨てだし。でも、いやじゃない。狡い。
時雨さんは凄そうなお酒頼んでるなぁ。匂いが草みたいな薄荷みたいなウォッカ。ズブロッカって言うらしい。瓶のアルコール度数見たら、私だと致死量かも。
私の前には、モヒートというハーブの葉がいっぱい入ったお酒が届く。
「ディルも入れたい」
すっかりディルのとりこの時雨さんがつぶやく。マイディルとか持ち歩いていそうで、私、ディルに負けそう。
*
なぜか私をはさんで時雨さんと境さんが座ってる。二人が話してる時は、私の頭の上空をハスキーな声が飛び交う。おお、低音が体の中まで響くなぁ。
特にね、二人の「さ行」と「は行」の発音がセクシーで、ほろ酔いが更に回る感じ。
「しっかし、この子来たからさ、回数減るかな」
私の頭をぽんぽん軽く叩きながら、境さんがぽつりと言うの。
え? 回数って何ですか? やっぱり……のこと? お邪魔ですよねー、私。
「あ、今、いやらしい想像しただろ、結花」ってニヤニヤするんだもの。人が悪いよなぁ。
「回数ってさ、菜月と動物園やら水族館に行く回数のこと。もうこいつは年パス取って行きたいらしいけど、俺は勘弁だよ」
え。はっ?
「とにかく定期的に行きたがるから一緒に行くんだよ。それで小さい動物見てはカワイイーって目きらきらさせて心に栄養送ってるのな。それが自宅で手軽にできるようになったからなー。あの風貌できゃーきゃー言ってるとな、すっげー目立ってこっちは恥ずかしくて仕方ないんだ」
私は想像してみた。この髭の渋い男と、線の細い美形の男(女だけど)が動物園で大騒ぎしてる図。そりゃー、どんな動物見るより面白いだろうなぁ。
今度行く時は教えてもらっていいですか? 小動物を見ているBLカップルをこっそりつけ回すあらいぐま。絵に浮かぶよ、描けないけど。
って、待って。自宅で手軽に小動物って、私のことですかーーー?
隣でさらさらと紙ナプキンに、時雨さんがペンで落書きしてる。
おお、空飛ぶモモンガに、ぶら下がって落ちてそのままの姿勢で流されていくナマケモノ?
上手だなぁ、これ大事に持って帰ろうっと。だが、ナマケモノは小動物?
「菜月と知り合ったのは高校の時だから、もう十年にもなるか。俺はずっと惚れてるんだけどさ、こいつはちらっとしか向いてくれないわけ」
「嘘つけ、結花が本気にするだろ」
「時雨さんのどこがすきなんですか?」
「そうだなぁ。これで、こいつ、
はぁ、何その理由。いわゆるギャップ萌えみたいなもんかしら。
「えー、時雨さんはぁ?」
「そうだなぁ。この人、煙草吸った時に口からドーナツみたいな輪っか出せんの。あれは萌えたな」
そう言われた境さんが、よしって感じでしばらく煙草の煙を口に含んだ後、ぽわぽわぽわって、次々と白いドーナツを吐き出してる。あはは、楽しい。
「境さん、私が一緒に住んでていいんですか」
「そうだな。モラルの問題はあるけど、一緒にいて何しても妊娠しないんだからいいよ。下手な男といられたらムカツクかもしれないけど」
ふぅーん。そーゆーもんなんだろうか。ってか、そんな怪しいことしてませんってば。なかなか過激なこと言っちゃってますよ、オーナー?
「俺留守が多いから、寧ろ百合歓迎。小動物はなおさら大歓迎。俺も癒される」
にゃぁーーー^^!
そして気づくと、またいつの間にか飲み過ぎちゃった私は、なんだかベロベロで、二人に抱えられて家路についたのでした。
でもでも、今日の酔いは二人の声が原因だよ?
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