第42話「Cの魔法は繋げるチカラ」


 気付けば、辺りの地面は滑らかな大理石となっていた。ここは、彫刻の丘。地面はチェス盤のように区切られて、幾何学的な彫刻たちが数マスおきに立ち並ぶ。ここに自生する彫刻たちは縄張り意識が強いようで、どれもが一定の距離を保っていた。

 背の高い彫刻の向こうから、熱帯魚の群れがやってきて、ペケたちの頭上を泳いでいく。


「ねえ、見て見て! あの魚、すっごくきれいだよ! 美味しいのかな?」

「いや、食べちゃいけないものだと思うけど。なんか、毒々しいというか禍々しい色してるし」

「そう思うだろう? だけれども、これが意外と癖になる珍味でね。まあ、慣れていないと丸三日は食事が喉を通らなくなるくらいには冒涜的な食感をしているけれど、これもゲテモノの醍醐味さ。せっかくだし、食べてみるかい?」

「……あの、逆に聞きますけど。まさか、そんなゲテモノ、慣れるまで食べ続けたんですか?」

「もちろんさ。ゲテモノも立派なヘンテコじゃないか。隅々まで味わわないのは損だろう?」


 宙を泳ぐ色とりどりの魚を見上げながら、シャルノアの後ろを付いていく。

 魔導士界ロゴスの魚の生息域は、水中だけに限らない。水中を泳ぐ水魚もいるが、地中を泳ぐ陸魚や、空中を泳ぐ空魚もいる。そして、天上の海にしか棲まない天海魚もいるというから驚きだ。


「さて、続いては魔法属性のレッスンだ。鍵を対象に直接刺すのが魔女すうじ、特定の道具に鍵を刺すのが魔導士もじ、自身に鍵を刺すのが魔法少女きごう。ここまではいいかい?」


 先頭を歩くシャルノアが振り向く。大理石の地面を踏みしめながら、二人は頷いた。


「うん、よろしい。じゃあ、次はそれぞれの特色だ。魔女は対象にダイレクトに魔力を流しこめるから、干渉力が高い。魔導士は道具を媒介するから、大規模な魔法行使でも負荷が少ない。魔法少女は自身の肉体を経由するから、魔法を自在にコントロールしやすい」


 モノの強度を完全に無視して二分割できる、ニコギロチン。魔法の制御を少しでも誤れば自滅しかねない、ラヴィの高速機動。確かに、思い当たる節はある。この特色はあくまで傾向にすぎず、個人差も非常に大きいようだが、覚えておいて損はなさそうだ。


「では早速、一例としてボクの魔法を紹介しよう。ボクの魔法は〝C〟の魔法。接続コネクト切断カット、つまりは繋がりを司る魔法たちさ。そして〝C〟の形状は、言うなれば欠けた円環だ。サイクルの形成とその切断、その両方の象徴だよ。さらになにより、〝C〟とはコピーライト、つまりは著作物を意味する文字でもある。だからボクは、万年筆を魔法媒体として選んだのさ」


 シャルノアが、大木のオブジェを前にして立ち止まる。石でできた黒い枝には純銀の葉が茂り、鈴の音のような葉擦れが聞こえる。ペケとニコは、心地よい音色に聞き入った。


「ところで話は変わるけれども、この彫刻は非常に凶暴でね。特に幹に触れたりすると間違いなく襲われるから、絶対にやめた方がいい。それじゃあ実際に試してみようか」

「へっ?」


 つい耳を疑ったが、聞き間違いではないようだ。シャルノアは、躊躇うことなく彫刻の幹に手を触れた。純銀の葉が、甲高い威嚇音を打ち鳴らす。銀葉たちは枝から離れ、三人めがけて降ってきた。銀葉は薄く、研ぎ澄まされた刃のようだ。迎撃しようと、ペケは杖を握りしめる。


 だが、先にシャルノアが動いた。鍵の刺さった万年筆がジグザグに宙を飛び回り、銀葉をすべて弾いたのだ。シャルノアは何事もなかったかのように、万年筆を手元に戻した。


「――シャルノアコマンド。魔法媒体たる万年筆にボクの思考を接続し、自在に操るだけの魔法さ。自動筆記の魔法と言い換えてもいい。どうだい? 執筆にはなかなか便利だろう?」

「執筆どころの魔法じゃないと思いますけど、それ」


 何よりペケは、万年筆の反応速度に驚いていた。〝C〟とは、接続コネクトであり命令コマンド。そして同時に、光速を意味する文字でもある。万年筆への意思伝達のスピードは、おそらく光速なのだろう。だから操作にラグがないのだ。

 いや、それだけではない。〝C〟とは、電卓などのキーにおいて消去を意味する文字でもある。万年筆の速度をリセットできるから、慣性を無視した急な方向転換が可能なのだ。


「ねえねえペケ、今の見た? 万年筆がビュンって飛んで、ズバッと弾いて! ……えっ?」


 ニコが目を輝かせ、直後にあんぐりと口を開けた。ペケも周囲を見回し、すぐに事態を把握する。地面に落ちた銀葉たちは、まだ諦めてはいなかった。純銀の体を波打たせ、魚のように宙を泳いで再び襲いかかってくる。


「いい機会だ。せっかくだし、ボクの残りの魔法もお見せしよう」


 シャルノアが、握った万年筆を左から右に振り抜いた。すると筆先から藍色の光が溢れ出し、光の軌跡が弧を描く。それは輝く三日月のようにも、巨大な〝C〟のようにも見えた。


「これこそボクの第二魔法、万物切断の〝C〟の刃さ。――クルクルクレセント!」


 光輝く三日月の刃が、回転しながら撃ち出される。銀葉たちはすばやく方向転換するが、数枚の葉は避けきれずに両断された。三日月の刃はなおも止まらず、近くの石柱をも切り倒す。

 〝C〟とは、切断カットであり三日月クレセント。〝C〟の形をした刃は、モノの繋がりを断ち切るのだ。


 空へと逃げた銀葉たちが、雨のように降り注ぐ。シャルノアは、次なる魔法を発動する。鍵の刺さった万年筆で、宙に魔法陣を書き殴ったのだ。手のひらサイズの、小さな魔法陣だった。


「そしてこれが第三魔法、接続操作の〝C〟の鎖さ。――コネクタチェイン!」


 空中に浮かぶ小さな〝C〟の魔法陣から、一本の光の鎖が飛び出した。よく見れば、鎖の輪のひとつひとつは〝C〟の形をしているようだ。光の鎖は倒れた石柱へと伸びていき、その先端が石柱の内部に潜り込む。すると、石柱は突然飛び上がり、ペケたちの頭上で盾となった。


「どうだい? 鎖で繋ぎとめたモノを物理的に操るだけの、有線ラジコンのような魔法でね」


 光の鎖に繋がれた石柱が、銀葉の群れを薙ぎ払うように回転した。銀葉たちは、慌てて元の枝へと逃げ帰る。大木のオブジェが沈黙したのを確認し、シャルノアは魔法を解除した。


「まあ、こんなところさ。だけどこれでは中途半端だし、最後に第四魔法も見ておくかい?」


 そう言うなり、シャルノアはメモ帳に万年筆を走らせた。そしてニコには見えないように、ペケの目の前にメモを突き出す。そこには『聞こえるかい?』という一文が綴られていた。


「――ココロコーリング」


 メモに書かれた文字が光り、跡形もなく消失した。そして、同時にニコがびくんと跳ねる。


「わわっ、何これ! 凄い凄い! 頭に流れ込んでくる! 『聞こえるかい?』って響いてる!」

「どうだい? 書いた文章をテレパシーに変える、心と繋がる通信魔法さ。もちろん、通信速度は〝C〟だけに光速だよ。第四魔法にしては地味だけれども、これが意外と便利でね」


 〝C〟とは、接続コネクトであり通信コール。そしてメール等におけるCCでもある。万年筆で書いた文章を、直接読んでいない者にも届ける魔法。それがココロコーリングなのだ。


「さて、これでボクの五つの魔法はすべて見せた。ここまでで何か質問はあるかい?」

「五つ、ですか?」


 つい、疑問が口から飛び出る。見せてもらった魔法は、確か四つだったはずだ。

 第一魔法、シャルノアコマンド。万年筆と思考を直結させる、命令伝達の魔法。

 第二魔法、クルクルクレセント。三日月の刃でモノの繋がりを絶つ、万物切断の魔法。

 第三魔法、コネクタチェイン。光の鎖でラジコンのようにモノを操る、接続操作の魔法。

 第四魔法、ココロコーリング。書いた文字をテレパシーに変えて送信する、光速通信の魔法。

 やはり何度数えなおしても、五つ目はまだ見ていない。


「ボクの第五魔法は、すでに何度も見せているよ。気になるなら、解き明かしてみるといい」


 シャルノアは、意味ありげに微笑んだ。

 ペケは少し考え込むが、獣の唸り声で我に返る。すぐさま視線を上げると、野生化したマーライオンと目が合った。ペケたちは、眠れる獅子の縄張りに入ってしまったのだ。マーライオンは滑るように地表を泳ぎ、突進してくる。だが、今度はシャルノアが動く気配はない。


「さて、次はキミたちのお手並み拝見だ。大丈夫さ、死なない程度に最低限は助けるよ」


 シャルノアは軽い口調で言い放つと、二人を観察し始めた。万年筆も、今はメモを書くのに使われている。

 ペケは度肝を抜かれたが、すぐに気持ちを切り替えて、マーライオンに向き直る。シャルノアの行動は読めないが、異界はもっと気まぐれだ。このくらいの不測の事態に対応できずに、最果てに挑めるはずもない。ペケはニコと視線を交わし、力強く踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る