第51話「終焉回帰のシャボン玉」

     ×××


 泉の中は、また別の秩序に支配された領域だった。ここではペケプレスも杖での殴打も、全て泡のクッションに阻まれる。ペケは手首を掴まれたまま、シャルノアと共に沈んでいく。


「シャルノアさん、なんで、ここに? どうやってここに?」

「安心するといい、ボクはキミの味方だよ。ただそれにしても、まさかキミたちがこんなに早く泉に挑むなんてね。おかげで、大魔導祭から慌てて駆けつけるはめになったじゃないか」


 ペケたちの動きは、シャルノアに筒抜けだった。だが、シャルノアの行為の意味がわからない。敵なのか味方なのかも、そもそも敵味方の括りで考えていいものなのかも見えてこない。


「ボクはね、キミが真相に至るにはまだ早いと思っていたのさ。だけれども、それはボクの間違いだった。本当に、よくここまで成長したね。今のキミになら、安心して全てを伝えられる」


 シャルノアは安堵の表情を浮かべると、ペケの腕から手を離し、大きく両腕を広げた。


「さあ、ボクの中身を覗いてくれ。そして、キミの中身を見せてくれ!」


 シャルノアの想いが泉に溢れ、無数の泡となっていく。そしてペケは、〝C〟の追憶に飲み込まれていく。




 シャボン玉が一つ弾けた。

 半年前、魔法少女界アリスの片隅でシャルノアはラヴィと対峙していた。


「学者サマが、わざわざ私の別荘にまで何の用だ? 取材なら、支払いは人間界の金で頼むぜ?」


「なに、ボクは世間話をしに来ただけさ。まさかあのラヴィ・ペインハートともあろう魔法少女が、裏では魔法使いの魔法素質を奪ってまわっていたなんてね。なるほど、何度も死ぬ前提で無茶な修行をしたからこそ、そこまで魔法を育てることができたのかい? いや、そんなことより嘆かわしいのは、統一政府の一部派閥も隠蔽に加担しているということだよ。政府の人間が異界に渡るための疑似鍵、キミのルビーを加工したものだろう? 昔は別の製法だったらしいけれど、ともかく鍵の代用品なんてマトモな手法で作れるはずもないからね」


「……おい。てめえ、どこでそれを知りやがった?」


「だってキミは、ボクの学術書の愛読者だろう? ファンのことを知らないだなんて、著者失格じゃないか。それじゃ説明不足かい? ……おっと、そんな怖い目をしないでほしい。まあさっきのは約半分ほど冗談で、実際はボクの第五魔法が広域探知に非常に長けているだけさ」


「もういい、話しても埒が明かねえ。知られたからには問答無用で消し飛ばしてえところだが……。チッ、のこのこと私の前に現れやがったんだ、何か目的があるんだろ? 言ってみろ」


「理解が早くて助かるよ。実はね、これはキミにも利益がある話なのさ。キミは己の魔法に限界を感じているだろう? 第六魔法へ至れずに、それでも諦めきれなくて、こうして命のストックを増やしては無茶を繰り返しているんだろう?」


「御託はいい。さっさと本題を言いやがれ」


「ボクはね、魔法使いという存在の限界を越えるための研究をしているのさ。上手くいけば、第六魔法へ至るヒントにもなるとボクは考えている。そしてこの研究には、キミの助けが必要不可欠でね。どうだい、ボクがここに来たのは共犯のお誘いさ」


「ハッ、笑えるほどに笑えねえ。だがいいぜ、てめえを信じる気はねえが、今日からてめえも共犯者だ。だが、私からも一つ条件があるぜ?」


「条件というのは、左手に構えたそのボウガンかい?」


「ああ、こいつでてめえを射抜かせろ。まあ、拒否したところで射抜くがな。しばらくは魔法陣を休眠状態にしておくが、それでもてめえの動きは分かる。下手な真似をしやがったら、その瞬間にてめえは私の傀儡だ」


「もちろん、それで構わないよ。これで交渉は成立だ。さあ、さっそく始めようじゃないか。ボクの研究の集大成、クロス・エクステンド計画を!」




 シャボン玉が一つ弾けた。

 三か月半前、魔導士界ロゴスの片隅でシャルノアとラヴィは対話していた。


「で、研究とやらはどこへ行った? 結局、いつも通り魔法素質を奪うだけじゃねえか」


「いつも通り、ではないよ。ボクの目の届くところでは、未来ある希望の芽を摘むことだけは許さない。魔法素質を奪っていいのは、すでに危機的状況にあって、鍵を折るしか道が残されていないような魔法使いだけさ。何度もお願いしているだろう?」


「ハッ、説教なら耳が猫になるほど聞いたぜ。だが、そんな面倒なターゲットをちゃんと見つけてきやがるからてめえの探知魔法は恐ろしい。さっさとタネを暴きてえところだが……、まあ、今はいい。そんなことより、そろそろ研究の全容を私にもわかる言葉で教えてくれよ」


「ボクはね、ずっと考えていたのさ。魔女は魔女界グリムスにしか愛されない。魔導士は魔導士界ロゴスにしか愛されない。魔法少女は魔法少女界アリスにしか愛されない。そんなの悲しすぎないかい? こんなに異界を愛しているボクでさえ、他の異界から多少の善意を向けられることはあるものの、寵愛を受けることができるのは魔導士界ロゴスだけさ。それに、ボクはどの異界にもココロの居場所があるというのに、ボクが魔導士であるが故に、回帰ゲートは魔導士界ロゴスに向けてしか開かない。こんなの、あんまりじゃないか。そこでボクは考えた。魔女・魔導士・魔法少女、この三つの魔法属性の垣根を越える手段はないものかとね」


「ハッ、相変わらずいかれてやがる。で、つまり何が言いてえんだ?」


「キミは、チルダ・ウェイブという魔法少女を知っているかい? 彼女の魔法属性は〝~〟なのだけれど、これがまた面白い。彼女の魔法は『ほぼ等しい』『A~Bまで』『誤りの指摘』『伸び』『波』『省略』『短縮』などの特性を持つのだけれど、このうち記号〝チルダ〟が本来持つ意味は『ほぼ等しい』だけなのさ。そして残りの意味は、記号〝波線〟のモノだったり、極東文化圏で使われている記号〝波ダッシュ〟のモノだったりする。つまり彼女の〝~〟は、見た目がよく似ているという理由だけで、〝チルダ〟〝波線〟〝波ダッシュ〟という異なる三つの記号の意味を持ってしまっているのさ。そしてボクは気付いた。ボクたち魔法使いのモチーフというものは、案外いい加減なものなんじゃないかとね」


「あーあ、また始まりやがった。これだから学者サマは面倒くせえ」


「まずボクが試したのは、自身の〝C〟の意味拡張だよ。ボクは以前、取材で〝一〇〇〟の魔女に会うことがあってね。そのとき気付いたのだけれど、彼女の鍵もローマ数字で〝一〇〇〟を意味する〝C〟だったのさ。だからボクは己の文字〝C〟を拡大解釈し、魔導士でありながら〝一〇〇〟の魔女特性を発現しようと試みた。まあもちろん、結果は失敗に終わったけどね」


「結局失敗じゃねえか。今回もクソみてえな計画なら、てめえを潰して私は降りるぜ?」


「そして次に考えたのが、このクロス・エクステンド計画さ。これは拡大解釈とはまったく別アプローチで、ひとつのモチーフに複数の意味を持たせる計画でね。まだキミには会わせていないけれど、ボクの弟子にエクセリアという〝エクス〟の魔導士がいてね。彼女を見て閃いたのさ」


「ハッ、弟子に隠れて悪行とはやるじゃねえか。……ん? 〝X〟つーことはよ、この前奪いに行かされた、テンリとかいう魔女のルビーも計画とやらに関係あんのか?」


「まさにその通りさ。そしてこの計画の面白いところはね……。おっと、ここから数時間は語ろうかと思ったのだけれど、どうやら事情が変わったようだ。突然だけれど、魔法少女界アリスへ向かおう。この計画の最後のピースを手に入れるときが来たようだ」


「あ? いったい何があった?」 


魔法少女界アリスで、太陽片の落下災害が起きたのさ。これは想定外だが僥倖でもある。すぐに現地へ向かいたい、キミの回帰ゲートで魔法少女界アリスへ連れて行ってくれないかい? そうだ、魔導士界ロゴス中央街セントラルにいるエクセリアにも、急いで鏡の門で魔法少女界アリスへ行くよう伝えなくてはね。いままで巻き込まないようにはしていたけれど、今回ばかりは彼女の力も必要になる」


「何がしてえかわからねえが、まあいい。おままごとも今日で終わりってことだろ?」


「その通りさ。さあ、〝クロス〟の魔法少女、クロス・メナードを救出しに行こうじゃないか」

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