4-9 音速

「あなた結婚してる? 恋人はいる?」

 ロンシンの谷へと続く道――切りたった崖に挟まれた岩場で、二人の男が待ち伏せていた。

 その片方、タカゲタのツンツン頭を、先生はいきなり口説き始めた。

「モロに好みだもんね」と、フィンが言った。

「よだれが出るわ!」と言って、先生は息を荒げた。

 婚期を逃した――と以前言っていたけれど、この人はどうやら結婚を諦めてはいないらしい。ただ、そういう直情的な愛情表現では絶対にうまくいかないと思う。

「おい、シン。お前おまん、えらい気に入られゆうぞ」

「いやー、俺、年増はちょっと」

「見た目は若いでしょう?」と、先生は必死な声で言った。

「見た目が若いのと本当に若いのは違ぇから」と、シンは無碍もなく言った。

「シン、女子おなごを傷つけるがは正しゅうない」と、リョーマ。「先生とやら、わしなんかはどうじゃ? わしゃあ歳のことは気にせんきに」

「あなたもステキだと思うけど、なんだか雰囲気が立派すぎて気後れしそうだわ!」と、先生は相手を褒めながら拒んだ。

「あたしのこと好きな奴はいねーのか」と、ドラ子が不服そうに言った。

「エバンスにーちゃん、がさみしそうにしてるよ」と、フィンクソガキが俺に言った。

「……」

 なんだこの状況。

「にしても、久々やのう。元気にしちょったかえ?」というリョーマの言葉は、俺に向けられていた。

「え、リョーマさん。あいつ、誰です?」

「忘れたがか。ほれ、スノーホルムでした時の……」

「……ああ、思い出した! お前、あん時のあいつか!」

「覚えててくれたんですね」と、俺はリョーマに言った。

「なにかあったら連絡をくれと言うたろう。わしは一度会った人間の顔は忘れん」

「えらいなー、モジャモジャさん」と、フィン。「オレ、人の顔覚えるの苦手なんだよね。かわいい女の子以外」

「エバンス君!」と、先生は俺の肩を叩いて、「知り合いなら彼に私のいいところを伝えてちょうだい」と言った。

「……」先生、ノートンの親方はもういいんですか。

「つか、戦わないんですか? こいつら侵入者でしょ」と、シン。

 それな。

 その点は俺もそろそろ気になり始めていた。

「わしらの任務は誰も通さんことやき、このままお帰りいただけりゃそれでええがじゃ」

「まぁ、通ろうとしてるわけだが」と、ドラ子。

「そったら、やるしかないのう」

「お仲間は呼ばないでいーの?」と、フィン。「二人しかいないってことはないでしょ」

「ガキが知った風なクチききやがって。お前らなんざ俺ら二人だけで十分だよ。ね、リョーマさん」

「ああ」

 ……やけに余裕だな。実力者なら、ドラ子やフィンの力量は感じ取っているはずなのに……

「全員、油断すんな」と、ドラ子。「こいつら、対人戦は相当強ぇぞ」

「!」

 ドラ子、そんなこと言って大丈夫か……?

 リューマの目がきらりと光った。「どういてそがなことがわかる?」

一文字シングルは人手不足なんだろ。みんな魔物の相手で忙しい。こういう警備には対人戦の得意な奴が回されてくるに決まってる」

 ……なるほど。

「それにお前ら、連携コンビネーションに自信アリってとこだろ」

「ほう。あんた、ええ目をしとるのう」

「サカトミ・リョーマの伝記はあたしも読んだからな」

 二人の体に稲妻が走った、ように見えた。

「似合ってるぜ、そのコスプレ。ファン同士、仲良くろうや」

「へっ、趣味の合う奴とはりたくねぇんだけどなぁ!」と、シンが嬉しそうに伸脚運動を始めた。

 ドラ子の奴、が上手くなったな。今のは俺たちへの指令――二人を引き離せって意味だ。

「降参しとうなったら、早めに言いや」と言いながら、リョーマはゆっくりと腰を沈め、刀の鞘に手をかけた。

〝居合い〟か……。なら、こっちから突っ込むのは……

「げ。マジかよ、ねーちゃん」と、フィンの声。

 見ると、ドラ子が変化トランスを解除していた。

 初手から使うのかよ?

 いや――初手だからか。

「シン! させるな!」リョーマが叫んだ。さすが、勘がいい。

「あいよ!」と、シンがタカゲタで地を蹴った。

 速い。

 けど音速ほどじゃない。

 ドラ子が、叫んだ。


 ※表記不能


 マンドラゴラの怪音波。あいつの、魔物としての力。

 俺の耳にさえ強烈に響く。

 シンの表情――意識が飛んでいる。

 リョーマは――耳をふさいだか。けど、両耳をふさぐには両手がいる。刀は握れない。

 好機。

 走りながら詠唱。

大風球ラ・ゲイル!」

 決まっ――いや、当たる直前、リョーマは体をひねって、鞘で受けた。

 それでもその体は大きく吹き飛ばされた。

 よし、奇襲成功。

「ドラ子、このまま突破しよう!」

「いや、悪ぃ! 半分失敗だ!」

 半分?

「く、けけけけ!」と、先生が奇声を発した。

 ドラ子が変化トランスを解除したら、先生とフィンは素早く詩聖アイスキュロスの耳栓を装備する取り決めになっている。ドラ子も極力、に音を飛ばしたはずだが……

「おおお……お肌のハリとツヤ!」

 先生は軽く〝混乱〟してしまったようだ。

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