第53話「それでもココロは未来を叫ぶ」
Ⅱ
「笑っちまうだろ? あの
全力を解き放ったラヴィは、まさに天災だった。ニコは限界を超えて二重発動を酷使し続け、なんとか命を繋いでいく。
何度も魔力が底をついた。水筒に汲んだ泉の水を何度も飲み、無理やり高濃度のマナを摂取しては、限界以上を出し続けた。体は少し前まで灼けるように熱かったが、今では熱いか寒いかさえもわからない。
死を紙一重で回避しながら、それでもニコはシャボン玉に手を伸ばす。シャボン玉がいくつも弾け、ラヴィの心がニコの中へと流れ込む。
『何の呪いか知らねえが、私には魔法の才能があった。そして異界渡航支援制度では、渡航者とその家族に補助金が支払われる。私が金になると知った途端、両親は私に何をしたと思う? 年齢詐称だよ。信じられるかよ、年齢が一桁の右も左もわからぬガキのうちに、クソみてえなヘンテコ世界に置き去りにされたんだぜ? しかも何の冗談か、第一魔法が他人の魔法素質を奪う魔法ときたもんだ。これで何をしろってんだ? だから私は誓ったのさ。このクソみてえな世界ですべてを蹴落とし上り詰めて、その金で元の世界で遊んで暮らしてやろうってな』
『他人の魔法素質を命のストックに変え、無茶な修行で魔法を鍛えた。他人を操り事件を起こし、それを解決して地位を得た。なりふり構わずそこまでやっても、
『男もいねえ、化粧品もブランド品もねえ、そんな世界に青春まるごと捧げたんだぜ? 一生遊んでもお釣りが来なきゃ割に合わねえだろうが! 私は俗物だ。魔法少女である前に人間だ!』
『そして、シャルノアの計画に乗ったのが運の尽きってわけだ。結果はご覧の通りの失敗さ』
『枢機風車城の掲示板で、てめえらの張り紙を見たときは目を疑ったぜ? てっきりシャルノアが私を騙して、
『だから私は、煙突島で奴を試したんだぜ? 何せシャルノアがあそこまで執着したんだ、第六魔法へ至るヒントくらいは得られるだろうと思ってな。だが、なんだありゃ?』
『てめえらを逃がしちまった時は、本気で肝を冷やしたぜ。しかも戦闘中に〝♡〟の鍵が一度折れちまったせいで、シャルノアにかけておいた休眠中のエンゼルアローも解除されるときたもんだ。まさに八方ふさがりさ。だが、私はシャルノアの広域探知魔法のタネを暴き、エンゼルアローでジャックした! そしてやっとてめえらを見つけた! シャルノアはどこに行ったか知らねえが、どうせろくでもない場所に潜んでいるに違いねえ。必ず見つけ出してやる!』
『何もかもを利用して、私は第六魔法に至る! そして歴史に名を刻み、富と栄誉を手に入れる! それでこの世界ともおさらばだ! 私の中の魔法少女ともサヨナラだ!』
よくわからないが、よくわかった。ラヴィはきっと、どうしようもなく魔法少女なのだ。人間界に憧れているのに、物心ついたときから魔法少女だったせいで、人間としての生き方がわかっていない。だから結局、己の中の魔法少女を振りかざすしかない。この自己矛盾は、ラヴィ自身が一番よく分かっているはずだ。
そして、ラヴィは力の限り咆哮する。
人間になり損ねた魔法少女が、その憎悪をまき散らす。
「異界が嫌いだ! 魔法が嫌いだ! てめえが嫌いだ! 全部ぜんぶ反吐が出る! ああそうさ、全部ただの憂さ晴らしだ! 全部ただの八つ当たりだ! だけどよ、それの何が悪い? 今さら引き下がる道はねえ! てめえも
周囲を跳ね回っていたラヴィが、最高速度で突進してくる。避けきることはできなかった。ラヴィの指が左肩を掠め、そこにココロマグネットの魔法陣が展開される。
次の瞬間、ニコの体が石柱へと吹き飛んだ、また次の瞬間、今度は別の石柱へと叩き付けられた。ラヴィは縦横無尽に動き回る中で、大地や石柱のいたるところにココロマグネットの魔法陣を貼り付けていたのだ。ニコの左肩は、今度は氷の大地に展開された魔法陣へと引き寄せられる。
「あいつの正体、私の記憶で見たんだろ? それでもまだやろうってか? てめえらの旅、何もかもが徒労だぜ? さっさと全部諦めて、この私に身を委ねろ!」
「それでも、それでもっ!」
とっさに左肩に鍵を突き刺し、ペタンコペイントを発動する。左肩の魔法陣はただのラクガキと化し、その効力を一時的に失った。ナイフで左肩を浅く切り付け、魔法陣のラクガキを肌ごと傷付ける。そしてペタンコペイントを解除すると、切り裂かれた魔法陣はすぐに霧散した。
ラヴィがあっけにとられ、立ち止まる。その隙に、ニコは自分の右手首をニコギロチンで切り離し、ツインウイングで撃ち出した。光翼の生えた右手は二秒間だけ空を駆け、ラヴィの胸元に刺さった鍵を掴む。ニコギロチンを解除して右手を引き寄せ、〝♡〟の鍵を奪い取る。
「それでも私はペケを信じる! わかんないよ、わかんないけど私の心がそう言ってる!」
鍵を折っても復活するなら、鍵を奪ったまま逃げればいい。ペケの入れ知恵ではあるが、ついに狙いは成功した。だが、直後にニコは驚愕する。〝♡〟の鍵が、ニコの手の中で粉々に砕けてしまったのだ。そしてラヴィの胸の奥から光が溢れ、新たな鍵が生み出される。
「おいおい、やめてくれよ。そんな酷い真似されちゃ、ココロがポッキリ折れちまうぜ?」
ラヴィは、鍵を自壊させたのだ。訓練次第で誰でもできるものなのかもしれないが、ラヴィ以外はそもそも訓練のしようがない。ラヴィの奥の手によって、唯一の勝機は潰えた。
いや、まだだ。結果的に鍵を一度折ることができた。とにかくこの調子で何度も倒せば、いずれルビーは尽きる。すでに二回も倒した。谷に降ってきた時の分も含めて、三つも削った。
「一ついいことを教えてやるよ。ルビーによる回復は、距離制限が存在しねえ。それどころか、世界を跨いでも問題なく機能する。つまり、ルビーを持ち歩く必要は一切ねえってことだ」
魔女の直感が、最悪の事態を予測する。耐え難い寒気が、背筋に走った。
「私のルビーは九十四個だ。いや、今日で三つ減ったし九十一個か? ……で、まだやるか?」
か細く繋いだ希望さえも、握り潰される。どうやっても勝ち目はない。それでも、根拠のない想いがニコを突き動かしていた。またしても水筒から泉の水を飲み、ニコは鍵を構え直す。
「てめえ、バカか?」
「違うよ、魔女だよ」
「……ハッ、そうか。てめえ、どこぞのお人よしの大バカ魔法少女にそっくりだぜ?」
追憶の泉を背景にして、ラヴィは気の抜けた笑みをこぼす。ラヴィは右手親指の爪を剥ぎ、剥ぎ取った爪に鍵を刺した。そしてそれを離れたニコに渡そうと、山なりに放り投げる。
「じゃあな、ニコ・パラドール。これは手向けだ。てめえは私が知る中で、最も愚かで勇敢な魔女だったぜ」
魔女の本能が、かつてないほどの警鐘を鳴らす。今ニコがいる場所は、泉から三十歩ほど離れてしまっている。そして〝♡〟の鍵が刺さっているのは、剥がされた爪、そう、右手の爪だ。
ニコのすぐ頭上で、マジカルハート・ブレイカーが発動した。落下する爪からピンクの大槌が飛び出して、周囲の空間を大きく歪める。
ツインウイングで後ろに飛ぶが、回避は間に合わない。目の前で、大槌が氷の大地に激突する。大地に無数のヒビが入り、石柱が砕け、空間の歪みがニコの体を蹂躙する。大槌を中心として、半径二十歩圏内が破壊の波動に包まれた。
〝♡〟とは、命、魔法、精神、鼓動、心臓、魅了、愛情、恋、そしてラヴィそのものだ。マナを焼き尽くし全てのヘンテコを砕く鉄槌は、異界への嫌悪が具現化したものだった。
破壊が泉に達する前に、ラヴィは鍵を自壊させて魔法を強制終了させる。割れた氷の大地の上で、ニコは力なく倒れていた。意識を保つのもやっとで、もう起き上がることもできない。
新たに生まれた鍵を手に取り、ラヴィはニコへと歩み寄る。だが、絶望的な状況の中で、魔女の本能が何かを感じ取った。ラヴィも異変に気づいたのか、ニコの目の前で足を止める。
「私の、勝ちだよっ!」
ニコが叫ぶのと同時に、泉からシャボン玉が噴水のように溢れ出た。
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