第22話「魔法使いの帰巣本能」
展望台を後にしたペケとニコは、城の出口である正門へと向かっていた。チルダに先導されながら、二人は赤い絨毯の螺旋階段を下りていく。辺りでは魔法少女がせわしなく行き交い、足音が鳴り止まない。チルダは背が低く、気を抜くとすぐにはぐれてしまいそうだった。
「チルダさんの魔法って、どんな感じなんだろね。なんか、気にならない?」
「確かに興味はあるけどさ」
ニコの囁きに、ペケは眉をひそめた。実のところ、ペケも〝~〟という未知の魔法は気になっていた。しかし、初対面で相手の魔法を尋ねるのもデリカシーに欠けると思えたのだ。
「ええと、それはですねー」
だが、どうやら聞こえてしまっていたようだ。チルダはくるりと振り向くと、首をかしげて微笑んだ。そしてペケの隣では、ニコがあたふたと慌てだす。
「あのっ、す、すいませんでしたっ! ちょっとした話のタネというか、そこまで深い意味はないというか、とにかく色々アレでですね……」
「いえいえ、お気になさらずー。ではでは、さっそくひとつご覧あれ」
チルダは〝~〟と刻まれた鍵を手に取ると、自身の喉元に差し込み、口を開いた。
「わたくしの魔法は〝~〟の魔法。とにもかくにも、かくかくしかじかなのでして」
かくかくしかじか。比喩ではなく、チルダは実際にそう言った。にもかかわらず、二人の脳内にはその詳細が流れ込んでいく。
〝~〟とは、AからBまでといった範囲を示す記号。また、誤りを指摘するための波線でもあり、数学においては『ほぼ等しい』を意味する記号ともなる。伸びを表現することもあれば、そのまま『波』を意味することもある。そして、省略や短縮の記号でもある。
チルダ・ウェイブがいま使ったのは、以下省略の魔法・ナドナドワード。説明を適当に省略してもその詳細をほぼ正しく相手に伝えることができる、テレパシーにも似た魔法だった。
そしてチルダの他の魔法も、〝~〟が宿す意味に沿ったものだ。
A~B間の距離を縮めて位置座標をほぼ等しくする、引き寄せ魔法・チルダキャッチャー。
脳波や声紋、脈の波長などを読み取り嘘を見抜ける、汎用波形把握魔法・イロイロウェーブ。
自身と周囲のものの動きをまとめて間延びさせる、広域スロー化の魔法・ノンビリムーヴ。
これら四つがチルダの持つ魔法であり、どうやら最近はノンビリムーヴがお気に入りらしい。
ここまでが、『かくかくしかじか』の一言でペケとニコに伝わった内容であった。
「――と、こんな感じの魔法でして。さてさて、それでは先を急ぎましょう」
チルダは喉元から鍵を引き抜くと、一段飛ばしで階段を下りていった。
正門前の広間は、魔法少女でごった返していた。ときおり魔女や魔導士、スーツ姿の役人なども見られるが、やはりその数は少ない。視界に映るのは、フリフリのドレス姿が大半だ。
「わわっ、なにこれ! 天井まで張り紙だらけ!」
小さく飛び跳ねながら、ニコがはしゃぐ。どうやらここは壁一面が掲示板となっているようで、さまざまな張り紙で埋め尽くされていた。その内容は千差万別で、個人的な伝言や尋ね人、仕事の依頼、さらにはペットらしきモノの里親募集などもある。だが、吹き抜けとなっている天井付近にある張り紙は、一体誰が読むのだろうか。
世界がひどく気まぐれだと、どうやら住人までもが大雑把になるようだ。ペケはそう思わずにいられなかった。
「あ、そうだ。私のも、貼っておかないと」
ペケは布の鞄をまさぐると、羊皮紙の束を取り出した。紙にはペケの似顔絵や魔法モチーフ、身体的特徴などが書かれており、最後は『この〝X〟に、ピンときたらメモ書きを』の文面で締めくくられている。ペケはニコと手分けして、お手製の張り紙を数箇所に貼り付けていった。
ふと、ペケの視界が掲示板の一角にとまる。そこには、人相書きの張り紙がいくつか並んでいた。その鬼気迫る表情は、可愛らしい魔法少女の衣装とどうにも馴染まない。
「これはですねー、手配書のようなものでして」
ペケの疑問を読み取ったのか、チルダがちょこんとペケの前に躍り出た。
「手配書、ですか?」
「ええ、いかにもー。いま、
中でもとりわけ目を引くのは、カラーで描かれた二枚の手配書だ。
一方は、群青のドレスに銀のアクセサリーを散りばめた短髪の魔法少女。もう一方は、前合わせの和風のドレスとハチマキが特徴的な魔法少女。どちらも、その目は猛禽類のように鋭い。
そしてその危険性を示すように、肖像画の下部には『とても悪い魔法少女』『非常に獰猛』『わき腹が弱い』『やけど注意』などの警告文が赤字で書き殴られている。
――〝☆〟の魔法少女、スピカ・スターダスト。
――〝♨〟の魔法少女、イーユ・カポーン。
手配書に描かれた二人の魔法少女は、紙面越しにペケを睨みつけているようにも見えた。
溢れんばかりの魔法少女をかき分けて、チルダと二人はようやく正門まで辿り着く。アーチ型の門を抜けた先には、目に痛いほど色鮮やかな街並みが広がっていた。
「さてさて、それでは案内もここまでとなりますー」
白塗りの城壁を背景に、チルダは波打つ髪を揺らす。
「道中は、ぜひぜひお気をつけてくださいなー。まだまだ駆け出しのお二方では、いざというとき回帰ゲートも開けませんし」
「回帰ゲート? なんですかそれ? なんか凄そう!」
ペケの疑問を代弁するように、ニコが早口で問いかけた。
「一人前の魔法使いが修得できる、緊急離脱の手段ですよー。使い捨てのゲート、とでも言いましょうか。よその異界の危険地帯へ挑むときは、これがなかなか便利でして」
チルダはドレスを翻すと、歌うように言葉を紡ぐ。
「魔法の鍵は繋げるチカラ、繋がる先はココロの居場所。魔法の鍵を宙に構えて、三度回せばあら不思議。魔法使いの目の前に、光のゲートが開けゴマ。魔女は
「鍵が生み出す、光のゲート? 魔女なら、
期待を込め、繰り返す。それが本当だとすれば、回帰ゲートの用途は危険地帯からの離脱に限らない。回帰ゲートの行き先は、ペケの魔法属性を教えてくれる。
だが、気になる部分があったのか、ニコが眉間にしわを寄せる。
「あれっ? でも、
「よいところにお気付きでー。先ほど申しましたとおり、繋がる先は『ココロの居場所』なのでして。回帰ゲートは、魔法使いの帰巣本能。ホームとなる異界の中でも特に
期待以上の事実に、胸が高鳴る。回帰ゲートが帰巣本能だというのなら、ペケが元々住んでいた家などにゲートが繋がる可能性もある。そうなれば、ペケの身元はすぐに判明するだろう。
「それ、どうやったら使えるようになりますか?」
ペケはつばを飲み込むと、胸元の鍵を手に取った。わずかな期待と緊張で、鼓動が少し早くなる。だが、試しに宙で三度回してみるものの、やはり何も起こらない。
「回帰ゲートは、魔法が育てば勝手に身につくものでして。いま、魔法はいくつお持ちで?」
「まだ、二つです。二つ目は、最近覚えたばかりですが」
ペケの隣では、ニコが真面目な顔で鍵を構えている。こうしてペケとチルダが話している間も、ニコは様々なポーズで鍵を回し続けているが、特に成果はないようだった。
「でしたら早くてあと一、二年はかかるかとー。回帰ゲートの発現は、魔法四つが条件でして」
「……そんなに、ですか」
「でもでも、どうぞご安心あれ。そのときが来れば、自然とココロで理解できますよー」
道理で、モモカやチサトが提案しなかったわけだ。これだけ時間がかかるなら、どれだけ枢機時計塔の調査が難航しようとも、調査結果を待つ方が早いに決まっている。しかもペケは、すでに毎日欠かさず魔法の鍛錬を行っていた。結局のところ、今まで通りやるしかないのだ。
「でも、そっか。……よし」
ペケは小さく頷くと、〝X〟の鍵を握りしめた。なにも、落胆していないわけではない。だがそれ以上に、確かな手ごたえを感じていたのだ。
「ありがとうございます、チルダさん。こんなことまで教えてもらって」
「いえいえ、お役に立てて何よりでー。ではでは、ヘンテコだらけのよい旅を」
チルダはその場で一礼すると、ゆったりとした足取りで城内へと戻っていった。
その小さな背中を目で追いながら、ペケは長く息を吐く。
「ねえ、ニコ。これから、まずはどうしよっか。どこに行って、何をしよう」
「ペケは、どうしたいの?」
ニコは悪戯っぽい表情で、ペケの瞳を覗きこんでくる。
「せっかくだし、ペケの意見が聞きたいな」
ニコのいじわる、と言いたくなるのをぐっと堪えて、ペケは寝癖だらけの前髪を指で弄った。
「ん、ええと……。とりあえず、もっと情報収集がしたいかな。あと、少しお腹がすいたかも」
「なら決定! そんなときには酒場に行こうよ! 二兎を追うのが魔女の性、できれば一気にやっちゃいたいしねっ」
鼻歌交じりのニコに手を引かれ、ペケは繁華街へと繰り出した。
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