3-4 労働

 いてて、くそ、また指刺した。

 見た目より硬いんだよなこのトゲ……なんとかこれより楽に殻を剥く方法は……いや、ないか。魔法で攻撃したら中身がダメになる。万力の絶妙な力加減で割るしかない。で、万力を使うにはトゲを抜くしかない。

 けど、このままじゃマズい。もう三日目なのにまだ一樽目の半分も終わっていない。

 バイトで忙しかったから――なんて、あいつドラ子に言えるか。なんとかしてペースを上げないと。

 いって! くそ、まただ。

 あれこれ考えるからダメなのか? こういう単純作業は無心でやったほうが速いかもしれない。

「……」

 ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち。

 ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち。

 がちゃん。

 きりきりきりきりきり……ぱきゃ。

 よし、次。

 ぷち、ぷち、ぷち……

「……」

 多少、速い、か? 不毛だけど。

 慣れればもっと速くなるかもしれない。でも、熟練のおばあさんプロでも一日一樽。三ヶ月って見通しは完全に甘かった。このままじゃ半年以上かかりそうだ。

 三番目止まりノービスの俺が、一年以内に六番目エッダ山登頂クリアする――半年もバイトでロスしたらとても実現できる気がしない。

 ドラあいつが今ここにいたら、なんて言うだろう?

 まさか夜逃げしてこいとは言わないよな? おばあさんの言う通り、ケジメはつけなきゃいけない。


「あら、あなたは確か……」

「あ、いらっしゃいませ」

 現れたのは、役場の受付嬢だった。やはり今日も黄色の帽子をかぶっている。

薬屋のカウンターこんなところで、なにをなさっているんですか?」

「ご覧の通り、店番です」

「畑は?」

「まぁ、ちょっとしたんです。ここに納品するはずだったので、その埋め合わせで」

「そうですか。それは大変でしたね」

 役場で働いている時よりだいぶ雰囲気が柔らかい。仕事もそんな感じでやればいいのにと思うけれど……いや、大きなお世話だ。俺だって愛想には自信がない。

おばあさん店長は?」

「老人会の旅行に行ってます」

「ああ、そうなんですか」

 そうなんです。

 店番もあるから、殻剥きだけに集中できない。今日だけじゃなく、店番は基本的に俺の仕事ということになっている。

 さほど頻繁に客が来る店じゃないとは言え、変わった注文をする客が来たら、それだけでかなりの時間を取られる。

「今日は何をお求めで?」

千能薬ルルドールを買いに来たんですが……」

「……」

「……ない、ということですよね」

「すいません」

 千能薬ルルドールの調合にはマンドラゴラが要る。

 この三日でもう何回謝っただろう。

 いっそ店頭に「千能薬ルルドール入荷しませんでした」という貼り紙を貼っておきたい。

「では、別件ですが、一文字軍シングル加入の件、考えていただけました?」

「え?」

 誘われてたっけ?

 ああ、遠回しに誘われたことになるのか。

 一般人の討伐禁止令。今後は魔物発生エンカウントがあっても素人は手出しできない。元冒険者の技能を活かしたかったら一文字軍シングルに入るしかない。

 去年の歓迎会の時には「ようこそ勇者様」っていう横断幕が出ていた(※勇者ではない)。俺もついその気になって、いざって時はやってやろうと思っていた。

 その結果が、あのザマだ。

「……」

 それでも、俺が正式に一文字シングルになれば、村の人たちには喜ばれるだろう。

「まぁ、まだ考え中です」と、俺はお茶を濁した。

「そうですか」と、受付嬢はで言った。「『加入』といっても、さほど拘束されるものではないんです。最初に簡単な書類を出して、試験に合格していただければ、あとは今まで通りご自分のお仕事が続けられます。討伐の際にはきちんと報酬が支払われますし。ぜひご検討ください」

「はぁ……」正直、入る気はないんだけど。「書類というのは?」

「本当に簡単なものですよ。出身地とか、今までの職歴とか、ごく一般的な履歴書です」

「……」ね。ま、そうだよな。

 この人、俺がガシェバ事件九・一六の孤児だって知ったら、どんな顔をするんだろう。


 役場の受付嬢が帰り、俺は作業を再開した。

 ぷち、ぷち、ぷち……

「……」

 今考えなきゃならないことは、この殻剥きを一日でも早く終わらせる方法。

 でも、妙手があるか?

 ウニグルミの殻剥き。なにかもっとうまいやり方があるなら、とっくに誰かが編み出しているだろう。こうするしかないから、結局このやり方が伝わっているんだ。

 やり方はこれしかない。加速したければ、を増やせばいい。

「……」

 召喚魔法で、作業員を増やす。

 わりと早い時点で考えてはいた。これならただのバイトがバイト兼修行になる。

 最初のうち能率が落ちることは覚悟しよう。万能型マルチ万能型マルチらしいところを発揮してやる。

 召喚魔法は――をよく知っているほど容易になる。

 アルベルトの手乗り兵団ミニオンズ。あいつの真似なんてしたくないけど、手乗り兵団ミニオンズなら何度もこの目で見てきた。うちのパーティーにとってはほとんどペットみたいなものだった。形も動きもよく覚えている。

 この状況を打破するために、俺は、あいつの魔法をパクる。

 トゲ抜きの手を止めて、手乗り兵団ミニオンズ召喚の詠唱を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る