3-3 分析

 いたた、頭いってぇ。知りたくもない記憶がガンガン流れ込んできてパンクする。

「ドーラさん、具合でも悪いの?」と、サラがこちらの顔色を見て言う。

「ああ、なんでもない。ちょっと人混みが苦手なだけでね」


 岩窟人形ディフ・ゴーレムを倒したあと、あたしたちは予定通り、ナバル島から撤退した。

 ここは港町セントナバル。ナバル島に挑む冒険者たちの拠点だ。この町の酒場で、あたしはガラハドたちと出会った。

 一昔前はのどかな漁村だった。それが、沖合いに七大魔山の三番目ナバル島が現れたことで急激に発展した。みるみるうちに宿屋・武器屋・魔法屋その他もろもろが建ち並んで、人口は三倍以上に膨れ上がった――ってのは、の受け売りだけど。

 七大魔山セブンサミッツの近くの町はどこもそんな感じらしい。町長にしてみればウハウハだろう。脅威っつーより観光スポット、いや、それ以上だ。なにしろ山じゃ鉱物とか木の実、魔物の皮なんかの報酬リターンが手に入る。登頂クリアを目指さないで狩猟採集、、、、を専門にしてるパーティーも珍しくない。

 今んとこ世の中は平和なんだな――ってことが、これまでにすれ違った数百人の記憶から理解できた。問題と言えば宗教上の対立と魔物発生エンカウントの微増ぐらいだ。

 冒険者たちはたいてい「七大魔山セブンサミッツの謎を解明する」ってのをお題目にしてるけど、実は解明なんて誰も望んでない。そんなことより今の好景気フィーバーがなるべく長く続いてほしいってのが本音だろう。


「おかえりなさいませ、ガラハド様」と、宿屋の主人が控えめな笑顔で出迎えた。

「駄目だった。不測の事態が起きてね」と、ガラハド。

「どなたかお怪我は?」

「いや、全員無傷だ」

「さすがはガラハド様。冒険は体が資本ですからね」

 と、主人はヨイショしてるけど、内心じゃガラハドの過剰な慎重さを笑いつつ、長期逗留するいいカモだと思ってる。

 ガラハドもガラハドで、いいカモだと思われてるってことは理解してる。

 まったく、人間ってのは上っ面だけ見ててもわからんもんだ。

「今日は各自休んでください。明日の朝八時、このラウンジに集合。議題は今回の反省、資源リソース補充の分担、次回挑戦アタックのスケジュールです」

「了解」

 エバンスん家を発って今日で一ヶ月。あたしの初めてのは、可もなく不可もなくという感じで終わった。


 部屋に入ると、すぐに完全変化トランジスタを解いた。

 ふーやれやれ。やっぱこの姿のほうが落ち着く。宿は個室を取らせてほしいって話を先にしといてよかった。

 観葉植物の鉢に黒魔法薬ブラックアムリタを撒いて、もぐりこむ。

 ちょっくらお邪魔しますよっと。お、なかなかいい土じゃん。

「ふいー、極楽極楽」

 滋養が体にしみ込むのを感じながら、あたしは自分の能力について、わかったことを整理する。


□ 半径約十メートル以内に入った人間のすべての記憶を読む。

□ 読み取りはあたしの意思と関係なく自動的に行われる。

□ 同じ人間の記憶を二度読むことはできない。

□ 言葉を使わない生物(魔物・動物など)の記憶を読むことはできない。


 エバンスへの手紙じゃ便利すぎるって書いたけど、この能力にも弱点は結構ある。

 まず、発動しっ放しって点。とにかくこれが一番厄介だ。に入った奴の記憶は容赦なく流れ込んでくる。初めて町に来た時は気絶するかと思った。

 それから、一人に一回しか使えないって点。たとえばなにか犯罪が起きた時、犯人がその事件の前にあたしと会ったことのある奴だったら、犯行についての記憶は読めない。だからって他人と知り合うタイミングをコントロールするなんてのは無理がある。この能力で取れるのは「情報」じゃなくて「知識」だと思っといたほうがいいだろう。

 もう一つ、バレたら終わりって問題もある。これまでの全部の記憶が読める奴になんて誰も近寄りたくないに決まってる。エバンスに明かしたのは、自分の意思だからいい。あのヒゲ、なんつったっけ――ああ、ノートンだ。あいつにはつい「思考盗聴マインドハックよりタチの悪いなにか」を持ってるってことを言っちまった。やっぱ酒は怖ぇや。今後は気をつけねぇとな。

 ――と、まぁ、いろいろ不便な点はあるが、慎重に使えば、この能力でに食い込んでいけるだろう。それがあたしの使命だ……と思う、たぶん。中枢ってのはなんなのか、どこにあるのか、それはこれから探せばいい。


 そのへんまで考えた時、ドアを叩く音がした。

「ドーラさん、今いい?」と、サラの声。

 あたしは土から這い出すと、すぐに完全変化トランジスタをかけ、ドアに向かって言った。

「おぅ、どうした?」

「ごめん、寝てた?」

 返事に間があったからな。「……ああ、ウトウトしてた」そう言いながら、鍵を外してドアを開ける。

「ちょっと二人で飲まない?」と、酒瓶を持ったサラが言った。

「……いいね」酒は怖ぇと思った矢先だが、ま、ちょっとぐらいいいだろう。


「おつかれー」つって乾杯して、セントナバル名産、イワシの油漬けの缶詰めオイルサーディンを開ける。

 うめえ。味がギュッとしてやがる。日持ちするし酒に合うって、油漬け発明した奴は天才だな。

「ドーラさんはなんでうちのパーティーに入ったの?」

「あー、そうだな」まさかサラがいたからとは言えない。「ぶっちゃけ、ナバル島に行くパーティーならどこでもよかった」

「でも、ドーラさんなら単独ソロでもナバル島登頂クリアできそうだよね」

「そうだったかもな。あたし、七大魔山セブンサミッツの難易度がよくわかってなくてさ」

「ずっとしてたんだっけ」

「ああ」そういう設定。

「びっくりした、今日。テオ流まで使えるなんて知らなかったから」

 当て身インパクトの瞬間に属性付与ウェポン系を爆発させるテオドール流格闘術。通りすがりの武闘家から

「私の加護プロテクション、いらなかったね」

「確かに今日は一発も喰らわないで済んだけど、あんたの加護プロテクションはすげーよ」

加護プロテクションだけはね」と言って、サラは視線を落とした。

 加護プロテクションはできねぇもんな――と思いながら、あたしは自分の空いたグラスに酒を注いだ。

「私、別のパーティーにいたんだ、昔。十年ぐらい」

「そうなんだ」知ってるけど。「長いね」

学園アカデミーの同期の四人組でね。結構いいチームだと思ってた」

「十年続いたんだもんな」

「でも、最後はケンカ別れみたいになっちゃって」

 ケンカ……ね。

「リーダーが最後なんであんなに怒ってたのか、実は今でもよくわかってないんだ」

 いやー、それは嘘だな。エバンスが怒るってのは最初からわかってただろ?

 んなら自分から言っちまうべきだったと思うぜ、あたしは。

「そのリーダー、どんな奴だった?」

「うーん、なんだろう。いい奴だったよ」

 だとよ、エバンス。

「ガラハドさんの考え方には賛成なんだけど、やっぱり同期で組んだパーティーみたいにはなれないね」

「仲良しこよしがしたいわけだ?」

「甘いと思う?」

「まーね」

「わかってる。けど、私、加護プロテクションしか能がないからさ。なんていうか、パーティーのためにって思えるパーティーがいいな、っていう……わかる?」

「なんとなく」

「……ドーラさん、うちのパーティーに、ずっとはいないでしょ?」

「……たぶんね」

「またドーラさんみたいな、話しやすい女の子が入ってきてくれるといいんだけど」

「あー、隊長ガラハドはただ仕事するだけって感じだし、もう一人ジンはわけわかんねーしな」

「そう。ホントそれ」

 マントのフードを目深にかぶった無口な黒魔導士メイジ。無口っつーか無言。コミュニケーション不足を観察力でカバーして、戦闘はソツなくこなす。

 ――それだけなら「変な奴だな」で済む。

 記憶が読めなかった。つまりあたしは、パーティーに入る前に、どこかであいつと会ってたってことになる。いつ、どこで? 思い出せねぇ。もちろん最初に会った時に名前も読んだはずなんだが、関わり合いになると思ってない奴の名前なんかいちいち覚えてられない。

 ジンがこのパーティーに入ったのはあたしとほぼ同じタイミング。あたしの参加が決定して、さてあと一人って時に、無言でスッとメンバー募集のチラシを出してきた(応募の意思表明だったらしい)。つまり、ガラハドもサラもジンの過去についてはなにも知らない。

 それとも、「一度会う」以外に記憶が読めなくなる条件があるのか?

「ねぇ、ドーラさん。なんか植えようとしてたの?」

「え?」

「その鉢」

 あ、やっべ! 自分の入ってた穴埋めんの忘れてた。

 つーかよく気づいたなそんなとこ。あっ、鉢の周りに土こぼれてるからか。

「いや、その、さっきそこで小銭バラまいちまってさ」うおー、苦しい言いわけ。「鉢ん中に落ちなかったか見てたんだ」

「あ、そうなんだ……?」

 疑問に思われてる……

 くそ、あたしのバカヤロウ!

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