第6話 ちっちゃいのにヨワイ
ふわぽわって、シャラポワの親戚。では、ありません。にゃっ。
今日はカフェの定休日の水曜日。
新しいメニューを試作するから遊びに来てと言われて、授業が終わってから私は再び時雨さん家にお邪魔する予定なの。今度はちゃんと地図を見て、歩いて向かっているよ。スマホ地図だと方角わからなくなっちゃうから、頼んで手書きの地図を描いてもらったの。家宝にします、時雨さん。
カフェからの行き先。あ、こうやって坂を上っていくんだ。これが時雨さんの一日の終わりの景色。
振り返ると大きな観覧車が見える。そう、カフェ「雨の庭」の近くには遊園地があるんだよね。
夕方のせつない色合いと灯りの入った観覧車が、メランコリックになる雰囲気。
それより何より、すきな人の家に向かってるどきどきした胸の音のやり場のなさったら、どうすればいいの。
*
「こんにちは」
部屋番号押してピンポンって鳴らして入口を開けてもらう。うちとはだいぶ違うセキュリティがしっかりしたマンション。
玄関に他の靴がない。あれ、私一人なのかな。メニューの試作って言ってたから、てっきりジローさんもいるかなって思ってた。
「ジローはここ来たことないよ。あいつと試作する時は、カフェの厨房オンリーだな」
どっぷりカンチガイしちゃいそうな特別感が私を包む。光栄です! 敬礼。
今日はサンドイッチの新メニューを考案中ということで、お皿の上に色々なテイストのものが並んでいるの。パンからちらっと見えている色がきれいでわくわくする。胚芽パンの匂いが香ばしい。
時雨さんが紙に番号振って何が入っているか書き付けている。あ、なんかさらさらって書く字が大人っぽくて、すごくイメージにあってるの。
① サーモン・紫キャベツのヨーグルトソース
② 茹でたまご・アボカド・レッドオニオン
③ きゅうり・クリームチーズ
④ ローストチキン・蓮根
「ハーブ送ってくれる農家から大量にディルが届いたんだ。で、どれに合うかなって。私は極端なディルずきで、ごはんにのせても構わないくらいだから、いまいち正しい判断ができそうにないんだよね。正直な感想を教えてくれるかな」
時雨さんはそう言いながら、ディルの葉を茎からちぎって、そのままむしゃむしゃ食べている。ディルってよくマリネにのってるすごく香りがいいハーブ。基本的にはお魚系に合いそうなんだけど、チーズやヨーグルトとの相性もよい。しかし、ディルごはんって。
まずは、順番に少しずつ味見してみる。えっと、みんな合うと思う。
サーモンには想像通りアクセントになってるし、アボカドとたまごも相性OK。きゅうりとクリームチーズはシンプルですっきりしてるけど、めっちゃおいしい。ボリュームは足りないかもしれないから、午後の軽食でもいいな。
唯一ローストチキンは少し違うかなと。
時雨さんは少し考えてから、ローストチキンとカリっと焼いた蓮根からディルをどけてバルサミコソースをかける。うん。この濃厚な感じ。こっちはその方がいいなぁ。私の意見が参考になってるかはなはだ疑問だけど、とても楽しい時間が過ぎていく。
*
「結花ちゃんって小動物みたいだね。目くりくりさせて」
時雨さんが私を見ながらにこにこしてる。
「サンドイッチ食べてる時なんか、私は手がでかいから片手ですっと持てるけど、ほら、結花ちゃんは両手ですごい大事そうに持つじゃない? 少しずつはむはむ食べてて、りすみたいでさー」
まさかのちっちゃい生き物ずき? あら、目にハート入ってますよ。
「カウンターで私のラテアート見てる時も、一生懸命首のばして、しまいに立ち上がっちゃったりして、あんたはミーアキャットかって!」
あははは……。時雨さんは思い出し笑いを始めて、とうとう止まらなくなってしまった。
むぅ。それって、それって。
「バイトの初日!」と言って、手叩いてけたけた笑ってる。
時雨さんっていつもクールなのに、実はこんなに笑い上戸なんだなぁ。
「て、手あらってる姿が……、あらいぐまにそっくりで……」
みなまで言えずに、笑い転げているよ。
ま、まだマドレーヌの方が、人間であるだけましだった気がするのは気のせいだろうか。
「酔っ払えばよちよち陸上のペンギンだし、この子二十歳越えてるのかな、お酒飲ませちゃったけど犯罪? 年齢詐称? とか心配になったよ、ほんと」
わ、私。確かに今までもどうぶつ系のニックネームついてましたっ。
なきうさぎとか、オコジョとか、モモンガとか、まんまるチックな。友人が似顔絵を書くのうまくて、体が動物で顔が私なの。
きっと時雨さんの脳内も、カフェのユニフォーム着たあらいぐまの図が浮かんでいるんだろうな。洗ったお皿はふさふさしっぽでキュッキュ。うう。
でもね、散々どうぶつを並べた後、急に時雨さんが真顔になって言ったんだ。
「結花ちゃんが『すき』って言ってくれた時、すごく嬉しくてさ。ほんとはぎゅーって抱きしめたかったんだよね。自分でもこんなのはじめてで、ちょっと困った。だから、この気持ちがいったい何なのか、自分がどうしたいのか知りたくなったんだ」
一呼吸置いて、時雨さんが繰り返す。
「そう。こんなの、はじめて、なんだ」
「はじめて」を連呼してる時雨さん。え、すごい照れてるみたい。うそ。
「ただちっちゃいのが一生懸命なのに、ヨワイだけなのかなー」
そうつぶやいて首かしげてる時雨さん。女として見られてない私。
若干複雑ではあるけど、気に入ってくれたことは確かだよね。この際ペットでもいっか。
で、今日はドウスル? カエル?
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