君が少し好きだから

スミンズ

君が少し好きだから

あの子は小学校の頃から一緒の学校だ。まさか高校まで一緒になるとは思いもしなかった。彼女は年を重ねるにつれ美しくなっていく。髪の毛はいつも黒く長い。顔はとても血行の良さそうで暖かな色味。もちろん僕に張り合うわけのない、そんな女の子。


 けれど、ここまで付き合いの長いと、ちょっと話をしたりする。通学のバスで、テストの出来を話したり、ヒヤリハットを暴露しあったり。だが決して、学校内での友人関係の話や色物の話はしない。何故しないのかというと、彼女と僕はそういう関係だからとしか言いようがない。


 学校のなかでは彼女と会う機会がほとんどない。別々の教室だからでもあるが僕らはある意味似た者同士なのだ。昼休み、彼女も僕も、外で遊ぶよりも教室で好きな本を読んで過ごすことが多い。だからかかわり合いがないのかもしれない。


 だがある日、昼休みに教室のワックス塗りが施行された。僕はしょうがなく図書室にいった。僕の学校の図書室はあんまり好きでない。なぜならペチャクチャ喋る軍団がいるからだ。だから僕はその軍団からできるだけ離れた場所にある席に座って、自前の小説を開いた。


 ペラペラとその本を捲って、しおりの前のページを復習する。それが僕の癖だ。大した展開は付近のページではされておらず、まだ盛り上がりに欠けていたことを思い出す。


 笑い声が聞こえる。本を読むべき所の図書館で笑い声が聞こえるのは不思議ではない。笑えるほど面白いギャグセンスのある作家だっているからだ。だがその笑い声が誰かの噂を馬鹿にするようなものだったので腹が立った。


 だが、その腹の虫も音を萎めていき、僕は小説の世界へと夢中になっていく。小説はしばらく平坦なストーリーが続いたが、本の後半に差し掛かっていくと一気に盛り上がりを見せた。そしてとても美しいラストを迎えた。


 僕は深い余韻に浸りながら、本を閉じた。それでも昼休みはあと10分も残っていた。しょうがなく僕は図書館本棚へ巡回しにいった。


 以外に面白そうな本はあった。中学校の、小学校の貧相な図書室のイメージから、高校の図書館をほぼ使用してなかったが、そのイメージを覆すほど沢山の本が並んでいた。


 その中から僕は一冊の本を見つけた。


 「君が少し好きだから」


 何故そのタイトルに惹かれたのか、それは自分でも分からなかった。ただ、僕の感情的に、そんな恋に憧れていたというか、そんな恋もあるということを知っていたようなそんな気になった。


 僕はその本を手に取る。図書室には貸し出しカードと言うものがある。今ではすっかり本にバーコードをつけてコンピューターで管理する方式が主流になっているが、まだコンピューターに馴れてない先生など沢山いるのだ。この学校では一時期バーコード方式にしたらしいがコンピューターの使えない先生が図書室の担当になったからか貸し出しカードに記入する方式に戻っていた。


 僕はその貸し出しカードを本から取り出す。初めに借りられたのは10年前、平成16年。それからカードは1年に3回ほど借りられて平成22年から25年は記入されていない。恐らくそこはコンピューターの管理になっていたのだろう。


 それから26年、まだ夏だがまだ1人しか借りた人がいないことが書いてあった。そしてそこに書いてあった名前は、近所の彼女であった。


 不意に僕は頬が熱くなるように感じた。それから丁寧に僕はその本に貸し出しカードを戻す。そして少し本をなでてみた。


 そして僕は貸し出し口に向かう。するとそこにはちょっとした列が出来ていた。教室を追い出されてしまった僕に似た生徒たちが集ったのだろうか、少し可笑しくて面白く感じた。


 そこには例の彼女も最後尾に並んでいた。僕はしまった、と思って自分が持ってる本を背中に隠した。


 するとそのあと彼女が僕に振り向いてきた。


 「こんにちは」


 僕も少し戸惑いながら「こんにちは」と返す。すると彼女は不思議そうに僕が後ろに手をまわしているのを注視する。


 「後ろに隠しているのは、何?」そう言うと彼女は微笑んできた。


 「………ううん、いやあ……」そういうと僕は素直にあの本を彼女の前に見せた。すると彼女は少し驚いたような顔をしたが、すぐにまた微笑んできた。


 「君が少し好きだから………」


 すると図書委員の人が「次の人、どうぞ」といった。彼女は借りる本を図書委員に見せる。それはいつか僕が好きだと公言した有名な博士の宇宙の本だった。僕は彼女が宇宙好きだとは聞いていない。だがそんな本を借りるんだ。宇宙に興味を持ってくれたのだろうか?


 借りた本を持って彼女は貸し出し口からよけた。ぼっとしていたぼくは図書委員に「次の人、どうぞ」といわれてハッとした。


 彼女の名前の下に僕の名前を書く。そんなことに何故僕のからだが熱くなるのかは分からなかった。もう10年間も、同じ学校を過ごした彼女に何故今ごろを羞恥心を持つようになったのか?それは少しずつの変化なのか、少しずつの積み重ねなのか………?


 図書室を出ると彼女はそこに立っていた。僕はちょっと驚いて「どうしたの?」と尋ねた。すると彼女は何を思ってか笑う。


 「図書室って、面白いよね」彼女はそう言った。


 「うん、始めてきたけど面白いよね」そういって思わず笑って見せた。


 「この本読んだらさ、感想を言うね。この博士、本当に面白いのかも含めて」


 僕は少し黙る。その後、ちょっと一息おいて話始めた。


 「うん、僕も。君が読んだ本が面白いのか、確かめてみるよ」


 すると突然、彼女は僕の手を握ってきた。それは本当に突然のことだった。彼女は少し顔を赤らめたように、僕を見てきた。


 「さっき、わたし見たんだから。わたしの名前を見ながらこの本をべたべたしていたの」


 「ご、ごめん………」


 君が少し好きだから………。君の手の暖かさを僕は忘れることはないだろう。少しずつの積み重ねで、僕がいま君を少し好きならば、君も僕を好きなのだろうか?


 そして未来、もっと君を好きになれるのだろうか?


 いや、もう僕は十分に君を好きなのかもしれない。


 家に帰り、その小説を読み終わった僕は、少しでは収まらない沢山の感想を抱えて、次の日に、いつもよりも晴れ晴れと学校に向かっていった。

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君が少し好きだから スミンズ @sakou

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