第52話「魔女×魔導士×魔法少女の物語」


 シャボン玉がまとめて弾けた。


 クロス・エクステンド計画。それは〝クロス〟の魔法少女をベースに、魔導士特性〝エクス〟と魔女特性〝テン〟を融合クロスさせることで、個人の持つ魔法属性を拡張エクステンドすることを目的とした計画だ。


 具体的には〝エクス〟の魔導士エクセリアと〝テン〟の魔女テンリからラヴィテイカーにより魔法素質を奪い、その鍵入りルビーを〝クロス〟の魔法少女クロス・メナードの鍵にことで、魔女・魔導士・魔法少女の全魔法属性を兼ね備えた存在を生み出そうという計画である。


 ちなみに最初の被験者にシャルノア自身ではなく〝X〟を選んだのは、〝X〟の魔女すうじ魔導士もじ魔法少女きごうの全属性が比較的容易に見つかったのと、クロス・メナードが『異なる魔力を掛け合わせる魔法』であるクロスシンフォニーを持っており、実験に最適だったからだ。


 当初はクロス・メナードにもこの計画の素晴らしさを伝え、賛同してもらう予定だった。しかし、太陽片の落下によって事情は変わった。魔法少女界アリスでエクセリアとも合流し、三人で燃え盛る島に乗り込んだ際、そこで見つけたクロスはすでに死の一歩手前だった。


 クロスは島民全員を避難させるのと引き換えに、自力で鍵を折ることもできないほどの重傷を負ってしまっていたのだ。すぐに回帰ゲートによって魔導士界ロゴスの書斎に運んだが、ラヴィやエクセリアの助けを借りても、処置の施しようがなかった。だから、計画を強行することにした。


 ラヴィテイカーにより魔法使いから抜き出したルビー状の魔力塊は、本来ラヴィの予備の命として用いるものだ。これをクロスシンフォニーによりクロスの魔力と融合すれば、クロスが復活する可能性も十分にあった。だから計画遂行のために、エクセリアの魔法素質をすぐにラヴィに奪わせた。悔やまれるのは、エクセリアにこれまでの感謝を伝える暇もなかったことだ。


「おい、私が言うのもアレだが、本当にこれでよかったのか? こいつ、てめえの弟子だったんだろ? 計画のことも何も知らずに、今の状況もよくわからないまま、それでもてめえを信じてやがったぜ? それに、未来の希望の芽を摘むことは許さないんじゃなかったのか?」


「そうさ、ボクはボクのことを一生許せないだろうね。だからこそ、今まで以上にボクの全てを異界探究に捧げよう。そしてその永遠を、エクセリアくんへの贖罪としよう。だから彼女の犠牲を無駄にしないためにも、早く計画の仕上げに移ろう。さあ、一体何が起こる?」


「てめえ、根底が破綻してるぜ。だが、これで計画が完了するなら私にとっちゃありがてえ」


 計画は最終段階に入った。クロスはラヴィの呼びかけに応じたのか一瞬意識を取り戻し、ラヴィの言葉に従って、自身の〝クロス〟の鍵に〝エクス〟と〝テン〟の鍵入りルビーを融合した。


「なあおい! 無事か? しっかりしろよ、死ぬんじゃねえぞ! この計画のために、どれだけ危ない橋を渡ったと思ってやがる! こっちは第六魔法へ至る夢を全部てめえに賭けてんだ! それによ、てめえみてえなお人よしの大バカに死なれちゃ、私といえど寝覚めがわりい!」


「やめた方がいい。今の彼女に必要なのは、何より安静と休息だよ。……おや、これは?」


 だが、実験は予想外の結末を迎えた。三つの〝X〟の魔力が共鳴し、瞬間的に爆発的な魔力増幅を引き起こしたのだ。そして膨大な魔力は、時として心身を不可逆的に変質させる。規格外の魔力は、クロスという存在そのものを根底から変質させることとなった。


 その肉体は、小柄なエクセリアやテンリの影響を受けるかのように小さく変質した。その服も、漏れ出した無秩序な魔力により、魔女・魔導士・魔法少女のどれとも取れないものへと変質した。その鍵は、魔力の煌めきが加法混色を起こしたかのように、存在が初期化されたかのように、白銀に変質した。

 そしてその精神ココロは、三つのココロが混じり合った影響で、おそらく一から再構築されていた。


「は? おい、なんだこりゃ? 存在も魔法の鍵も、まるごと変質しちまってやがる。クソが、計画は失敗だ! どんな恩恵があろうとも、自分が自分でなくなっちまうなら意味がねえ! ハッ、こいつを見てみろよ! 何が〝クロス〟だ、こんなもんただの失敗作ペケじゃねえか!」


「これ以上ない大成功だ! 今の彼女は、魔女・魔導士・魔法少女の全魔法特性をその身に宿している可能性がある! さて、魔法の数は、回帰ゲートは、異界からの恩恵はいったいどうなっている? それらを全て解き明かしたら、次の被験者はボクたちだ! クロス・エクステンド計画を、第二段階へと進めよう!」


「おいてめえ、ふざけたこと言ってんじゃねえ! ……ったく、どういうことだよこりゃ」


 そして、なぜか不機嫌なラヴィが書斎から出て行ったのとほぼ同時に、またしても興味深い現象が起きた。〝X〟の少女が回帰ゲートを開き、その向こうへ消えたのだ。生まれたばかりの少女は存在自体が不安定で、なおかつ融合時の魔力爆発の影響もあり、魔力の振れ幅が非常に大きかったのだろう。その結果、瞬間的に魔力の質と量が回帰ゲートを開く域に至ったのだ。


 床に転がるエクセリアの杖ごと転移したのは単なる偶然か、少女の中の魔導士の本能か、それとも衣服や装飾品の変質時に杖も少女の一部として存在が書き換えられでもしたのだろうか。

 解明すべき疑問は、まだ山のようにあった。シャルノアは、至上の幸福に包まれていた。




「さて、以上がボクの知る全てだよ。どうだい、遠慮せずに歓喜に打ち震えるといい。それだけの価値と資格が、今のキミにはある。ああ、ボクはキミが羨ましくて仕方がないのさ」


 シャボン玉がすべて消え、ペケは現実に引き戻される。


「だけれども、肝心のキミの性能はまだまだ未知の部分も多い。だからこそ、これからも一緒に解き明かしていこうじゃないか。安心するといい。ボクはいつでもキミの味方さ。さあ次は、ボクの知らないキミの中身をじっくり見せてはくれないかい?」


 言葉が、出なかった。理解など、したくはなかった。だが、全てが真実だった。

 ペケは、つくられた存在だった。死にゆく〝クロス〟の魔法少女に、〝エクス〟と〝テン〟の魔法素質を掛け合わせて生まれた失敗作ペケだった。


 記憶など、最初から存在しなかった。ペケは何も忘れていなかった。書斎での記憶ばかりを何度も思い出すのは、そもそもそれ以前が存在しないからだ。ペケは、あの日に生まれたのだ。


 持っていた知識は、三人のツギハギだろうか。人格は、もはや誰のものでもないようだ。

 ソラの森で目覚めたのは、それがテンリの回帰ゲートの行き先だったからだ。確かモモカが、ソラの森の奥にテンリとの思い出の場所があると言っていた。

 人間界へ戻れないのは、ペケが異界でつくられたモノだったからだ。魔女・魔導士・魔法少女の全ての特性を中途半端に持っているのは、その全てを混ぜ合わせた存在だからだ。


 さがしものは、そもそも存在しなかった。

 異界巡りの冒険は、何の意味もなかった。

 魔女×魔導士×魔法少女、それがペケの正体だった。

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