3-6 獄炎

 村を出られない。

 バイトが終わらない。

 手乗り兵団ミニオンズはなんとか三体まで出せるようになったけれど、能率は全然上がっていない。自分でやったほうがまだ速い。

 こいつら、不器用だ。いや、違う。俺の制御コントロールが悪いんだ。

 昔、鍛冶屋で地の精霊ノームに手伝わせているのを見たことがある。ああいうのをイメージしていたのだけれど、現状、遠く及ばない。

 手乗り兵ミニオンを維持するのに精一杯で、俺自身は作業ができない。しかも、ちょっとでも気を抜くと、こいつらすぐサボる。

 本職の召喚士なら作戦指示プログラミングして自動操縦オートにするところだろう。でも万能型マルチの俺には任意操縦リモートが精一杯だ。

 おばあさん店長は薬の調合をしながら、時おり「まぁ、やり方は任せるよ……」とでも言いたげな、ぬるい哀れみの目でこちらを見てくる。

 客もじろじろ見てくる。

 作戦を間違えただろうか? 練習すればすぐ上達するだろうと思っていた。

 アルベルトが三十体もの手乗り兵を自在に操るのを見て、なんとなく、簡単にできそうな気がしていた。それはとんでもない勘違いだった。

 俺でも、召喚することはできた。でも、出せただけだ。肝心の操作はなかなか思い通りにいかない。

 アルベルトは――認めざるを得ない――ただの戦術マニアじゃなくて、なかなかの召喚士だったらしい。

「すいません」

「あ、すいません、いらっしゃいませ」

 不意に客から声をかけられて、手乗り兵団ミニオンズが消えた。

 くそ、また召喚からやり直しだ。でも店番も俺の仕事なんだからしょうがない。

 応対を済ませて、詠唱。出でよ手乗り兵団ミニオンズ

 うっ、二体しか出ない。魔力が切れてきたか。

 二体でも、やれるだけやろう。さぁ働け。

 ぷち……ぷち……ぷち……

「……」

 遅い。

 おっそい。

 このペースじゃ一年かかっても終わらない。

 やっぱり自分でやったほうがいいか?

「エバンス君はさ」と、また不意に声をかけられて、手乗り兵団ミニオンズが消えた。

 ちくしょう。「何ですか店長」

「基本魔法の曲撃ちとか、苦手でしょ」

 え? 「なんでわかるんですか?」

「召喚士でもないのに召喚できてるってことは、出力パワーはあるのよね。でも制御コントロールが追いついてない」

「……」おっしゃる通り。

「いい練習だと思うわよ、それ。制御コントロールって一度コツをつかんだら他の魔法にも応用効くから」

「そう……なんですか」

 オオカミの変化トランスといい、この人、ただの薬屋じゃないのか……?

「でも、さすがに時間がかかりすぎるので、もうやめようかと」

「続けたほうがいいわ。うちとしては別に急がないから」

「でも……」

 こっちは急いでいる。

 それに、俺は万能型マルチなんだ。魔法ばっかりやっててもしょうがない。剣とか弓もまんべんなく練習して、あらゆる局面に対応できるようにしないと……

「年寄りの言うことだと思って馬鹿にしてるのかい?」と、オオカミが言った。

「いえ、そういうわけでは」

 店長、怒りの沸点低くないですか?

 その時、店の外から鐘の音が聞こえてきた。

 間隔の短いこの打ち方――魔物発生エンカウントだ!

 俺は店を飛び出しかけて立ち止まり、「ちょっと行ってきます」と言った。

 店長は「はい、行っといで」と言った。


 場所はすぐにわかった。

 凄まじい熱気の中、燃える民家を背景に立っているのは、一つの胴体に首が二つの獄炎犬ヘルハウンドであった。

 寒い地方に出る魔物ではない。というのは、考えてみれば百羽蝙蝠ハンドバットもそうだったけれど。

 外から入ってきたのか? それともここに出現したのか? いや、そんなことはどっちでもいい。とにかく倒さないと。

 ランクはA。確か五番目の山ウルヌカス火山通常戦闘ザコ戦で遭遇する敵のはず。戦ったことはないけれど、ランクは俺と互角だ、一応。

 まだ向こうは俺を敵対者と認識していない。今のうちに……あれ、水球ジエロの印ってどうやるんだっけ?

「エバンスさん?」と、背後から現れたのは、黄色い帽子の受付嬢だった。

「あ、どうも」

「なにをしているんですか?」

「まぁ、その、あいつを……」討伐しようかと、と言いかけたのを、受付嬢に遮られた。

「あなたには権限がありません。ただちに避難してください」

「……一文字軍シングルはすぐ来るんですか?」

「現在要請中です」

、来るんですか?」

「緊急案件として可及的速やかに処理されるはずです」

「放っといたらどんどん家燃やされますよ」

「規則ですから」

「そんなこと言ってるじゃないでしょう」

「討伐をなさりたいなら、なぜ一文字軍シングルに入ってくださらなかったんですか?」

「……違反金なら払いますから」と言って、俺は水球ジエロの印(腹が立ったら思い出した)を結んだ。

「エバンスさん!」という受付嬢の鋭く咎める声で、獄炎犬ヘルハウンドがこちらに気づいた。

 邪魔しないでくれよ――と思う間もなく、火の吐息ファイアブレスが迫ってくる。

「くそ……!」

 受付嬢を突き飛ばそうとして、手が虚空を押した。よろめいた結果、吐息ブレスは受けずに済んだ。

「早く避難を!」と、右の樹上から受付嬢の声。

 その身のこなしに驚いているうちに、獄炎犬ヘルハウンドはもう目の前まで距離を詰めてきていた。

 必殺、虚を突かれて固まってるフリからの、水球ジエロ

 獄炎犬ヘルハウンドはそれを跳躍してかわし――ウソだろ、この距離で当たらないのかよ――上空で縦に回転して尻尾を叩きつけてきた。

 うなりを上げる尻尾を、俺は横に転がってかわす。

 尻尾の豪打を受けて、地面から火の粉が舞い上がる。

 もう一発、水球ジエロ

 当たらない。

 もう一発……それより早く火の吐息ファイアブレスが来た。やむなく水球ジエロで相殺。

 水蒸気がほとばしって、獄炎犬ヘルハウンドを見失った。

 まずい。どこだ?

 こういう時はたいてい背後――と、俺が振り返るより先に、背中に鋭い痛みが走った。

 熱っ! 痛いというより熱、いや、やっぱり痛い。爪にやられた。

 簡易回復魔法クイックキュアをかけながら、かろうじて倒れずに踏みとどまる。

「……」

 強い。

 旅行記の推奨する対処法は、獄炎犬ヘルハウンドは初手、必ずの長い火の吐息ファイアブレスを撃ってくるので、その間に仕掛けて一気にたたみかけるというもの。協会はそういった知識を加味して、俺をAランクと判定した。

 やっぱりドラ子の言う通りだ。山の外じゃまるで通用しない。この勝負、全然互角なんかじゃなかった。

 もっと魔法の制御コントロールが上手ければ、かわされにくいように曲撃ちしたり、かわされても追尾したりできるのだけれど、俺は火球パイロ以外、まっすぐにしか撃てない。

 せめて丸腰じゃなければ……いや、武器があったところで同じだろう。

 背中の灼けつく痛みを感じながら、俺はレオンのことを思い出す。

 あいつならきっと、この獄炎犬ヘルハウンドとでも渡り合えるだろう。


 レオンは典型的な武闘派だった。メインの武器は両手剣・槍・斧。体術も得意。魔法は雷球トレノ系を少々。

 性格は明るく、雄弁で、行動的。自信家で、女にモテる。あらゆる面でアルベルトと対照的だったけれど、二人は決して仲が悪いわけではなかった。

 物理攻撃力にかけては、パーティーの中ではもちろん、学園アカデミーの同期の間でも、レオンの右に出る者はいなかった。

 レオンの力は、特に一騎打ちワンオンワンで発揮された。言い換えれば、陣形戦は苦手だった――本人は認めないだろうけれど。

 陣形戦では本来、前衛ブロッカー後衛シューターを守ることを第一に考えなければならない。しかしレオンは、自分が勝機と見ればすぐに突っ込んでいく。

 そのことを注意した時、レオンは「じゃあ誰が攻撃すんだよ」と言った。

 確かに、その通りではある。俺の魔法やアルベルトの手乗り兵団ミニオンズより、実際、レオンの攻撃のほうが強い。

 うちのパーティーは、一応は陣形フォーメーションを組みながらも、一丸となって戦うのではなく、前衛ブロッカーの突撃を後衛シューターがサポートするというのが常態化していた。

 レオンとしては、それで一丸となっているつもりのようだった。「背中は預けた」という表現をよく使った。

 けれど、個人の物理攻撃力だけでは、行けるところには限界がある。俺たちはもっと陣形フォーメーションを大事にすべきだった。

 とは言っても、レオンの突撃以上に強力な攻撃手段がないのも事実。まず俺自身がもっと強くならなければ……

 ……そんなものは言い訳だ。リーダーはレオンじゃなくて俺なんだから、陣形で戦いたいなら、レオンをきちんと諫めなきゃならなかった。

 俺もサラもアルベルトも、いわゆる大人しいほうだ。意見が食い違った時、負けん気の強いレオンに逆らえる人間はいなかった。

 戦闘能力より、性格で、負けていたんだ。

 それでも傍目にはいいパーティーに見えていただろうけれど。


 ……もう負けてたまるか。

 攻撃手段になるんだ、俺が。

 回想のおかげで一つ気づけた。俺は今、単独ソロだ。単独ソロには単独ソロの戦い方がある。

 制御コントロールは忘れろ。出力パワーに集中。地面に手のひらをかざす。

 水球ジエロ放射型ブラスト

 水の波動が俺を中心に全方位に広がっていく。これなら逃げ場はないはず。

 よし、とらえた。と思った瞬間、獄炎犬ヘルハウンドは弱点であるはずの水をものともせず、波動を突き破ってこちらへ突進してきた。

「……」

 最大出力フルパワーで撃ったつもりだけれど、ただの水球ジエロだし、そりゃそうか。

 放射型ブラストがほとんど使われない理由は、味方を巻き添えにするのともう一つ、敵一体に対しての威力は低いというのもある。拡散型ショットという射法が編み出されるとすぐ、放射型ブラストは廃れ、学園のカリキュラムからも外された。

 威力が低くても、弱点属性が当たりさえすればなんとかなると思っていた。どうして俺はこう見通しが甘いんだろうな。

 獄炎犬ヘルハウンドが口を大きく開く。

 この口内を狙えば……いや、無理だ。さっきので魔力を使い果たした。

 赤熱した牙に俺の喉笛は食いちぎられ、なかった。

 終わったと思った瞬間、獄炎犬ヘルハウンドの体を横から弾き飛ばした。

「お怪我は……ありますねぇ」と、酒場サボテンのマスターが言った。

 呆然としている俺に、マスターは左手で回復魔法キュアをかけつつ、右手で火球パイロの印を結んだ。

 すげえ、両利きクロスハンドだ。初めて見た。

 でも、火球パイロ? 火の魔物相手に?

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