エピローグ ここゲーム世界ですし
ミッション25 ここゲーム世界ですし
IFR事件は終わりを迎えた。
事件の主犯である瀬良は、目覚めた瞬間に逮捕。
前代未聞の事件を起こした瀬良をどのような罪で裁くのか、検察と裁判所は悩んでいるらしい。
サダイジン——宇喜多には共犯の疑いがあった。
ところが彼女は、事件の詳細を把握していなかったこと、また未成年という理由で、逮捕されるまでには至っていない。
唯一の心配は、厳しい世論ぐらいだ。
世界中を騒がせ、VR市場の将来性をも左右したIFR事件。
しかしプレイヤー救出作戦の成功は明るいニュースとして人々を喜ばせた。
ゲームの楽しさはゲームの負の部分に勝るという事実は、重要である。
そんな大事件も、解決から3ヶ月もすれば、話題にも上らない。
おかげでファルたちは、ようやく平穏な日々を取り戻すことができたのだ。
*
雑居ビルが立ち並ぶ街、人と車が行き交う大通りを、ファルとヤサカは歩いている。
目的地はない。
2人はただ、新しい世界を旅しているだけだ。
しかし、ファルとヤサカは動きを止める。
2人の視線は、大通りの真ん中で立ち往生する1匹のネコに向けられていた。
車を止める信号は、今にも青になろうとしている。
「あんなところで日向ぼっこなんて、危ないよ」
「嫌な予感がする」
思わず呟くファルとヤサカ。
それでもネコは動こうとしない。
信号はついに青へと変わり、運転手たちはアクセルを踏む。
数多の車の先頭にいるのは、よりにもよって8トントラック。
あれに轢かれてしまえば、小さな体のネコは即死してしまうだろう。
困ったことに、運転手がネコに気づいている様子もない。
「ああ……ああ!!」
ファルはほとんどヤケクソであった。
間に合うか間に合わないか、ではなく、ネコを助けたいという衝動だけに体を動かされ、ファルはネコを救うため車道に飛び出す。
車道を横切ろうとするファルに、こちらへ向かってくる車たちのクラクションが鳴り響く。
ファルは気にしない。
彼はネコを抱え、なんとか車道を抜けようと必死であった。
だが無情にも、ファルの走る速度はトラックの速度には勝てず、トラックのブレーキもトラックの速度を緩めることはできない。
「ダメだ……間に合わない!」
ネコを救うために無茶をしたのだ。
ところが、ファルはネコを抱えたまま、トラックに轢かれようとしている。
間違いなく、ファルとネコは仲良く死んでしまう。
思わず目を瞑るファル。
その時である。
ファルは気づかなかったが、ヤサカも大通りに飛び出していた。
大通りに飛び出したヤサカはファルとネコの両方を助け、ギリギリでトラックを回避。
トラックは回避したのだから、問題は終わったはず。
にもかかわらず、2人のすぐ側を〝何か〟が飛び抜けた。
〝何か〟はトラックの助手席付近にぶつかる。
するとトラックは大爆発、フロント部分を失ったトラックは左に逸れ、炎を纏いながら2人の脇をかすめていった。
爆発を起こしたトラックは横転し、雑居ビルに突っ込む。
きっとトラックの運転手は死んだことだろう。
だが
「あいつ……」
嫌な予感が的中したファルは、ネコを抱えたまま無意識にため息をつく。
何が起きたのか、ファルは理解したくない。
そんな彼の目の前に、陰陽師姿でSMARL《スマール》を構えたティニーが立っていた。
「除霊、完了」
「おいティニー、無造作にロケランぶっ放すな! 少しはNPC支持率を考えろ!」
「でも、トウヤの命救った」
「お前に救われる前に、とっくにヤサカに救われてたから!」
「トウヤの背後霊、救った」
「……それは感謝すれば良いのか? 嘘を言うなと怒れば良いのか?」
「大丈夫。背後霊、感謝してる」
「滅茶苦茶だ。何が平穏な日々だ」
ティニーの平穏と自分にとっての平穏のあまりの差に、頭を抱えたファル。
救いだったのは、彼の胸元でまるまっているネコが元気だったことだ。
「にゃにゃ! 護衛艦『あかぎ』の爆発を生き延びた英雄ミードン、この程度では死なないのだ!」
「あ……このネコ……ミードンだったのか……」
「ミードン、あんな場所で日向ぼっこはダメだよ。危ないからね」
「ご、ごめんなさい……にゃ……」
素直に謝るミードンの頭を、ヤサカは優しく撫でる。
叱られて落ち込んでいたミードンは、一瞬で笑顔に戻った。
少しして、1台の高級スポーツカーがファルたちのもとにやってくる。
まるで獣の唸り声のようなエンジン音、未来からタイムスリップしてきたような流線型の車体。
スポーツカーの運転手は、無邪気な笑みを浮かべる、さっぱりとした髪型の少女。
彼女はハンドルと体の間に大きな胸をなんとか収めながら、ファルに話しける。
「ファルさんよ、派手にやりましたね! 一般人はみんな、一目散に逃げていますよ!」
「派手にやったのは俺じゃない、ティニーだ。それよりラムダ、ついに念願のヴェノム購入か」
「そうなんです! チート無し、貧乏生活、クエストでコツコツ貯めたお金で買ったヴェノムは、一味違います! いつもよりエンジン音が激しく感じられます! 最高です! 次は色違いを買うので、貧乏生活はまだまだ続きます!」
「お、おう。まあ頑張れ」
苦笑いを浮かべたファルだが、彼の視線はラムダの胸に固定されていた。
それに気づいたヤサカがファルを睨みつけ、ファルはしおらしく視線を別の場所に移す。
先ほどラムダは、チートやクエストという単語を当たり前のように言い放った。
そう、ここはゲーム世界。
ファルたちは今、『イミグランツ・フロム・リアリティ』の世界にいるのだ。
事件後、イミリアのサービスは完全に終了したものの、ゲームデータは保存された。
このゲームデータを利用したのが、ラムダの父である鈴鹿有馬だ。
彼はパナベル社のゲーム開発部にて、特別にイミリアを再起動させる。
先進的な技術と高い完成度を持つイミリアは、今後のVR市場の発展になくてはならない存在。
開発者向けの参考材料としてイミリアを利用しようと、有馬と田口は努力し、イミリアの再起動にこぎつけた。
ところが、イミリアが解放されているのは開発者だけではない。
リハビル、という名目でIFR事件被害者にも、イミリアは解放されている。
だからこそ、ファルたちは再びイミリアにやってきて、再びこの世界を楽しんでいるのだ。
チートこそないが、いつでもログアウトでき、すべての機能が解放された状態のイミリアは、ファルたちにとって新鮮な世界である。
さて、ヤサカに睨まれ移したファルの視線の先には、1機の戦闘機が大空を飛んでいた。
フクロウのエンブレムを付けた、F150Eだ。
同時に、ファルが持つ無線機に間延びした声が届けられる。
《やっと見つけたよォ》
「あ、クーノ。戦闘機に乗ってるってことは、何かあったの?」
《実はァ、ヤサちゃんたちにィ、お知らせしたいことがあるんだァ》
「お知らせしたいこと?」
《そうだよォ。とりあえずゥ、クエストサーチを見てみてェ》
ファルたちはクーノの言葉通り、スマホを取り出しクエストサーチを表示。
紹介されている各クエストの中で、勇者の格好をしたサダイジンが一際目立つ動画を再生した。
《だぞ! クエストの時間だぞ! 今度のクエストは……宇宙人の侵略から世界を守ることだぞ! なんと、宇宙船もアンロックされちゃうんだぞ! ぜひクエストに参加するんだぞ!》
とてつもないクエストがはじまってしまったようだ。
宇宙船という単語にラムダは大喜び。
イミリア、ついにSFゲーム化である。
新クエストの内容をファルたちが知った直後、彼らの前に1台のワゴン車が到着した。
「Hi, クエストの話はもう聞いた?」
「僕とホーネットさんはクエストに参加する。レイヴンさんやあああいさん、スグローさんも参加する」
「あんたたちは? もしクエスト参加したいなら、私の車に乗って」
ワゴン車から顔を出したホーネットとレオパルトは、ファルたちの答えを待っている。
対するファルたちの返答は?
決まりきった話だ。
「やります! 宇宙人との戦いなんて楽しそうなこと、やるに決まってます! ついに手に入れたこのヴェノムで、宇宙人とレースしてやります!」
「宇宙人の背後霊、会ってみたい」
「私たちも参加するよ。ね、ファルくん」
「ああ。せっかくのクエスト、楽しまなきゃ損だろ。ここゲーム世界だからな」
現実ではないからこそ、楽しめることがある。
ゲーム世界だからこそ、手に入れられるものがある。
現実だろうとゲームだろうと、変わらないものがある。
ファルたちはすぐさまホーネットのワゴン車に乗り込み、ラムダはヴェノムを急発進。
プレイヤーたちは今日も、万全のゲーム感覚でクエストに向かうのであった。
ここゲーム世界ですし、死んでログアウトするのが目的ですし ぷっつぷ @T-shirasaka
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