4-17 楽園

「グランクロワ博士」

 天体望遠鏡の中の星が話しかけてきた時、私は自分の耳を疑った。

「空耳ではありませんよ。空よりも高いところからですので」

「……」

「案外早く見つけられてしまいましたね。せいぜいあと二年ぐらい先のことだと思っていたのですが」

「……」

「皆さんの注意が宇宙へ向かないように、そちらの言葉で言うところの〝魔物〟を定期的に送り込んでいたのに、物好きな研究者がいたものです」

 彼女の――女性の声だった――言う通りなら、魔物発生エンカウントとは、宇宙空間越しの離し撃ちディスタント召喚。

 あり得ない。

 が、あり得ないなら、この声はなんだ?

「私の声は、そちらに聞こえるのか」

「はい」

「君は、誰だ? 彗星そのものなのか?」

「いえ、その彗星の内部にいる存在です。正しくは彗星ではなく、土球ガイアなのですが」

土球ガイア、だと……?」

「あなたが計算した通り、この土球ガイアはあと三十年でそちらに到達し、現在お住まいの皆さんには死滅していただきます。そして、大地に眠る豊富なマナを頂戴します」

「……押し込み強盗かね」

「そういうことになりますね。しかし、我々にも、母星が天変地異で住めなくなったという事情がありまして」

「だが、見つけたからには、対策をさせてもらうぞ」

「不可能です」

「……」

「その計算もお済みでしょう? 世界中の才能ある魔導士が一丸となっても、この土球ガイアは押し返せない」

「少なくとも、今は、そうだ。しかし、全員が飛躍的に成長すれば……」

「言っていて虚しくありませんか? 〝全員〟が〝飛躍的〟になどと」

「……」

「〝飛躍的〟な成長曲線が描けたとしても、九分九厘間に合わない。あなたにはわかっているはずです」

「それでも、やるしかない」

「そんな儚い希望にすがるより、夢をご覧になりませんか?」

「夢?」

「こちらの技術者を十名ほど派遣しましょう。彼らはマナの取り出し方も心得ていますから、土地の造成さえ可能です」

「……」

「彼らを使って、楽園をお造りください。ちょうど戦争の危機のようですし、絶好の機会ではありませんか?」


 そして私は、七大魔山セブンサミッツを造った。

 すべての山にプルーフと名づけた特殊な通信石を忍ばせ、獲得者は〝希望の芽〟と見なし、技術者を使って排除した。

 七大魔山セブンサミッツの造成によって戦争の危機は回避されたが、思いのほか大勢の冒険者が殺到したため、十人の技術者たちが取り出す地中のマナだけでは維持が困難になってきた。

 そこで、の魔力資源を上乗せするために、渚旅団を組織した。

「渚」とは、空でも大地でもない、という意味だ。空の彼方から刻々と迫る超巨大土球ガイアからも、彼らが狙う地中のマナの存在からも、私は目を逸らしたかった。いや、逸らしていなければならなかった――我々が最後の三十年を謳歌するために。


 どうやら技術者たちも押し込み強盗という意識はあるようで、特に九番は我々に対して同情的らしい。

 だが、率直に言って、ありがた迷惑だ。私は夢を見る道を選んだのだから。あたたかい毛布にくるまれたまま、幸せに滅びようと決めたのだから。


 ――ベリタス天文台特任研究員 グスタフ・グランクロワの日記より

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