第7話 恋って何だろうね


 その夜は、ひとまず自分のとこに帰ったの。


「一緒に住んでみない? いや、まずはすきな時に来て泊まったり試験的にしてみていいよ。今の結花ちゃんのとこ、とりあえずキープしてさ。あっちの一部屋使っていいからね」

 そう言われたけど、果たして自分がどうすればいいか、よくわかんなくて。


「ここはね、オーナーのさかいのマンションだから家賃はいらない。食費とか光熱費もバイト特典で安くしておくよ。全然払わないのも抵抗あるだろうから、ね」


 そうだ、そこが肝心なとこだよ。時雨さんの恋人、髭のオーナーが問題じゃん。


「うーん。一応ね、恋人みたいなもんかな。ちと複雑な事情が絡んでいるけど、まぁね、そのうちわかってくると思うから。でも彼は別に暮らしているし、仕事で地方や海外に行ってることが多い。それから私が誰と付き合おうと、まったくとやかく言わないんだ」


 それは「大人の自由恋愛」って感じなんだろうか。弱冠二十歳の私に理解しようとしてもわからないだろうな。時雨さんは確か26歳だったはず。オーナーはもっと上だよなぁ。


「私、自分では中身は結構女らしいと思ってるんだけど、風貌がこうだし背も高いから男にしか見えない自覚はある。カフェではいつも白シャツ胸当てエプロンだし、普段着もメンズだからみんな男だと思ってる。面倒だからわざわざ訂正もしないしね」

 あと、その低くて落ち着いた声もねって、私は心でつぶやく。


「今まで女の子に告白されまくってきたけど、心が動いたことはなかった。だってね、私は男じゃないし、女の子がすきなわけじゃないんだよ。実は、興味本位で気の合う子とは少しつき合ってみたことはある。でもやっぱり、最終的には友人でいたかったんだよね」


 ああ、Bar『Rain's Coat』のマスターの言葉を思い出した。

 私が泣きそうになったら「相手してあげれば? グレ、経験ないわけじゃないだろうに」って言ってたよね。

 今までだって相当数、言い寄られて来ただろうな、時雨さん。知りたいような、知りたくないような。


「正直に言うと自分のことがよくわからないんだ。あまり人を真剣にすきになったことがないからね。すきになる前に熱烈にすかれちゃって、自分の気持ちは置いてきぼりというか。はて、恋って何なんだろう。男を恋人にしてる方が自然ではある気はする。だからノーマルだって宣言をしてるかな」


 時雨さんは苦笑いしながらそう言った。その発言聞いたら、世の中の人みんなムキーってなりますよ。でも許されちゃうんだな。あなたはそういう存在。

 

「でもさ、結花ちゃん見た時、なんかどきんってしたんだ。すっごく愛しくて」

 え、ええっ? 時雨、さん?


「守ってあげたくなる。男が女に対するきもちってこんな感じなのかなって。自分の中に酷く男を感じた。これノーマルじゃないね。訳わからん」


 私もあわてて、よくわからない返答をする。

「私も女の人をすきになったの、はじめてなんです。女子高だったけど恋した相手はいなかったもの。時雨さんのことは男だと思ってすきになったので、私自身もノーマルなんですけど、でもでも時雨さんは別格です!」

 何のフォローにもなってなーい。未解決迷宮入り事件に突入?



「あの。一緒に暮らそうだなんて誘ったら、私がいい気になって襲いかかるとか、警戒しないんですかっ」

 私はどきどきしながら、尋ねてみた。

「え、は? この身長差を見てご覧。私、そこいらの男には負けないよ。たとえ結花ちゃんに襲われてもはねのけられるくらい造作もないよ。ばかだなぁ」


 すこぉーしむっとして時雨さんの手首をつかむ。さっと逆につかみ返されて、両手を上にホールドされちゃった。

「寧ろ、私に襲われないように気をつけないと」

 捕らえられた小動物のホールドアップ。私には何も抵抗できない。そのくらいのチカラの差。うわぁ、心臓がばくばくだぁ。



「送るよ」と言って、近くまで来てくれた時雨さん。

 坂の上から観覧車を二人で眺める。一緒に歩いていることが嬉しくて、夜景が滲んで見えるのを目をこすって誤魔化そうとした。


 そんな私を見て、時雨さんはふと私の左手をとって自分のジャケットのポケットに入れた。こうしていたら普通のカップルに見えるだろうか。隣の人を見上げて思う。


 どんどん熱っぽくなる私の手とうらはらに、つないだ手は冷たくて全然恋ではない気配がするけれど、今はこのままそっと時間が止まってくれたらいいのにって願ってみる。大きな艶やかな手で、ずっと私を包んでいて。


 自分の部屋に戻ってから、私は1週間分の着替えと勉強道具をスーツケースに詰めていた。

 私にもわからない。恋ってなんだろう。今はただそばで見つめていたい。心のままに。





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