第26話「ヘンテコだらけ、旅だらけ」

 それから三週間ほどかけて、二人は島から島へと渡っていった。


 魔法少女界アリスにも羊はいるようで、旅の主な交通手段は羊車だった。魔法少女界アリスの島は海から少し浮いているため、船やイカダは使えない。島の平原も、島と島を繋ぐ虹の橋も、羊は元気に駆け抜けてくれた。

 魔女界グリムスと違うところを挙げるとすれば、魔法少女界アリスの羊はちぎれた綿雲から生まれるということくらいだった。


 ときには、気球を使うこともあった。魔法少女界アリスの雲はおてんばで、ときおり地表に降りてくる。そんな雲を捕まえて、布の袋に閉じ込めたのが魔法少女界アリスの気球だ。

 雲の浮力を利用した気球のおかげで、虹の橋がない場所もまっすぐ進むことができた。少々出費はかさんだものの、二人には魔女界グリムスで稼いだ大金がある。幸いなことに、お金に困ることはなかった。


 ただ、道中は天候に悩まされることも多かった。


 魔法少女界アリスの太陽は日替わりだ。毎朝新たな太陽が火山から生まれ、毎晩底なしの海へと沈んでいく。そして太陽が毎日変わるものだから、気候や季節もその都度変わる。太陽の大きさにもよるが、三つで常夏、二つで夏、一つで春といった具合に。


 魔法少女界アリスは大抵春か夏で、めったに冬にはならないらしい。だが、不運なことに一度だけ真冬日があった。『日食』があったのだ。日食入道と呼ばれる巨大な雲の塊が、文字通り太陽を食べてしまっていた。二つあった太陽は一つが丸呑みされ、もう一つが半分ほど齧られた。こうして、その日は真冬になったのだ。虹の橋を渡っている最中に突然吹雪にあったものだから、羊が足を滑らせて、二人を乗せた羊車は危うく海へと落ちかけた。


 またあるときは、三角形の太陽が昇った。だが、これは珍しいことではないらしい。魔法少女界アリス魔法少女きごうの世界なのだ。太陽が記号や図形の形をするのは、むしろ当然のことだという。


 渦巻き模様の太陽が昇ったこともあった。その日の太陽は一つだったが、あまりに巨大だったため、魔法少女界アリスは猛暑に見舞われた。ちなみにその日はビー玉砂漠で遭難して、何とか見つけたオアシスのそばで一夜を明かした。その後無事に砂漠を越えられたのは、ニコのペタンコペイントのおかげだろう。二人が交互にラクガキになってマントに押し込まれることで、体力の消耗や食糧の消費を半分に抑えることができたのだ。


 他にも、危険とヘンテコは日常茶飯事だった。


 乗っていた羊車がヤマタノパンダに襲われたときは、生きた心地がしなかった。あの鋭い角と牙は、今でもたまに夢に見る。

 細切れの雷雲がみぞれのように降り注いできたときは、必死に空へとペケプレスを放ったものだ。あのときのニコは、涙目になりながらも最後まで笑顔で居続けた。その姿にどれだけペケが励まされたかは、言葉などでは言い表せない。なんとか無事に屋内へと逃げ切った後は、体の震えが収まるまで部屋の隅で抱き合っていた。



 そして今、ペケとニコは平原に寝ころんで星空を眺めていた。ここは、煙突島の一つ手前の島。ついに明日、クロスの隠れ別荘に乗り込むことになるのだ。


「ニコ」

「ん、なに?」

「長かったね、ここまで」

「そう? 怖くて楽しくてドキドキして、一瞬だったよ」


 満天の星に照らされて、ニコの笑顔がくっきりと見えた。絹の様な金髪が、風に揺られて少しなびいた。

 魔法少女界アリスの星は、太陽の破片。太陽が海へと落ちた時、砕けた破片が星となるのだ。三つの太陽が昇って沈んだ今日は、いつもより星が多かった。


「ニコ、ありがと。こんなに危ない旅に、付いてきてくれて」

「ペケ、ありがとね。こんなヘンテコな旅に連れてきてくれて」


 二人の言葉は正反対で、だけど結局同じだった。それが何だか可笑しくて、顔を見合わせて二人で笑った。風車小屋の小さな宿へと戻ったのは、しばらく経ってからだった。


     ×××


 ヒノデ火山が火を吹いて、今日も太陽を打ち上げる。小さな宿の庭先で、ペケは身の丈ほどの杖を構えていた。早朝の薪割りと魔法鍛錬は、今では欠かせないペケの日課になっていた。


「ペケプレス」


 薪を標的に見立てて、いつものように魔法を放つ。撃ち出されたペケプレスは、薪の表面を優しく撫でるとすぐに消えた。

 これは、連射の応用のひとつ。連射の要領で一発目を放ち、直後に魔法を止める。こうすることで、単発のペケプレスでありながらも連射時のように威力を下げることができるのだ。いまやペケプレスの威力に、上限こそあれど下限は存在しなかった。


「バッテンバインド」


 続いて、手のひらサイズのバッテンバインドを放つ。溜めずに放つバインドは伸びたゴムのように脆いが、こうしてサイズを小さくすれば強度は多少ましになる。

 そして斜め十字の小さな帯は、薪に当たるとシールのように貼り付いた。これも、最近見つけた使い方だ。この魔法は、巻き付けるだけでなく貼り付けることもできるらしい。

 こういった使い方が役に立つかはわからない。だがこれは、魔法を自在に使いこなすための特訓だった。


「……もっと弱く。もっと強く。もっと、自在に」


  杖先から、真横にペケプレスを撃つ。今度はさらに角度を付けて、杖を前に向けたまま、自分の頬に小さなバッテンバインドを貼り付ける。

 これも、日頃の鍛錬の成果だった。今やペケは、杖先から好きな角度で魔法を放てるようになっていた。これならどんな体勢からでも予備動作なしに、狙いやタイミングを読まれることなく魔法を使うことができる。杖をしっかり構えた時に比べて心なしか出力が落ちている気もするが、いつでもとっさに不意打ちができるアドバンテージは捨てがたい。

 一発ずつ丁寧に感覚を確かめながら、ペケは何度も魔法を放っていく。


 今ある魔法を最大限に使いこなすことが魔法の成長に繋がると、確かモモカも言っていた。ペケは、自分が未熟なことを自覚している。だからこそ、その上での最善を模索していた。


 ところで、そもそも魔法の熟練度というものは、修得した魔法の数で評価される。

 魔法が一つから三つのうちは、魔法使いの駆け出し期間。四つでようやく一人前で、回帰ゲートもその頃発現する。五つ目の修得ともなれば、人並みはずれた素質と努力があっても困難を極める。そして六つ目に到達できれば、間違いなく魔法使いの歴史に名を残すことになる。

 魔法使いの間では、『魔法四つは修めた証、魔法五つは極めた証』とも言われているようだ。


 だが、ペケの魔法はペケプレスとバッテンバインドの二つだけ。多少鍛えたとはいえ、一人前には程遠かった。しかも、ペケの魔法は非力だ。鍛錬や冒険を重ねることでわずかに威力は向上した気もするが、まだまだ誤差のようなものだった。だからこそ、ペケは魔法の自由度や器用さを高めることを重視した。


「……よし」


 そして、身につけた技術はこれだけではない。自身の魔法特性を、ペケは徐々に理解しつつあった。この調子なら、三つ目の魔法もそう遠くはないだろう。ペケは何かを掴み始めていた。


「ペケー? なにしてるのー?」


 宿の方から、寝ぼけた声が聞こえる。振り向けば、寝巻姿のニコが窓から顔を出していた。


「いつもの、魔法の練習」

「朝ごはん、もうできてるみたいだよ。早く来ないと先に食べちゃうよっ」


 ニコはいたずらっぽく笑うと、宿の奥へと消えていく。ペケはボロ布のマントを翻し、慌ててニコを追いかけた。


 宿に戻ると、雲編みワシの目玉焼きがペケを待っていた。雲編みワシの卵は、殻も光るが中身も光る。その卵白・卵黄・卵緑はどれも栄養満点で、冒険前の朝食にはうってつけだ。


「ペケって、今週の魔法少女通信もう読んじゃった?」

「ん、まだ」


 淡く光る目玉焼きを頬張りながら、二人は『ほぼ週刊・魔法少女通信』を覗きこむ。ペケのお気に入りは、天気予想のコーナーだった。


 魔法少女界アリスの空は気まぐれで、天気予報は当てにならない。そんな中で生まれたのが、天気予想と呼ばれるゲームである。その内容はシンプルで、数日間の太陽の数や形を予想してハガキで送ると、的中率に応じてさまざまな景品が貰えるというものだ。大抵は突拍子もない形状の太陽が出てきて散々な結果に終わるのだが、それを笑って楽しむのが天気予想の醍醐味だ。


 ちなみに一番人気の景品は、ラヴィのサイン入り手乗り風車である。ラヴィはアリスカルテットの中でもメディアへの露出が多く、そのカリスマ性もあいまって根強い人気があるらしい。

 どうやらニコもラヴィのファンになってしまったようで、雑誌内の特集記事『ラヴィ、五つの魔法とその軌跡』を熱心に読み込んでいた。


「……とりあえず、来週分の天気予想を、っと」


 朝食を終え、伝書猫にハガキを託す。

 魔法少女界アリスの猫は、空を飛ぶ。翼の生えた伝書猫は、魔法少女界アリスの主な通信手段だ。寄り道や昼寝はご愛嬌だが、宛先を間違えることはあまりない。


「よし、準備完了かな」

「それじゃ、煙突島へしゅっぱーつ!」


 宿を出た二人は、さっそく近くの羊車小屋へと向かう。煙突島に繋がる橋は、すぐそこだ。

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