エピローグ
エピローグ
次の日、風太はいつものように巣豪杉家に行った。普通に来いといわれていたからだ。しかもなぜかつららまでいっしょに呼ばれていた。
親父と最初に顔見せをした例の和室で、つららと並んで座って待っている。
正直不安だった。まあ、魔子を取りもどすのにかなり協力したというか役だったはずだが、そもそもの発端は風太が魔子を連れ出したことにある。
まあ、殺す気だったらきのうのうちにやってるだろうし、それはだいじょうぶとして……。問題は家庭教師がクビになるのかどうかだ。
だがそれだって、きのうのうちにクビを申しつければすむことだし、真意がわからない。そもそもなぜつららもいるのかってことだ。やはり、魔子を連れ出した責任をなんらかの形でふたりに取らせる気か?
「おい、べつに正座してなくてもいいみたいだぞ」
風太はつららにいう。この前、正座してたら逆に親父にたしなめられたからだ。
「ま、女はあぐらをかくわけにもいかんか」
「男とか女とか関係ない。武道家は正座に決まっている」
そうですか。
「だいたいなにを緊張してるんだ、おまえは? 魔子を連れ出したことなら、外に出してあげたかったと正直にいえばいいだろ? そんなに話のわからない親じゃなさそうだし」
おまえにはそう思えるのか? 親父のあれを見ただろ? 母親とは殺し合ったじゃないか?
なんでこいつはこんなに男前なのに、女なんだろう。
「待たせたのお」
親父、奥さま、魔子の三人が入ってきた。
風太、つららに向かい合うように、中央に親父がどすんと腰を下ろした。つづいて右に奥さま、左に魔子が座る。
「ちょっと、君らのことでどうするか、三人で話し合っておったんじゃ」
「え? で、どうなんです。俺、クビ?」
だ、だいじょうぶだ。きっと。奥さまはにこにこしてるし。魔子だって悲しそうな顔はしてない。
「わしが溺愛する魔子を勝手に連れ出し、あげくに悪党にさらわれるとは言語道断。よってクビではすまず、わしが処刑する」
「え?」
ごおおおおおおっ。
巨大な拳が目の前に音を立てて迫った。動くことすらできない。
死んだ。
そう思った瞬間、拳は顔の前でとまる。ただし、拳圧だけで後ろにすっころんだ。
「わははははは。冗談じゃ。そんなことしたら、魔子に殺されてしまうけんのぉおおおおおお」
「もう、お父様ったら」
「悪ふざけが過ぎますよ、あなた」
両サイドからたしなめられ、親父、しゅんとなる。
もっともつららはなにごともなかったかのように、座り続けていた。
「今の拳には殺気がなかった」
こんなことをさらっという。
「うわっ、つまんない、この女」
たった今、親父をたしなめていた魔子が頬をふくらませる。
なんで魔子はつららを敵対視するんだろう?
「ただしひと言いっておくぞ。わしが魔子を外に出したがらないのは、皮膚の病気のこともあるが、きのうのようなやつらがわしの家族をいつ襲うかわからんからだ。かといって、魔子はわしや太刀といっしょでしか外に出られないのをいやがってのお」
そうだったのか。まあ、いろいろ敵が多そうな一家だとは思っていたが、想像以上らしい。
「魔子を堂々と外に連れ出したかったら、強くなれ。まあ、わしや太刀ほどでなくても、せめてそっちの娘くらいにはな」
そういって、つららを指さす。それってけっこうハードル高くねえか? ツキノワグマより強えんだぞ。
「というわけで、あしたからは夕方の家庭教師にくわえて、朝、六時にここに来なさい。武道の特訓をする」
「え? じゃあ、クビじゃない?」
「もちろんじゃ。ふははははは。ただしわしが直に稽古つけるがのおおおおおお!」
クビじゃないのは助かったが、毎朝、六時からこの親父と稽古? マジっすか? ほんとは合法的に俺を殺す気じゃないのか、この親父?
「ふはははは。あしたから楽しみじゃのぉおおおおおおおお!」
「で、あたしはなんで呼ばれたの?」
つららが不機嫌そうにいう。
「というわけで、風太君がものになるまで、週一回ほど、魔子を外に連れ出してやってくれ。そのさいは、風太君こみでな」
「え? なにを勝手に……」
「もちろん、バイト料ははずむけんのぉおおおおお!」
「え? いくら?」
「一回十万」
「やる」
なんかやばいバイトと勘違いしそうな会話で取引成立。
「ただし、ひとつ条件があるけど」
「なんじゃ」
「ときどきでいいから、スパーリングしたい」
「なに、わしとか?」
親父の目が輝いた。
つらら、おまえ、頭だいじょうぶか?
「いや、さすがに無理。そっちの奥さまと」
「あらあ、いつだってかまわないわよ」
いかにも楽しそうにころころと笑った。
「よしっ、ではこれで一件落着じゃなっ」
といわれたが、風太にはどうしても気になることがあった。だから、聞いてみる。
「ところで、きのうのやつらはいったい何者……」
「ああ、やつらか? 知らん」
「え?」
「そうなのよ。うちって敵が多いから。心当たり多すぎて特定できないの」
奥さま、ふたたびころころと笑う。
「わははははは。細かいことは気にするなっ!」
いいのかよ、それでっ!
「お茶をお持ちしました」
例のメイドさんが、お盆に人数分のお茶を持って、入ってきた。
「来たか。さあ、話もすんだところでお茶会といこうではないか」
親父はわはははと笑いながらお茶を勧める。
「ちょっと待ってください」
なにかが引っかかった。いや、むしろずっと心の奥に引っかかっていたトゲのようなものの正体がわかった気がした。
「魔子が誘拐されたのは、俺が魔子を外に連れ出す計画がばれていたから。あいつらは俺に盗聴器を仕掛けたからわかったといっていたけど、よく考えてみたら変だ」
「なぜじゃあ?」
親父が心底訳がわからんといった顔で聞く。
「だって盗聴器って、電波がそんなに飛ばないから、これだけ広い屋敷だと、外からじゃあろくに受信できないはず。しかも塀の周りには監視カメラくらいあるだろうし、屋敷のそばで張り込むわけにもいかない」
「たしかにあるわね、監視カメラ。屋敷に近づいたり、忍び込もうとしたやつがいれば一目瞭然よ」
奥様がうなずいた。
「となると、盗聴器を仕掛けた人間は、屋敷内にいたんじゃ?」
「それこそ無理よ。誰も屋敷内に忍び込むことなんてきないわ」
「だから、いてもおかしくない人間が盗聴していたとしか思えない。それに俺にこっそり盗聴器を仕掛けられる人間って」
たった今まで誰も思いつかなかった。
さすがにクラスメイトの誰かがスパイというのは考えられない。
かといって、町で誰かにそんなものを仕込まれるほど間抜けじゃない。というか、見知らぬ誰かに接触した記憶がない。電車通学ならともかく、俺は自転車通学だ。
なによりきのう帰ってから、身の回りのものをぜんぶ調べたが、盗聴器らしきものはなかった。
じゃあ、この屋敷内で盗聴器をつけられたとしたら。そして用が済んだ時点でこっそり回収されてたとしたら……。
屋敷内で俺の体に触ったのは、それも日をおいて複数回触ったのは誰かというと……。
風太はひとりしか思いつかなかった。
「まさかあなたが俺に盗聴器を仕掛けて、やつらに情報を流したんじゃ?」
風太が指さしたのはメイドさんだった。
「な、なにをいうんですか、風太先生」
「まさかと思うけど、このお茶になんか薬でも……」
その瞬間、メイドさんは飛び退いた。
え、ほんとにほんとかよ?
自分でいっておきながら、驚いた。
「これで終わったと思うなよ。ジュベールたちもみんな生きている。この借りは必ず返すからな」
今までのにこやかな顔をかなぐり捨てて、メイドさんは悪鬼さながらの表情で部屋を飛び出した。
「お、追わないんですか?」
みょうにまったりとしている旦那と奥様を見て、風太はいった。
「わはははは。去る者は追わずじゃあ」
え、そういう問題?
「いいの、いいの。たいした問題じゃないから。またくれば迎え撃てばいいだけだし」
「敵を殲滅するのも楽しいが、実際いなくなったらつまらんだろ?」
なるほど、敵を全滅させれば、もう戦う相手がいなくて寂しいと……。
知るか、そんな理屈。とっつかまえて、相手の情報を聞き出すべきだろ。じゃないと安心できない。
そう思っているのは風太だけらしい。
つららまで、いったいおまえはなにが不満なんだ? って顔をしている。
「これにて一件落着、わははははは」
奥様や魔子、つららも笑った。
「ん、やっぱり君は名探偵だったわね」
奥様が満足そうにうなずいた。まるであたしの目に狂いはなかったでしょといいたげだ。
「わははは、そうかそうか、君は腕っ節は頼りにならんから、これからもそういう方面で活躍してくれ」
「期待してるわよ、風太センセ」
魔子がなぜか自分が褒められたかのように、ドヤ顔をしている。
「じゃ、そういうことで、お勉強はじめましょ」
魔子がこっちに着て風太の袖を引っぱる。
「あ、それからそっちのボディガードの人もよろしく。ちゃ~んと、あたしのことを守ってよ」
どうも、魔子はつららにライバル意識みたいなものを持っている。しかも対象は俺だ。
勘違いしてるようだが、俺とつららは恋人同士じゃないぞ。
「はっはっは。任せておけ。金のためだ」
「ふん」
両者の間に見えない火花が散った。
なんだかなぁあ?
「ふはははは。なんか酒でも飲もうか、奥さんよ。なんせ気分がいいけんのぉおおおお!」
関羽親父が豪快に笑った。
*
あとで聞いた話だが、あのお茶には像をも即死させる猛毒が仕込んであったそうだ。
こええ!
了
風太センセっ よろしくねっ! 南野海 @minaminoumi
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