3-15 索敵

「ご婦人、下がっておれ!」と、パトリックが抜刀した。

 オディロン飛行場からガシェバの町までの途上、敵は化け茸マタンゴ(Cランク)一匹。屁みたいな魔物発生エンカウント

 パトリックはまるで教則本の挿し絵みたいにきっちりと構えてる。右手に長剣、左手に短剣の二刀流――アニス流ってやつだ。雑談しながらでも一蹴できるようなザコなのに、手を抜こうって気配が一切ない。

 バカがつく真面目ってことはわかってたけど、あたしより早く魔物発生エンカウントに気づいたのにはちょっと驚いた。この男、もしかしたら〝索敵特性〟があるのかもしれない。パトリック自身にがないから、記憶を読んでもわかんなかった。

 さて、戦闘開始。お言葉に甘えて「ご婦人」は高みの見物といこう。

 化け茸マタンゴが頭突きで突っ込む。

「はっ!」とパトリック、前転でくぐり抜ける。

 両者の立ち位置が入れ替わった。

 パトリックは再びきっちりと構え直す。

 その雰囲気に呼応してか、化け茸マタンゴもいつの間にか顔つきがキリッと引き締まってる。

「……」

 なにこの無駄な緊迫感。一世一代の決闘みたいになってるけど、これザコ戦だよね?

「ゆくぞ!」と、堂々と声をかけてから、パトリックが仕掛ける。

 化け茸マタンゴ、待ち構えていたように――かけ声なんか出すからだ――傘から毒の胞子を噴き出した。

「ぬおお!」と、パトリックは大きく飛びのいて回避。

 おい化け茸マタンゴよ、お前、よかったな。こんなにしっかり相手してもらえるなんて。

 それから、「ゆくぞ!」→胞子→「ぬおお!」というやり取りがもう数回繰り返された。

 パトリックは物理特化型の戦士ファイター。体質的に魔法が使えない奴とか、物理の修行に集中するために魔法を封印する奴もいるけど、パトリックの場合は家庭の事情だ。由緒ある騎士の家系らしい。

 化け茸マタンゴなんて火球パイロ一発当てれば終わり。でもパトリックには遠隔攻撃も弱点属性を突くこともできないから、愚直に突撃を繰り返すのみ。

 もうしばらく時間かかるかな……とあたしが思い始めた頃、化け茸マタンゴの胞子がして、勝負はあっけなく決した。

「ご婦人、お怪我はござらぬか」と、パトリックが納刀しながら言った。

「あ、うん。ありがとな」と、あたしはあくびを噛み殺しながら言った。


 再びガシェバへ向けて歩き出す。

 うららかな陽気と、酒と、さっきの平和な戦闘のおかげで、いよいよ眠くなってきた。ちょっとそこらへんの草むらに寝っ転がってひと眠りしたい。

「ご婦人、ガシェバへは如何な御用で?」と、パトリックが口を開いた。

 眠いけど会話には気をつけよう。知らないはずのことをまた口走ったら大変だ。「観光だよ。九・一六の現場を見てみたくてね」

「左様か。ご興味を持っていただき、心より感謝申し上げる。実は拙者、ガシェバの出身でな」

「ああ、そうなんだ」

「九・一六で兄を亡くした。キース教の過激派が狙っているという情報を受けて、警備に立っておったのだ。まさかあんな卑劣な手段で来るとは思わなんだ。正面きっての戦なら兄は誰にも負けなかったであろうに」

 エバンスとパトリックは知り合いじゃない――エバンスの一家は発掘調査のために越してきたんであって、ガシェバが故郷ってわけじゃない――みたいだけど、境遇は似てる。きっとあの町には同じような痛みを抱えた人間がたくさんいるんだろう。

「一時は復讐心に燃えたが、私怨で戦うなと父に諫められてな。今は一文字軍シングルに身を置き、十字軍テンプルを目指す身だ。いつかは兄や父のような十字軍の騎士テンプルナイトになりたいと思っておる」

 志はご立派。でもパトリックは今年で連続三年、昇進試験に落ち続けてる。魔法を使わないからじゃない。要領が悪いんだ。誠実すぎる。なら最強だろう。

「すまぬ、自分語りをしてしまった」

「ああ、いやいや」

 予備知識のせいで、適切な相づちを打てないことがちょいちょいある。どうもまだこの能力を使いこなせてねーな。むしろ振り回されてる気がする。

 小高い丘を登り切ったところで、パトリックが「見えてきたぞ」と、前方を示した。

 巨大な骨の弧。十八年前の九月十六日、空から降ってきた王竜タイラントドラゴンの躯。焼け残ったその背骨を、住民たちは保存した――物言わぬ語り部として。

 ガシェバはかつて、目立たない町だった。古い遺跡がいくつかあって、主な産業は放牧。崩れた石壁のそばで牛がのんきに草をはむ姿がガシェバの象徴だった。それが、九・一六以来、あの骨こそがガシェバとなった。

「拙者は墓参りがある故、町に着いたら失礼致す」

「ああ」

「時に」と、パトリックは声を潜めた。「このまま、歩きながら聞かれよ。振り返ってはならぬ」

「……?」なんだ?

「どうやら、尾けられておるぞ」

「……!」

「なにか事情がおありなのだろう。拙者、詮索をするつもりはござらぬ。だが、人生は一期一会。お力になれることがあればフランドリア家をお訪ねくだされ」

「ありがてぇ。恩に着る」

 これで決まりだ。この男、相当強力な索敵特性を持ってやがる。範囲がハンパじゃねぇし、に向けられた意識に気づくなんて規格外だ。

 けど、それで、戦士ファイターか。超もったいねぇ。せめて弓使いアーチャーなら特性活かせんのに……まぁ家の伝統なんだからしょうがねぇか。

 で、尾けてきてんのは何者だ? 十中八九ジン(仮称)の「同類」だろう。けど、「今のところは味方寄り」っつってたんだから、あいつが他の奴に漏らしたとは考えにくい。

「パトリック、質問させてくれ」

「うむ」

「いつ気づいた?」

銀龍ルーンドラゴンから降り、歩き始めてすぐでござる。おそらく乗客の誰かであろう」

 半径十メートル以内には読めない奴はいなかった。離れた席の誰かか。

 銀龍ルーンドラゴンに乗ってたってことは、その前から尾けてたに違いない。ジンの口ぶりからして、連中はあたしの能力を把握してる。そいつは意図的に離れた席を取ったんだ。

「尾けてる奴の特徴はわかるか?」

「あいにくだが、一人だということ以外は」

「十分だ。数がわかっただけでも助かる」

 一人なら、なんとでもなるだろ。待ち伏せして変化トランスひっぺがして記憶読んでやる。

 あたし自身の謎なんかとっとと解いちまおう。世界にはもっと面白い謎が眠ってるはずだからな。

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