第12話 あ、境さんがやってきた


「ああ、結花。今夜、さかいが来るよ」

 境というのは時雨さんの恋人であり、カフェ『雨の庭』のオーナーのことだ。

 いよいよ直接対決だっ! はぁーと拳に息を吹きかけて、ぶんぶん腕を振り回してみる。


 しかし、玄関のドアを開けて二人を迎えた私は、あまりのオーラに言葉を失った。はいっ、白旗ホールドアップ。リングに立ったものの、瞬時にタオルが飛んでキター。

 片方は日焼けした顔に渋い髭を蓄えた背の高い男、もう片方は端正な顔立ちの色白の美しい男(女だけど)。

 ピコーン! いや、どう考えても立つでしょ、BLフラグ。でもね、この人たちの方が実はノーマルなんだよね。


「この度、こちらでお世話になっております、たちばな結花ゆかです。よろしくお願い……」

 まだご挨拶を言い終わらないうちに、いきなり境さんが笑い出した。私を見て、くくくくって。しまいにはお腹抱えて大声で笑ってる。

「菜月、また今回はずいぶんちっこいの引っかけたなー」

 むぅー。ちっこくて悪かったなぁ。失礼なんだからっ!

 そして「また」&「今回」という言葉が気にかかる。ああ。家に女の子入れるの、はじめてじゃないんだよね。軽く嫉妬がわく。

「境、笑い過ぎだよ。結花ちゃん、八の字マユになっちゃったよ」

「ま、俺といるより、お前らの方が自然にカップルに見えるけどな」

 大笑いのあと、ふと境さんは真顔になってこう言った。

「君、菜月をよろしくね。こう見えてこいつ、相当なさみしがり屋だから覚悟しといて」

 余裕の発言だなぁ。自分に絶対の自信があるから来る発言だろうな。



 境さんはカフェのオーナーだけど、それは家の事情で引き継いだらしくて、(つまりはボンボンだ!)店は時雨さんに任せて自分はすきな仕事であちこち飛び回っているみたい。

 頂いた名刺には「フリーライター 境京一さかいきょういち」って書いてあるよ。ふぅーん、なんか謎でカッコイイ感じが漂うなー。


 日本国内だけじゃなく海外も含めて色んな土地を訪れて、自分の気の向くままに取材した記事書いて、方々の出版社の雑誌に掲載しているらしい。

 その間にカフェ関連で繋ぐことも忘れずに、おいしいものがあれば直接契約して仕入れたりしているんだって。この間のディルも境さんが見つけたらしい。

 傍から見れば理想の生き方だよなぁ。「今、輝く男特集」とかに掲載されても不思議じゃないよ。ああ、こんな完璧男、各所で相当モテモテなんじゃなかろうか。そして、帰れば時雨さんのようなステキな人が待ってるとか。

 正直言うと「男たちの敵!」だよね。本来女であれば、こちらに恋するのが正しい矢印の気がする。ま、私では「こども対大人」な感じが否めないけどね。


 でも、どうしてだろう。お話してるとね、目を輝かせて話す旅の話が楽しくて、まさに少年がそのまま素直に大人になってしまったみたいな人で、にくめない。あっという間に相手をトリコにしてしまいそう。これは相当ズルイなぁ。



「ほれ、今回のみやげ」

と言って、境さんが出したお菓子の箱をふと見ると、なんと徳島銘菓「金長まんじゅう」じゃないですきゃーーー!

「ああ、なつかしー」と頬をすりすりする私。

「君は、もしや徳島出身?」

「はい、そうです!」


 解説致しますと、徳島「阿波」には、有名な「阿波のたぬき」がおりまして、その顔が描かれた「金長まんじゅう」は子供の頃からだいすきなおやつ。チョコレート風味の皮に白あんが入ったおまんじゅうなのです。大人はお茶に合わせるけど、こどもは断然ミルク! ほんとにおいしいんだよ。


 私が宝物を食べるかの如くしあわせに震えて食べていると、時雨さんと境さんが小声で「ほら、りす」「ほんとだ、りす」とこそこそ言ってるのが聞こえてくる。何とでも言って下さい。時々実家から送ってもらっているけど、まさかまったく違うとこから現れるとか、奇跡か、たぬき?

 二人は渋そうな玉露に合わせて、「あ、ほんとだ。おいしい」などと言いながら食べてる。私は未だにミルクに合わせちゃう。境さんは二口で食べたよ。大人の男は、けほけほしないのかなぁ。


 今回、境さんは徳島に取材に行っていたそうで、暑い日は川でラフティングしたり泳いだりしたよだって。そう、もちろん海もあるんだけど立派な川もあるの。こどもの頃は近くの川に毎日ちゃぷちゃぷ泳ぎに行ってた。吉野川じゃない、もっと支流の小さな川ね。私の田舎。



 今夜はきっと境さん泊まっていくんだよね……。隣で二人が寝てたら、私やっぱり聞き耳立てちゃいそう。

 壁に耳あり障子にメアリー、だよぉ。でもでもそれって、めっちゃ悪趣味じゃない? だいいち声とか漏れ聞こえちゃったら、もうそれなんの罰ゲームって感じだよね。残酷物語だよ。

 そいでもって想像して悶えちゃったら、私は百合の上に精神的なSMも追加で、アブノーマルの道まっしぐらだよ、あ、もうだめ。


 うう、ヘッドホンでハードロックでも聴くか。……などと勝手な一人帰着妄想をしていたら、「じゃあ、またな」と言って、境さんが帰り支度を始めた。遠慮してるのかな、私に。えー、ごめんなさーい。


 手を振って見送りながら、時雨さんに

「いいんですか?」って聞いたら

「は? 何が?」って。

「境さん、てっきり泊まっていくのかと」

「いや、いつも帰るよ。ああ、そっか」


 しばらく考え込んだ後、時雨さんはこう言った。

「えとね、境と私は複雑な事情が絡まって、今はそこまで踏み込めないんだよね」


 そっか。その事情を聞くにはまだ早い気がして、私はそこで黙っていた。

 いや、めっちゃ気になるけどー。





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