4-3 再会

 時計塔の下のカフェ。俺はクララ先生と二人、少し緊張しながら、ドラ子が現れるのを待っていた。

 会ったらまずなんて言おうか――と考えていると、少し離れたところから黄色い声が聞こえてきた。

 見ると、席に座った少年と、テーブルの上のマンドラゴラが、女性二人組にからまれていた。

「Ⓐやだ~、ぶちゃかわいい~」

「Ⓑコーヒー飲んでる~。ナマイキ~」

 え、あれ、ドラ子、か……?

「んだよ。なに飲もうがあたしの勝手だろ」

 ドラ子だ。

 なんでこんな町中で正体さらしてんだあいつ。

「Ⓐしゃべった~」

「Ⓑかわいい~」

 ……さらしても問題ない気風ってことか。

 そう言えば氷河期の小鳥ニブルインコの飼育が流行ったのもベルゲンゼリアからだったっけ。

「Ⓐねぇねぇ、君もかわいい顔してるよね」

「Ⓑわかる~。あたしなにげに超好み~」

 少年は確かに、人目を惹く整った顔立ちをしている。身なりもいい。どこぞの御曹司だろうか。

「Ⓐ一人なの?」

「Ⓑお姉さんたちとどっか行かない?」

「あー残念! 今ちょっと待ち合わせしてんだ」

 カルい……

 ちょっと苦手なタイプだ。

「Ⓐそうなんだ~」

「Ⓑ彼女?」

「だったら残念?」

「Ⓐやだこの子ナマイキ~」

「Ⓑかわいい~」

 ……さて、どうやって話しかけよう。

「エバンス君、どうかしたの?」と、ステラおばさん状態のクララ先生が山盛りのドーナツを次々平らげながら言った。

「ああ、いえ、別に」

「いよいよあなたの師匠に会えるのね! 楽しみだわ! ファティーマさん似の超美人なんでしょ?」

「ええ、まぁ……」今はその状態じゃない。

 ファティーマ先輩は、俺が学園アカデミーに入学した時、生徒会長をしていた人だ。バザン市国で一二を争う富豪・ヴァンクリーフ家のお嬢様でありながら、気取ったところがなく、みんなに愛されていた。卒業してすぐ許嫁と結婚したらしい。

「エバンス! おい、こっちこっち!」と、ドラ子の声。気づかれたか。

 一年振りという感慨はまるでなく、来ていて当たり前という呼び方。ちょっと拍子抜けしたけれど、これがあいつだ。

「なんだオメー、なんつーか……彼女連れてんな!」

「……」どこからどう説明すればいいんだ。

「エバンス君、あの喋るマンドラゴラ、知り合いなの?」

「えーとですね……」先生にも説明しないと。

「おい、いいから、とりあえずこっち来いよ!」と、ドラ子がわめく。店内で声がデカい。

「エバンス君、呼ばれてるけど?」

「……実はあれが例の師匠でして」

「……っていうのは、つまり、ということかしら?」

 さすが先生、理解が速くて助かる。

「そういうことです」

「なるほどね! 仲良くなれそうな気がするわ! あ、先行って挨拶してて。私はドーナツのおかわり買ってから行くから」

 まだ食うのか。

「わかりました」


「紹介するぜ。こいつはフィン。で、こいつがエバンスな」

 フィンと呼ばれた少年は「ちょりーっす☆」と言って、敬礼のようなポーズをした。

 やっぱり苦手なタイプだ……と思いながら、俺は「よろしく」と言った。

「フィンってのはたぶん偽名だけどな」とドラ子が言うと、フィン(仮名)はすかさず「本名だってばあ」と、まったく真実味のない口調で言った。

「……たぶん、ってことはお前、その子のことはのか?」

「ん? ああ、そうか。テメェはまだそこらへんのことなんも知らねぇんだったな」

そこらへんとは、なんのことだろう。

「あ、ところで、これ」と、俺は山頂の石エビデンスを取り出して、テーブルに置いた。

「あ! これ、エッダ山の?」と、フィンが食いついた。

「ああ」

「すげえ! どういうパーティーで行ったの?」

「えっと」編成でいうと……「黒魔導士メイジ二人で」……ってことになるか。先生は武器や補助魔法も使えるから万能型マルチ寄りだけれど。

「え、二人パーティーコンビ? マジ? すっげー! おにーさん強いんスね!」

「……」こう直球で褒められるとさすがに嬉しい。彼、出世するタイプだな。

「で?」と、ドラ子。

「いや、だって、持ってこいって約束だっただろ?」

「持ってなかったらテメェはここにいねぇだろ。確認の必要なんかねーよ」と言って、ドラ子は不敵な笑みを浮かべた。

「……そうか」

「ごめーん、お待たせー!」と、クララ先生がまたドーナツを山盛りにして現れた。

 その時、ドラ子の表情がぴくりと動いた。

「……?」

 変化トランスを使っていると読めない、そして、読めない相手は敵の可能性がある――ということを聞いたのは、少し後のことだった。


 宿屋に移動して、個室に四人集まり、まずドラ子の能力について説明を受けた。

 次に、俺とクララ先生から、この一年間の話をした。

 ドラ子は「人の話聞いてなにか知るってのは面白ぇもんだな」と言った。「細部は想像で補わないといけねぇしな」

「端折ってるつもりはないんだが……お前にとっちゃそういうもんか」

「ああ。ま、聞きたい話は聞けた。エバンス、お前、頑張ったじゃん」

「……おぅ」

「で、クララ先生のその変化トランスだけど……」

「ええ! 解除しましょうか?」

「さっき言った通り、解除されると色々知っちまうんだけど、それでもいいか?」

「それは、あれよね! 私の男性経験なんかも含めて、ってことよね!」

 先生、子供のいる前でなんてことを。

「だんせいけいけんってなにー?」と、フィンがすっとぼけた口調で言った。

 あ、このガキ「子供」じゃねぇ。

「医者が人の裸見慣れるようなもんでさ、あたしのほうは別になんともねーんだけど、知られるほうはいい気分じゃねぇよな」と、ドラ子。

 へぇ――と、思った。こいつもこの一年でちょっと変わったのかもしれない。

「構わないわ! どうぞご覧なさい!」と、先生は両手を大きく広げる謎のポーズで、変化トランスを解除した。

「あっ! なんだよセンセー、かわいーじゃん!」

「ありがとう!」

「歳いくつなの?」

「女性に年齢を訊くもんじゃないわ! 三十四歳よ!」

「見えない見えない!」

 なんだそのこなれた感じ。

「フィン君はいくつなの?」

 そう、まさに疑問だった。

「十四ぐらいかな、たぶん!」

 たぶん?

「あらやだ、二十も違うのね!」と、先生は「たぶん」をスルーして言った。「君ぐらいの子供がいてもおかしくないのね! いやんなっちゃうわ!」

「モテそうなのに~」

「モテるわよ!」と、先生は言い切った。「でも先生は理想が高すぎて婚期を逃したの! 指名手配だし、もう無理ね!」

「エバンスさんとはどうなの?」

 ちょ、フィン君、なんてこと言うんだ。

「先生の好みは〝ワイルド系〟よ!」

 ……そうなんだ。

 それから先生は俺に向かって言った。「だからホラ、ノートン君の親方さん、実は超弩ストライクだったの! そう言えばノートン君に通信石渡したんでしょ?」

「あ、はい」マスターからもらった通信石だ。

「機会があったらなんかうまくつないでちょうだい!」

「……了解です」

「あ、ところでドラ子さん! あたしの記憶、どうだった?」

「いや、どうって訊かれてもな」

「やっぱり結構恥ずかしいわ! でももう見られちゃったものね! どんとこい、って感じだわ!」

 理想の高さより、思ったことを全部口に出してしまう性格のせいじゃないだろうか――と思ったけれど、それを口に出すのはやめておいた。

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