第2話 出会う

 駅を出て、しばらく深呼吸をした。都会の空気とは違う。空すらも高く感じた。辺りを見回すも人っ子一人いないようだ。駅の前には自動販売機が一台と同じメーカーのベンチが一つ。手持ちの温くなったお茶を飲み干し、鉄の網に袋が被せられた屑入れに投げ入れた。新しく飲み物を買おう。暫くラインナップを見ていたがさほど良いものもなく、結局いつものお茶を買った。それからベンチに腰掛けた。何もせずただぼーっと座る。何も考えずただ風を感じ、さあさあという草の音を聞き、かあかあとカラスは山へと帰っていく。この土地に溶けていく感覚がする。

「ふう。」

 と一息つき、徐に視線を上げればかんかんと音を立てて外灯が明かりを灯した。まだ太陽は山に沈みきっておらず自分の影が何倍にも膨れているというのになんともせっかちな外灯だ。ついでに自動販売機の電気までちっかちかと点いた。なんだかここで立ち止まるな、早く行けと急かされているような感覚に陥った。しかし私の足はそれを拒んでいる。少しの間深く呼吸をしていたら、また邪魔が入った。それは夕暮れを告げる放送だった。駅の横に設置されたスピーカーから繰り返し使用されてすり減ったテープを流しているのだろう、プツプツとノイズを混じらせながら山奥へ届かせるよう鼓膜がビリビリと震えるほどの音量で放送は続いた。

 放送が終わる頃には、カラスも風も無くなっていた。残ったのは光に誘われた細かな虫達だけ。

「ふーー。」

 今度は長く息をついた。そろそろ歩き始めようか。そう思い立ち上がろうとして膝に手を置き顔を上げた瞬間、先程まで見覚えのない少女に気が付いた。少女はずいっとこちらに顔を近付けて来た。まるでキスでもしてくるかのように。見ず知らずの少女にキスされて喜ぶような変態では無いつもりなので、慌ててふいと顔を逸した。ついでに両手も顔の前に出して拒絶のポーズを作った。何の感触も無かった手は早々にどけてみた。すると電車にいた少年のような〈う〉の口をしてさも不機嫌そうに私の横のベンチの余った部分に座った。ついさっきまで不機嫌だったのに、座った途端もう機嫌が良くなったようで足をリズミカルにばたばたとさせていた。

 この子はこの辺りの子なのだろうか。夕日に晒され赤茶けたボブヘアーに真っ白な膝丈のワンピース、そしてそこから放り出している四肢はどこからが生地なのかわからぬほどに透明で白い。そしてなんといってもこのくりくりの黒目が特徴的で、こちらを見られると全てを見透かされている気分になる。一体この子はどうしてここにいるのだろう。電車で来る誰かの迎えか、それとも外で遊んでいただけか。私にはわからなかったが一応紳士を気取ってみた。

「お嬢さん、そろそろ日も暮れますから、暗くなる前に帰ったほうが良いと思いますよ。ご両親も心配なさるだろう。」

 私が話し始めるとこちらをじ、と見つめていたが全て言い終えても特に反応はなかった。言った内容が理解できないような、そんな訝しげな表情で只々首を傾げるだけだった。

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砂糖の無い生活 香炉木 @tottotto

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