3-17 口調
「嬉しいもんじゃ。よその人がここを訪ねてくるなど何年ぶりかのう」と言いながら、じいさんは実験用のアルコールランプとビーカーでコーヒーを淹れてくれた。
「ども」と言って、一口すする。なにげに生まれて初めてのコーヒー。うまっ。なんだこの深いコクとほどよい酸味。酒以外にこんなうまいもんがあったのか……
古代人の住宅遺構を改造した半地下の研究室。広さはエバンスん家と同じぐらい。土のにおいがする。
「さて、まずは大前提となる事柄から話そう。なぜわしが、おじいさん口調で話しておるか、じゃ」
「……」あえてつっこみを入れず、あたしは続きを待った。
「自分を〝わし〟と呼び、語尾に〝じゃ〟や〝のう〟を付けると、いかにもおじいさんという感じがする。しかし、考えてみたまえ。どんなおじいさんにも若い頃が必ずある。おじいさんというものは一体いつからおじいさん口調になるのか? お客人、わしはいくつに見える?」
「六十五歳」
「なんと、ピタリ賞じゃ!」
当てても大丈夫だと思ったんだ、なんとなく。
「賞品としてミルクチョコレートを進呈しよう。ガシェバ牛のミルクで作った、この町の特産品じゃ」
「ども」これまた初体験。パキッ。甘うまっ。しかもコーヒーと合う。どうなってんだ、この家はうまいもんだらけじゃねぇか。
「おじいさん口調について疑問を抱いたのは五年前、ちょうど六十歳の時じゃった。その頃、わしの一人称は〝俺〟じゃった。果たして自分はいつからおじいさん口調になるのか? どきどきしながら待っておったのじゃが、一向に変わる気配がせん。わしはとうとう待ちきれなくなって、昨年、自らの意思でおじいさん口調に切り替えてしまったのじゃ。その結果、なにが起こったと思う?」
「……」知ってるんだけど、これは当てたらマズい。
「案外しっくりきたのじゃ! 世のおじいさんたちが一体どのようにしておじいさん口調になるのか、それは未だ謎に包まれておる。じゃが、わしがおじいさん口調を使うのは、〝使ってみたらしっくりきたから〟じゃ。以上のことを踏まえた上で、わしの話を聞いてほしい」
「……了解」
「では、
質問はあるっちゃあるし、研究のあらましはもう聞いちゃったんだけど、「後者でオナシャス」改めてじいさんの口から聞いてみよう。
「よかろう」と言って、じいさんは咳払いをした。「わしが最初に注目したのは、
さて、アイテムについてはいったん脇に置いといて、魔物だけに焦点を当ててみよう。そもそも我々は
そこでわしは、
遺体を調べたり、目撃証言を聞いたり、捕獲して観測してみたりと、あらゆるアプローチをした。そしてある日、わしは気づいた。すべての魔物は地面から発生しておる。見聞きした限り、空中で魔物が発生したという事例は一件もない。空を飛ぶ魔物であってもじゃ。
ここに〝魔物とは大地より生じるものである〟という仮説が立った。
大地より生じると言っても、魔物は鉱物ではない。れっきとした生命体で、生殖機能も持っておる。ということは、この大地には、生命体を発生させるほどの莫大な魔力が眠っておるということではないか?
そんなわけでわしは今、大地の魔力を抽出する研究をしておる。
さて、ここで問題じゃ!」と、じいさんは壁のスイッチを押した。
「ででん!」という効果音と共に、あたしの頭上の発光球がパッと点いた。
なんか、問題を出す時は、こうする決まりらしい。
「わし自身は非常に有意義な研究をしておるつもりなのに、世間から興味を持ってもらえないのはなぜでしょう?」
「……」さみしいんだな、じいさん。「理由は二つ。
①大地の魔力なんか取り出さなくても十分豊かだから。
②七番目の山がどこにあるかっていうほうが重大な関心事だから」
「正解じゃ! チョコもう一枚じゃ」
「やったあ」
「いやはや、賢いのう、お客人。どうじゃ、息子の嫁にならんか?」
「考えてやってもいいぜ」
「おお、そうくるか。すまぬ、本当はわし、天涯孤独なんじゃ」
「……」
「さて、お客人の言った通り、世界は今のところ非常に豊かじゃ。
「突然現れた
「うむ!」
「じいさんが大地の魔力を取り出そうとしてんのは、生活に役立てるためじゃなくて、埋蔵量を調べて
「ううむ、素晴らしい! お客人、未成年ではあるまいな?」
「そのつもりだぜ」本当はまだ生後二ヵ月だけどな。
「ちょいと待っておれ」と言って、じいさんはもう一杯コーヒーを淹れ、そこにウイスキーを少量加えた。
「ほれ」
「ども」
その時あたしが味わった感動は、ちょっと言葉では言い表せない。
「ま、わしの研究も、大地の魔力なるものが存在して、しかもそれが有限という仮説に基づいておるでな。まるっきり的はずれかもしれん」
「けど、
「そのように考えられるのは珍しいことなんじゃよ。大抵の人間は幸福の中にいる時、それが永遠に続くものと信じてしまう。わしも長年連れ添った妻と死に別れる日が来ようとは思わなんだ」
「嫁さんいたのか」とあたしが言うと、じいさんは小声で「ウソじゃ」と言った。
じいさんはあたしを連れて庭に出ると、ポンプのようなものを示した。
「これは大地の魔力を抽出する装置じゃ」
「できてんじゃん」
「いや、未完成でな。古い文献にそれっぽい装置の絵を見つけたもんで、とりあえずそれっぽい形に作ってみたんじゃが、ウンともスンともいわん」
「……だろうな」
「文章の解読がなかなか進まんのじゃ。まぁ、気長にやろうと思うておるが」
「あ、じいさん、一つ質問あったの忘れてたわ」
「なんじゃ?」
「この石、どういうもんだか知らねぇ?」と、あたしはナバル島の裏エビデンスを取り出した。
「お、なにそれ! ねえ、おねーさん、なにそれ!」と、めちゃくちゃ食いついてきたのは、初めて見るガキだった。風通しの良さそうな服をオシャレに着こなしちゃってなんかムカつく。
「ん? このへんじゃ見かけん子じゃな」
にしても、こんな堂々と間合いに入ってくるとはね。
「お前らってみんなコドモなわけ?」と、あたしは訊いた。
「そーね! 大体そんな感じ」
「そりゃいいこと聞いたわ」
じいさんはあたしとガキを交互に見比べて「なんじゃ、知り合いか?」と言った。
ガキはヘラヘラ笑いながら「今知り合ったばっかだよね!」と言った。
「いや、あたしはまだテメェのことなんも知らねぇな」
「そう?」
「
「オレは原形からあんまし変えてないんだぜ。容姿に自信ある系なんで」
「いいから脱げクソガキ」
「こわーい。おねーさんに襲われるぅー」
「おねーさん? おにーさんの間違いじゃねぇの?」
「あ?」
その時、ガキの背後に現れたパトリックが、無言で棍棒を振り下ろした。
「がっ……!」
速攻で
ガキはぐるぐる巻きにされてあえなく地面に転がった。
よし、捕獲完了。
「ありがとな、パトリック」
「尾行も不意打ちも初めての経験であったが、何事もやればできるものでござるな」
別れる前に、頼んでおいた――あたしを尾けてる奴を尾けてきてほしい。どんな姿であれそいつはあたしの敵だ、と。
「二重尾行かぁ。やるじゃん、おねーさん」
呆然としていたじいさんが口を開いた。「お前さん、フランドリア家の次男坊ではないか。一体なにがどうなっておる?」
「拙者はご婦人の頼みを聞いたまで。事情はよくわからぬのでござる」
「事情はあたしもよくわかってねぇ。だから、これから訊くのさ、こいつにな」
「さーて、どうしよっかなー」と、ガキは余裕そうな顔を見せる。
「減らず口叩いてられるのも今のうちだぜ。今度こそおねーさんがたっぷり襲ってあ・げ・る」
それを聞いたパトリックは、真っ赤になってうつむいた。
どんだけ純情なんだこいつ。
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