3-8 剛腕

 マスターは俺への回復魔法キュアをかけ終わると(超効いた)、右手で生成した火球パイロに左手を打ち当てて、分裂させた。

 獄炎犬ヘルハウンド相手に火球パイロで、しかも単体相手に拡散型ショット――全然意味がわからない。

 謎はすぐに解けた。六個に分裂した火球パイロたちはマスターの周りを回転しながら整然と一列になり、螺旋を描いて獄炎犬ヘルハウンドへと突っ込んでいった。

 速い! 俺の水球ジエロの倍はある。

 さっきの衝撃――マスターの放った火球パイロだったのだろう――で体勢を崩されていた獄炎犬ヘルハウンドは、火の吐息ファイアブレスで迎撃した。が、相殺できたのは最初の一発だけで、あとの五発は立て続けに獄炎犬ヘルハウンドの頭部に叩き込まれた。

 小気味よい五連の爆発音。

 獄炎犬ヘルハウンドは四つの目を白黒させ、足元をふらつかせて、いわゆるピヨリ状態になった。

 属性の相性もクソもない。爆発力だけでダメージを与える、ねじ伏せるような魔法。ふだん物静かなマスターがこんな剛腕だったなんて。

 それに比べて俺は――相変わらず、ひ弱な優等生だった。火の魔物だから水の魔法が効くとか、単独ソロだから放射型ブラストも使えるとか、理屈で戦っていた。

 

 

 一番自信のある火球パイロさえマスターにかなわない――と思いながら、回復魔法キュアのおかげでわずかに蘇った魔力を使って、俺は水球ジエロを生成した。見ているだけというわけにはいかない。

「魔法の気持ちになるといいですよ」と、マスターが言った。

 魔法の気持ちに、なる? 意味がわからず、俺はマスターの顔を見た。

「魔法の気持ちになるんです」と、マスター。

「……」

 どうやらそれ以上の説明はないらしい。

 水球ジエロの気持ちってなんだ? 「スプラァァァッシュ!!」とか、そういうこと……?

 いや、制御コントロールの話か?

 水球ジエロの気持ちになって、俺が水球ジエロそのものになったつもりで撃てば、もしかしたら……

 とにかく、試そう。

 発射。

 と同時に、獄炎犬ヘルハウンドのピヨリ状態が終わった。

 獄炎犬ヘルハウンド、右へステップしてかわす。

「追え」じゃなくて「追う」――と強く念じながら、俺は前に出した右手を思いきり右へ振る。

 曲がった!

 そして、当たった。

 わき腹に水球ジエロの直撃を食らった獄炎犬ヘルハウンドは、吹っ飛んで倒れ、やがて動かなくなった。


 家々の消火作業を終えて、俺は改めてマスターに礼を言った。

「出過ぎた真似を致しました」と、マスター。

「そんな……」ことは、本当にない。「死ぬとこでした」

「ミトラさんには止められたんじゃありませんか?」

「ミトラ?」

「役場のお嬢さんです」

 ああ、あの人ミトラって名前なのか。「ええ、まぁ、止められたんですけど」

「私も一度は避難したんですが、薬屋さんから、エバンスさんが残って戦っていると聞いて、それで戻ってきたんです」

「そうだったんですか」

「おかげで、うちの店は半焼で済みました」

「でも、マスターなら一人で倒せたんじゃないですか?」俺なんかいなくても。

「規則は規則ですからねぇ」

「馬鹿馬鹿しいと思いませんか?」

「そうですね。でも、お役人の言うこともわかります。一文字軍シングルは人手不足のようですから」

「……」

「私もこの機に、一文字軍シングルに入ることにしました。とりあえず形だけは」

「え?」

「エバンスさんも近々旅立たれるんでしょう?」というのは、先日飲みに行った時に話した。「そうなるとやはり、誰かいたほうがいいですからねぇ」

「……」

 そうか。

 この村がピンチの時は俺が――なんて、色々な意味で恥ずかしい考えだった。

①実力不足だったし、

②自分が出ていったあとのことはなにも考えていなかった。

 俺は「さすがは勇者様!」とかって、チヤホヤされたかっただけなんだろう。本気で村の防衛を考えていたなら、誰にどのぐらい戦闘能力があるのか、確認していなかったのはおかしい。

 今さらだけど、訊いてみようか。

「マスターが元十字軍テンプルって、噂で聞いたことがあるんですけど」

「ええ、実はそうなんですよ」と、マスターはあっさり認めた。てっきり隠し事なのかと思っていた。

「どうして辞めたんですか?」と、つい訊いてしまった。失礼だったかもしれない。

「さぁ、どうしてでしょうねぇ」と、マスターは微笑んだ。店でグラスを拭いている時と変わらない、いつもの表情だった。

「エバンスさんが冒険者を辞めた理由と、少し似ているかもしれませんね」

「……」

 俺、マスターになにをどこまで話したんだっけ。

 その時、「お話し中失礼します」と、役場の受付嬢が現れた。

 マスターがそれに応じた。「ああ、ミトラさん。すいません、勝手なことをしまして」

「民間人の討伐は禁じられています。規則に従っていただかないと困ります」

 、一言の礼もなしか。どういう神経なんだ。

 俺は怒りを込めて「マスターには助太刀していただいただけです。違反金は俺が払います」と言った。

 受付嬢は涼しい顔で「禁止行為をなさったのはお二人ですから、お二人とも違反金をお納めいただきます」と言った。

「はい?」ウソだろ。

 マスターが間を取り持つように「ミトラさん、私、一文字軍シングルに入ることにしました」と言った。

「そうですか。ありがとうございます」と、受付嬢はどこまでも素っ気ない。

 マスターが過去、なにか深い理由があって十字軍テンプルを辞めたのなら、今さら一文字軍シングルに入るのは、本当は嫌なんじゃないだろうか? 今まで加入していなかったのもそんなような理由という気がする。けれど、村にとっては必要なことで、俺にはなにも言えない。

「では、近日中に役場へいらしてください」と言って受付嬢が背を向けた時、ざわめきが聞こえた。

 人々の指さすほうを見ると、黒毛の有翼一角獣モノケロスが空から降りてくるところだった。

 有翼一角獣モノケロスの背からひらりと降り立ったのは……

「げ」と、俺は思わずつぶやいた。

 ……レオン。あいつ、一文字軍シングルに入ったのか。

 不意打ちだ、あまりにも。旅立てばかつての仲間たちともいつか再会する可能性はあると思っていたけれど。

 特にこの男とは、できれば一生会いたくなかった。

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