第10話「ソラの果てまで浮きカボチャ」

 ニワトリモドキの声に包まれ、浮きカボチャ狩りの朝が来た。


 魔女界グリムスの太陽はおっちょこちょいだ。今朝は寝坊したようで、普段より日の出が遅かった。

 ペケとニコは、足早にソラの森を進んでいく。太陽はいつも気まぐれで、いつ沈むかもわからない。万が一に備えて、森には長居しないほうがいい。ニコの持つ懐中時計は、十時ちょうどを指していた。近所の畑で採れた安物の時計は、そろそろ寿命が近いようだ。いつも軋むような音を立てており、どうにも頼りない。

 そしてようやく目的地に着いたのか、前を歩いていたニコが足を止めた。


「よし、とうちゃーく!」

「……あれ? ここって、もしかして」

「へへっ、驚いた? なんとびっくり、ここが浮きカボチャの群生地ってわけ」


 辺りでは、捩れた木々の間を縫うように、無数の蔓が絡み合っている。蜘蛛の巣にも似た蔓のベールが、二人の視界を阻んでいた。そう、ここはペケとニコが初めて出会った場所だった。


「実は私、前からカボチャ狩りに挑戦したいと思ってたの。あの日は、下見に来てたんだよ」

「……もしかして、これ、ぜんぶカボチャの蔓なの?」


 ニコは大きく頷いた。

 浮きカボチャは、地面から伸びた蔓の先に実をつける。小さなカボチャは少しだけ宙に浮き、風に流されて木々の間をフラフラ漂う。そしてカボチャの蔓は、成長するにしたがって、どこまでも伸びていく。こうして浮きカボチャの蔓は、木々を巻き込むように絡み合っていく。

 蔓が張り巡らされた奇妙な光景、それは浮きカボチャの成長過程で自然と生じたものだった。


「目指すのは、木々の上。熟したカボチャは、空高く浮き上がるんだよ。ふわーって」


 蔓の先には、それぞれカボチャが実っているはずだ。しかし地表付近の蔓は複雑に絡み合っていて、うまくたぐり寄せることができない。そのため木の上まで登り、絡んでいない蔓をたぐり寄せるのが、浮きカボチャの一般的な収穫方法なのだという。


「でも、どうやって木の上まで登るのさ」

「もちろん、魔法でだよ。だって、私たちは魔女なんだから」


 ニコは、自信に満ちた目でペケを見つめていた。ペケは首をかしげたが、少し考えて納得する。確かに、ニコギロチンなら楽に木を登れる。ペケプレスも使えば、確実性はさらに増す。


「登る木、これでいい?」

「うん、これならいけそう。ペケ、やっちゃって!」


 ペケが目を付けたのは、蔓の密集地帯の端に立つ一本の木だ。高さは六階建てほどで、他の木よりも少しだけ背が高い。その枝には蔓が絡んでいたが、本数はさほど多くない。


 十秒溜めたペケプレスを何度も放ち、枝に絡まる蔓を一本ずつ断ち切っていく。杖で殴る程度の威力でも、細い蔓を切るくらいなら造作もない。


「ナイス、ペケ!」


 続いてニコが、木の根元に鍵を差し込んだ。発動する魔法は、二分割の魔法・ニコギロチン。物体を一時的に真っ二つにする、ニコの得意魔法だ。ニコが〝Ⅱ〟の鍵を回すと、木は根元から切断された。上下に裂かれた大木は、轟音とともに地面に倒れる。


「よし、つかまって!」


 ニコの合図で、ペケは倒れた木へと駆け寄った。そして倒木の上端に近い部分、そのできるだけ太い枝に、二人はしっかりと抱きついた。ペケプレスで蔓を切ったのは、蔓に邪魔をされずに木を倒すため。そして、ニコギロチンで木を倒した理由は、もっと単純だ。


「戻れっ!」


 ニコが鍵を宙で回し、ニコギロチンが解除される。倒れていた木は勢いよく起き上がり、切断面も元通りにくっついた。倒木の上端に掴まっていた二人は、一気に木々の上へと到達する。


「大丈夫? 振り落とされてない?」

「……うん、なんとか」


 二人が掴まる木は、周りの木より背が高い。ふと前方を見たペケは、その景色に圧倒された。


「すごい、すごいよ! ニコ!」


 そこには、ソラの森のもうひとつの姿があった。見渡す限りの果てなき森、そのいたるところから蔓がまっすぐ天に伸び、その先には大小さまざまなカボチャが実っている。まるで木々の一本一本に、カボチャの風船がくくり付けられているようだ。


 眼下には、木々の緑。眼前には、天へと伸びる数多の蔓。そして頭上に広がる、カボチャだらけの空。深緑の森の上には、カボチャ色の森が広がっていた。

 道理で、ソラの森が暗いわけだ。森の上にも森があるのなら、日が差し込まないのも頷ける。


「やった、やったよ! ペケ!」


 隣では、ニコが無邪気にはしゃいでいた。身振り手振りがどれも大きく、木から落ちそうで危なっかしい。一方のペケも、景色に心を奪われて、何度か手を滑らせそうになっていた。


 魔女もおだてりゃ落ちて死ぬ、猫でも知っていることわざだ。いくらソラの森が安全とはいえ、それはあくまで魔女界グリムスの奥地と比べたときの話である。平常心を欠いたままでは、命がいくつあっても足りやしない。二人が落ち着くまでには、少しばかりの時間を要した。


「それじゃ、そろそろ収穫しに行こっ!」


 二人は横に伸びた枝の上を歩き、木から木へと渡っていく。枝や蔓が密集しているおかげで、掴まるものには困らない。足場の枝も肥えた魔女のように太く、バランス感覚はさほど求められなかった。


「よーし、まずはこれにしよっか。ペケ、この蔓押さえてて!」


 最初の木の三本隣、カボチャの群生地の入口に位置する木の上。ここは枝も太く、足場は十分安定している。眼前の蔓はまっすぐ天へ伸び、その先には五つの浮きカボチャが実っていた。


 地表よりマナが濃いのだろうか、浮きカボチャの蔓は上に行くほど太くなる。ニコがお手製のナイフを蔓に突き立てるが、なかなか刃が進まない。結局、半分ほど切ったところでニコはナイフをポケットにしまった。そして、ペケに向かって笑顔で親指を立てる。


「うーん、やっぱ無理っぽいや。ペケ、お願い!」


 この世界のヘンテコは、大抵マナの影響だ。浮きカボチャは、マナで変質したカボチャ。その実や蔓には、当然マナが宿っている。そしてマナが宿ったモノには、魔力による攻撃の方がダメージを与えやすいのだ。


 杖を蔓に押し当てて、ペケは深呼吸する。許容限界である十秒チャージのペケプレスを、至近距離で叩きこむ。心もとない威力だが、切れ込みを狙って撃ちこめば何とかなるはずだ。


「――ペケプレス!」


 〝X〟の波動が迸り、太い蔓がぷつんと切れた。だが、蔓がちぎれた浮きカボチャは、ニコごと空へと昇っていく。ペケもとっさに蔓を掴むが、五つのカボチャの上昇は止まらない。


「え? あれ? え?」


 予想外の事態に、ペケは困惑の声を上げる。中央街セントラルで見たカボチャランタンの様子から、二人は浮きカボチャの浮力をせいぜいランタンひとつ分だと見積もっていた。

 だが、それは大きな間違いだった。カボチャランタンとは、実をくり抜いたカボチャにランタンを入れたもの。つまりランタンの重さと釣り合っていたのは、皮だけの浮きカボチャなのだ。実が詰まったカボチャの浮力は桁違いで、五つもあれば二人を楽に持ち上げるほどだった。


「どうしよう、ねえ、ニコ、どうしよう!」


 二人が掴まる蔓は、ぐんぐん空へと登っていく。手の届く範囲に、他の蔓もない。すでに、飛び降りることができる高さでもない。


「ダブルドール!」


 ニコは慌てて鍵を回し、等身大のニコ人形を召喚した。分身ダブルとなる人形を生み出す魔法、ダブルドール。ニコ人形はぎこちない動きで蔓にしがみつき、二人と同じようにぶら下がる。


 人形の重さは、ニコ本人とまったく同じ。上昇速度は遅くなったが、まだ止まらない。眼下に広がる森が、徐々に遠くなっていく。風に流され、気付けば蔓の密集地帯からも外れていた。


「そうだ。いちか、ばちか」


 ペケは杖を振り上げると、最大まで溜めたペケプレスを撃ち出した。狙うは、蔓の先のカボチャのひとつ。カボチャに衝撃波が叩き込まれ、実の付け根に裂け目が入る。そして四発目のペケプレスで、ようやくひとつのカボチャが蔓から切り離された。

 カボチャはくるくる回りながら、雲の向こうへ消えていく。蔓の先のカボチャは、残り四つ。上昇は、ようやく収まった。


「……あとひとつ、行けるかな。急に落ちたり、しないかな」

「お願い、やっちゃって」


 続けてもうひとつカボチャをもぎ取って、ようやく二人と浮きカボチャは下降を始めた。


 どれほどの時間、風に揺られただろうか。二人が掴まる蔓は、ついに地上に辿り着いた。三つのカボチャが実った蔓を、すぐに近くの木に結ぶ。緊張の糸が切れ、ペケは地面に身を投げ出した。森の大地の冷たさが、倒れた体に染みわたる。


「寿命、何年か縮んだかも」


 一歩間違えば、あっさりと命を落とすところだった。今になって、ペケの体は震えていた。


「ありがとね。助かったよ、ペケ」


 ニコはダブルドールを解除すると、その場に座り込む。


「まあ、こうして助かったんだし結果オーライ! これも魔女界グリムスの醍醐味ってことで、ね?」


 強がってはいるが、ニコも怖かったのだろう。その声は少し無理をしているように聞こえた。


「そういうことにしとくよ、一応」


 ペケはだるそうに体を起こすと、ニコと目を合わせた。蔓にしがみつき続けたせいで、しばらく腕は使い物になりそうにない。だが今は、無事に地上に戻れたことを喜ぶべきだろう。


 二人は笑みを交わすと、ゆっくりと立ち上がった。

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