4-2 装填

 寒ぃ。

 頭ん中が「寒ぃ」でいっぱいだ。

 さっさと帰って風呂入りてぇ。けど、帰れねぇだろうな。

 あの世には風呂あんのかな。

「……トン! おい、ノートン!」

「……あァ、何スか親方」

「がっはっは! おし、まだ生きてやがるな」

「もう終わりッスけどね」

「勝手に終わらせんな。お前は逃げろ」

「は?」

 極光竜オーロラドラゴン――こっちに向かってこないってことは、閃光弾が効いたか。けど、あんなもんすぐ解ける。

「逃げるなら親方も逃げましょうよ」

「ああ、逃げるさ。奴に一発食らわしたらな」

「足止めなら俺が……」

「意識飛びかけてた野郎がなに言ってんだ」

「……」

 それから、「持ってけ」と、封筒のようなものを握らされた。

「何スかこれ」

「フィオナとレベッカの遺髪だ。家族に届けろ。そんで、俺の代わりに引っぱたかれといてくれ」

「やっぱ死ぬ気なんじゃないスか」

「うるせぇ。喋る元気あんならとっとと行け!」

 その時、頭上から氷塊が降ってきた。奴の目つぶしが解けたか。

「こなくそ!」と、親方は火属性の槍ヒートランスを突き上げて、氷塊を粉々に砕いた。「あっさり死ぬ気はねぇぞ。お前の見つけてくれた希少品こいつがあれば、まだまだやれるさ」

「……親方」

「なんだよ」

「俺をパーティーに入れてくれたのって、鑑定特性がある目利きができるからでしょ?」

「あ?」

「ホントはもっと実戦に強い奴入れたかったですよね? こんな使えねぇ万能型マルチより」

「……」

「大人しく目利きだけしてりゃよかったですよ」

「がーっはっはっは!」と、親方は爆笑した。「お前、来たくなかったってのか?」

「そうじゃないスけど」

「じゃあ、ガタガタぬかすな」

「……」

「俺は魔法が使えねぇ。お前の目利きにゃあずいぶん助けられてきた」

 でしょ。だから、そのご褒美ってことでしょ。

 俺が実戦のほうはさっさと諦めてりゃ、フィオナもレベッカも死なずに済んだ。俺のせいだ。万能型マルチじゃダメってことはわかってたのに。

 万能型マルチって言えば、エバンスの奴、どうしてっかな。今日こんなことになってんのは、あの日、あいつのこと見下した報いかもしれねぇな。

「ノートン!」

 親方に突き飛ばされて、俺は紙一重で極光竜オーロラドラゴン氷の吐息アイスブレスから救われた。

「ボサッとしてんじゃねぇ!」

「すいません」

「行けっつったら行け!」

 行けるわけねぇだろ!

 けど、くそ、もう魔力が……。

 火球パイロは……出ねぇか……小火球リル・パイロなら……ダメか、くそったれ!

 俺の物理攻撃じゃ歯が立たねぇんだ。なんか出てくれよ! なんでもいいから!

 その時――


 ごっ


 と、巨大な炎の塊が、後ろから俺の頭上を通過していった。

 なんだアレ。極大火球テラ・パイロ? ――より、デケぇぞ。

 炎の塊は極光竜オーロラドラゴンの首にぶち当たって、大きくのけぞらせた。

「早く、こっちへ!」と、女性の声。

 後続のパーティーが追いついてきたのか。助かった。

 って、「……クララ先生?」

「どこかでお会いしたかしら?」

「俺、ノートンです、学園アカデミーの」

「え、ノートン君? あらやだ、なにそのヒゲ! 男前になったわね!」

「さっきの魔法、先生が?」

「私じゃないわ! あなたのクラスメイトよ!」

「え……?」

「離れてください!」――今の声は、が親方に言ったのか。

「面目ねぇ!」と、親方が飛び退く。

 クラスメイトって誰だ? うちのクラスで魔法の得意な奴っていうと……

「エバンス君! さっきと同じところを狙って! 鱗が剥がれてるわ!」

「はい!」

 ……エバンス? あいつが?

 んなバカな――いや、でも今、俺の横を駆け抜けてったのは、確かにエバンス。

 あいつ、走りながら詠唱してんのか?

 エバンスの右手が地面に向くのを見て、俺は思わず叫んだ。「なにやってんだ! 放射型ブラストなんか効くわけねぇだろ!」

放射型ブラストじゃないわ。装填リロードよ!」

「リロード?」

「まぁ見てなさい!」

 炎のドームは、一瞬広がったかと思うとすぐに収縮して、ちょうどエバンスの全身を包むサイズ――加護プロテクションみたいな状態になった。

放射型ブラストは普通より大量の魔力を」と、先生。「ああやって体の周りで止めれば、次の魔法のに使えるってわけよ!」


禁じられた火球エン・パイロ


 エバンスが左手を前に出すと、ほどもある火球パイロが勢いよく発射された。

 さっき見たのはこれか!

 極光竜は首をひねってかわす――が、炎の塊は追尾して、さっきと同じところで炸裂し、即座に竜の全身に燃え広がった。

「ありゃ、まさか、禁呪じゃねぇか……?」と、親方がうめくように言った。

「そのまさかよ! 内緒にしといてちょうだい!」と、先生。

「ああ、まさか言いふらしゃねぇが……」

「あちらがリーダーさん?」と、先生が俺に尋ねた。

「はい」

「尊敬してるのね!」と言って、先生は鼻の下をこすって見せた。

 この口ひげ、親方のマネだってバレたか。ま、見りゃわかるよな。

「おい、まだだ!」と、親方が叫んだ。

 極光竜オーロラドラゴンが動き出してる。自分に氷の吐息アイスブレスを吹きつけて火を消したのか。

「まったく、しぶといんだから。大人しくしてなさい!」と、先生が竜に向かってなにかを放り投げた。

「……なんスか今の?」

眠りの槌ナイトメアハンマーよ!」

「え、知らないんスか先生!」

「なにを?」

極光竜オーロラドラゴンがヤバいって……!」

「よーく知ってるわ! にはそれが効かないってこともね!」

 ! そうか、あいつ……!

 眠りの槌ナイトメアハンマーが鼻先にコツンと命中して、極光竜はすぐにその巨体を雪の上に横たえた。

「使って!」と、先生から渡された詩聖アイスキュロスの耳栓を慌てて嵌める。先に渡しといてほしかった。

「ぐっ……!」

 来た! 稲妻を引き裂くような轟音。

 耳栓ごしでこの威力かよ。脳みそが吹き飛ばされそうだ。

「エバンス、に気をつけろ!」と、叫ぶ自分の声すら聞こえない。

 その俺の声が届いたんじゃなくて、最初から対策してたんだろう。エバンスは寝返りを一度やり過ごしてから再び近づいていった。

 走りながら、さっきの「リロード」。エバンスの体を炎のドームが覆う。


禁じられた火球エン・パイロ剣状圧縮フランベルジュ!」


 眩しいほどに強く光る炎の剣が、極光竜オーロラドラゴンの閉じた瞼に突き刺さった。

 いびきが悲鳴に変わった。それがだんだん弱まっていくのを、先生は腕組みをして満足げに、俺と親方は呆然と聴いていた。

 


 麓に帰還すると、親方はすぐに山頂の石エビデンスを槍の石突で砕いた。俺もそれにならった。

 他のパーティーの助けを借りたら、その挑戦アタック無効ノーカウントだ。少なくともプライドのある冒険者はみんなそう考えてる。

 にしても、エバンスの奴、化けやがったな。

 先生も、ほとんど別人みたいに……

変化トランスですか」

「そうよ!」

 なんで山で変化トランス使って人目のある麓で解除したんだ?

 ……まぁ、人には色々事情があるもんな。


 町へ向かう途中、親方がエバンスに言った。「まさか二人パーティーコンビだったとはな。つくづく恐れ入ったぜ」

「いえ、実は、仲間を募集してるパーティーを色々当たったんですけど、どこにも入れてもらえなかったんです。俺、五番目の山頂の石エビデンス持ってなくて」

「あ? そうなのか?」

「それに、組むとしたらあの魔法のことも話さないといけませんし」

「それで私に泣きついてきたってわけよね!」と、先生。

「いや、先生は最初からついてきてくれることになってたじゃないですか」

「うん、ホントはそう! アレを実戦で使うとこ、私が見逃すわけないでしょう?」

「バザンの学園アカデミーじゃ、禁呪を教えてんのか?」

「いいえ! 私は学園アカデミーをクビになったの! この話も内緒ね!」

「がっはっは! そりゃあいい!」

 ……フィオナとレベッカが死んだってのに、親方はなんで笑ってられるんだ?

「……」

 いや、わかってる。ぶすっとしてても死んだ人間が生き返るわけじゃない。確か親方の地元じゃ、葬式は明るく盛大にやるって言ってたな。

 やがて、ベルゲンゼリアの町が見えてきた。あちこちから白い蒸気が噴き出してる。

 エバンス、ありがとうな。負けたよ。お前すげぇじゃん――話しかけるタイミングを探し続けて、結局俺は何も言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る