3-14 後輩

「なにって、セントナバルに行くとこですけど」

「ですけど?」

「え? あの、エバンス先輩ですよね?」

「……」

 俺がドラ子だと勘違いしたのは、学園アカデミー時代の後輩、ピリカだった。ドラ子と出会った日、あいつが最初に完全変化トランジスタで化けて見せたのが、このピリカのイメージだったのだ。

 人違いしたことを謝ったうえで、「お前、全然変わらないな」と俺は言った。

「どういう意味ですかそれ?」と、ピリカはこぼれ落ちそうな大きな目で俺を見てくる。うーむ、正直、くっそかわいい。

「褒めたつもりだけど」

「ならいいです」

 ピリカは、自分がかわいいということをよくわかっているタイプの女子だ。臆面もなく活用している。根がさっぱりしているので、同性の友達も多かった。

「セントナバル、現地集合?」

「はい。準備万端です。見てくださいこれ、雷鳥ロックちょうの弓ですよ」

「おお」

 弓使いアーチャーというのは結構珍しい存在だ。魔法の研究が盛んな今、遠距離攻撃手段としての弓は下に見られることが多い。学園アカデミーの選択授業でも「弓術」を取る生徒は少なかった。

 もちろん、弓にも長所はある。魔法の効きにくい敵や反射鏡リフレクションを使ってくる敵に対しては無類の強さを発揮する。それに、同じ力量レベルの者同士なら、魔法より矢のほうが弾速は速いとされている。

雷鳥の弓それ、いくらした?」と俺が訊くと、ピリカは「値切りました!」と親指を立てた。

 彼女は交渉事もうまい。さらには回復系の魔法も得意。パーティーにいてくれたら非常に助かる存在だろう。

 それにしても。「そっか。いよいよピリカたちに先越されるんだな」

「あー、まぁ、そうですね。まだこれからですけど」

 同期ノートンに追いつくことは割と早い段階で諦めてしまっていたくせに、後輩に追いつかれ、追い抜かれるというのは、なんとも気持ちがざらつくことなのだった。

「先輩たち、なんで解散しちゃったんですか?」

「……」

「私、先輩たちのパーティー、憧れてたんですよ。うちの学年でも同じように思ってた子多かったです」

 そりゃパーティーだからだろ、と、危うく声に出しそうになった。

 俺が返答に窮しているのを見かねたのか、ピリカは「あ、そうだ先輩」と、話題を変えた。

「先輩は渚旅団のことどう思います?」

「え?」

「知らないわけじゃないですよね?」

「いや……」

「あれ、そんな感じ? 先輩、今までどこにいたんですか?」

「北の田舎のほう。一応、情報水晶サンドーブは見てたんだけど」

「あー、なるほど。情報水晶サンドーブじゃ取り上げられてないですからね、統制かかってるっぽくて。でも町中じゃ結構話題ですよ」

 統制とはまた、穏やかじゃないな。「……ナギサ旅団って、なんなの?」

「えー、そうですね。一言で言えば、空賊です」

 ピリカの話によると――世界で唯一、機械式の飛空艇を持っている盗賊団。構成員数は不明。当初は富豪しか狙わない「義賊」だったが、最近は「富豪」の基準がだんだん下がってきて、中産階級も被害に遭っている――とのことだった。

 その渚旅団とやらが我が家のマンドラゴラを盗んだ――と考えれば、合点がいく部分といかない部分がある。飛空艇があるなら三百株ものマンドラゴラを持ち去るのも容易いだろう。しかし、俺は間違っても「富豪」じゃないし、「中産階級」ですらない。基準下がりすぎだと思う。

「そういうわけで、世間じゃ評価が分かれてるんです。貧民の救済もしてますけど狙う基準が微妙だし」

「なるほど」

「どうなんですかね。最近、懸賞金の額が上がったんですけど、熱心な支持者もいるみたいで」

「そうなんだ。うーん、どれだけ義賊として活躍してるか知らないけど、俺はどっちかっていったら、支持しないほうかな」推定、被害者だし。

 その時、「次はー、転職の塔パレットタワーー、転職の塔パレットタワーー」と、御者の間延びした声が響いた。

 俺は「あ、降ります!」と声を上げ、慌てて身支度を始めた。

「え、先輩、転職するんですか? なにに? てか、先輩の近況なにも聞けませんでした」

「またそのうち話すよ。ナバル島、がんばって」

「はい!」

 馬車からの降り際、俺はピリカに「すぐ追い越すから」と言った。

 ピリカは満面の笑顔で「そうはさせませんよ!」と言った。

 信じがたいほどかわいかった。天使か? いや、天使だ。

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