3-2 返信

前略 ドラ子へ

 手紙をありがとう。

 返事を出そうにもお前が今どこにいるかわからないから、頭の中で返事を書くことにする。

 お前の考えはよくわかった。一年以内にエッダ山っていうのは、無茶だけど、理解できる。そのぐらいしなきゃ、ウダウダやってた遅れは取り戻せないだろう。

 やるよ。お前の出してくれた課題、クリアしてみせる。

 やっぱり「冒険」がしたいから――っていうのが半分。もう半分は、お前と離れたくないからだ。

 勘違いするなよ。俺は魔物を性愛の対象にする趣味はない。

 でも、不思議なもんだよな。たった二日間一緒に過ごしただけなのに、お前のことは何年来の仲間って気がしてる。過去がわかる能力のせいでもあるんだろうけど、それだけじゃないと思う。

 お前をガッカリさせたくない。もしここで俺が逃げたら、もう二度と会ってくれないだろ。それだけは嫌なんだ。

 だから、やる。

 やるんだが――お前、大事なことを見落としてないか? それとも、これもひっくるめて「課題」ってことなのか?


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 おばあさんがオオカミになった。

 今の今までニコニコと俺の話を聞いていた薬屋のおばあさんが、一瞬にして獰猛なオオカミの姿になった。着ていた服はそのままなので、俺はちょうど騙されて食べられそうになっている赤ずきんちゃんのような状態と言える。

「……」

 なにをどうしたらいいかわからない。

 オオカミの牙のすき間からふしゅーふしゅーという音が漏れ、だ液が下あごに垂れる。

「びっくりさせてごめんなさいね。あなたを取って食おうというわけじゃないのよ」と、オオカミが柔和な口調で言った。「この変化トランスは単なる〝怒りの表現〟なの」

「……」

「もちろんあなたも被害者なわけだけど、私もマンドラゴラが手に入るっていうつもりでいろいろ準備していたのでね」

「はい。あの、それは本当に申し訳なく……」

「実を言うと、百株もいらなかったのよ。でも若い人を応援してあげたくてね。ごめんね恩着せがましいこと言って」

「いえ」

「だからもう百株分の調合素材を用意してあったの。なのに肝心のマンドラゴラがないってどういうこと?」

「……」

「ううん。盗まれたんだものね。そこは仕方ないと思うの。でも、また冒険者をやるってどういうこと?」

「それは、その……」

「無駄になった調合素材はどうしたらいいの?」

「あの、ですから、盗まれた作物を取り返しに行く意味もあって……」

「いつまでに?」

「え?」

「いつまでに取り返すの?」

「……まぁ、たぶん、一年以上はかかるかと」

 オオカミの毛が一気に逆立ち、俺は死を覚悟した。

「一年もしたら腐るでしょ? マンドラゴラも素材も全部。当たり前でしょ?」

「はい、えっと、ですので、犯人に弁償させるというか」

「手がかりは?」

「いえ、まだ、なにも」

「被害届けは?」

「あ、そこは、自分で捕まえたいと思ってまして」

「……あなたこの村に来た時、冒険はもう嫌になったって言ってたわよね? たった一年しかやらないで、今度はもう農業が嫌になったの?」

「……」

「悪いけど信用できないの。犯人捜しはなんでしょ?」

 そう訊かれれば「……はい」と答えざるをえない。

「あなたの人生なんだから好きにしたらいいけど、一度始めたことはちゃんとけじめをつけるべきじゃないかしら?」

「……」おばあさん(オオカミ)の言う通りだ。「どうしたらいいでしょうか」

「うちで働きなさい」

「……え?」

「もうマンドラゴラは諦めるわ。その代わりあなた、しばらくうちで働きなさい。それでチャラにしてあげる」


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 ドラ子、すまん。

 そういうわけで、俺、とりあえずバイトしなきゃならん。


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 薬屋の奥に案内された。

 薬研や秤などの使い込まれた道具が雑然と置かれ、棚には怪しげなビンがずらりと並んでいる。

「あれよ」と、おばあさん(オオカミから戻った)が指さした先には、大きなタルがあった。

 フタを開けると、中にはウニグルミがぎっしりと詰まっていた。見ているだけでチクチクする。

「ウニグルミの殻剥きやったことある?」

「いえ」

「そう。結構面倒なのよこれ。万力まんりきで挟んで割るんだけど、万力に当たる部分は先にトゲ抜かなきゃいけないの。トゲを万力で押し込むと中身がだめになっちゃうから」

 そうだったのか……。殻ごと落ちている状態と剥かれた状態しか見たことがなかった。

「あなた、なるべく早く旅立ちたいのよね?」

「……はい、できれば」

「じゃあ、いつまで働けとは言わないわ。この樽百杯分剥き終わったら、それで終わりにしていいから」

「……?」ひゃく?

「頑張れば頑張っただけ早く済むわね。おばあちゃん優しいでしょ」

「……参考までにお尋ねしますが」

「なあに?」

「だいたいどのぐらいで終わるものでしょうか」

「そうねえ。私なら、せいぜい一日一樽ってとこかしらね」

「……」

 ドラ子の出した課題はエッダ山登頂。修行、仲間探し、旅行記の研究と対策――やるべきことはいくらでもある。

 一年あっても相当厳しい。なのに、推定三ヶ月以上、バイトに費やされることになった。

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