4-5 記憶

 十ヵ月前――

 じいさんには、ちょいと席を外してもらった。

 鎖の端を樹の枝にかけて引っ張り上げようとすると、「やめろ」と、クソガキはその時、初めて心のこもった声を出した。

「なにをやめろって?」

「あんたが今しようとしてることを」

「諦めて変化トランス解除しろよ。そしたら吊り下げの刑は勘弁してやる」

変化トランスは解除しない」

「だったら、やめてやる理由はねぇな」

「……」

「どんな仕掛けがあんのか知らねぇが、お前は地面から魔力を吸収してんだろ? だから何日でも変化トランスかけっぱなしでいられたわけだ。魔力を伝導しないこの鎖で空中に吊るせば、お前の魔力は無限じゃなくなる」

「ああ、正解だよ。よくわかったね。すごいすごい」と、クソガキは棒読みで言った。

「んな怖そーな顔しても怖くねぇから」

「あんたの質問に答える」

「は?」

「なんにでも答えてやるから、それで見逃せ」

「取り引きになってねぇぞ。あたしはお前の記憶読めば訊きたいことは全部わかるんだからよ」

「それでも、やめろ」

「……」必死だな。

 そう言や、相手の記憶読むのって、これが初めてか。

 まぁ、嫌なもんだよな。みんな例外なく秘密を抱えてる。人生まるごと披露して平気な奴なんてどこにもいない。

「見たら殺す。絶対ぶち殺してやる」

「お前が見んなっつってんのは、組織の秘密じゃなくて、お前の個人的なことだな?」

「……」

「悪いな。どんな記憶読むか選べりゃいいんだがよ」

「死んでも、見せない」

「あたしだって見たくねぇよ、お前のトラウマなんか」

 虐待とか育児放棄ネグレクト――ってとこだろうな。

 正直、珍しくもなんともない。された奴もした奴も、あたしは何人も見てる。他人からは神様みたいに思われてんのに家じゃ鬼畜って奴もいる。

「こちとらもう見飽きてんだ。お前が思ってるほどあたしの印象には残んねぇ」

「あんたがどう思うかは関係ない」

「……ったく」

 こいつの言い分なんか聞かないで、さっさと吊るしちまえば済むってのに……根っこのとこが甘いんだな、あたしは。

 こういうことはエバンスのほうがうまくやれる気がする。

「追っ手が来たら今度はあたしの身が危うくなる。観念しろ。吊るすぜ」

 あたしが鎖に力を入れると、クソガキは「味方になってほしいんじゃなかったのかよ!」と叫んだ。「拷問しないで優しくしときゃ懐柔できると思ってたのか? ふざけんな! 見られるってこと自体が拷問なんだよ! 見た奴なんかとツルめるわけねぇだろ!」

「……」

「一つ先に教えてやる。あんたは、俺たちの中の裏切り者が創った召喚獣だ」

「……」やっぱ、そういうことか。「ああ、そんなことだろうと思ってたよ」

「その裏切り者の考え方を、オレたち全員、。だから、味方になり得るっていうあんたの読みは間違ってなかった。けど、見るもん見といて味方につけようなんて調子がよすぎる」

「……」

「くそ、やるならやれよ。どんな手使ってでも殺してやるから。絶対後悔させてやる……いや、やっぱり、やめろ。見るな。オレを見んじゃねぇ!」

 あたしは、鎖から手を放した。

「クソガキ、テメェの言う通りだ」

「……」

「記憶は読まない。その代わり、組織を裏切って、あたしについてくれ」

「はい了解――って、なると思う?」

「了解すんのが、お互いにとって一番いいはずだ」

「味方になったフリをしてあんたを殺すってのが、オレにとっては一番いいかもよ」

「だったら、あたしは終わりだな」

「……なんで、今さら。あんたにとってのはオレの記憶を読むことだろ」

「読まれる相手の気持ちを無視して、調子のいいこと考えてた。その落とし前は自分でつける」

「……バカなんじゃねぇの?」

「あたしの親父もバカなんだろ? あ、お袋か?」

「……親父で合ってるよ。ああ、すげーバカだった」それから、クソガキはニヤリと笑った。「……あーあ、オレもバカの仲間入りだな」

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