3-1 先行
前略 エバンスへ
お前がこの手紙を読んでる頃、あたしはもうお前ん家にはいないだろう。
----------
「ハズレを引いてしまいましたね……」
敵の身長は人間のざっと二・五倍。筋骨隆々。
「やむをえません。退却しましょう」と、ガラハドの冷静な声。
それを無視してあたしは、身構えた。
「ドーラさん!」
「進もうぜ、隊長。せっかくここまで来たんだからさ」
「奴の出現は想定外です」
「だから?」
「想定外の事態が起こったら退却と決めてあったでしょう。避けられるリスクは避けなければ」
旅行記に頼りきりの冒険者たちの中でも、ガラハドは特に慎重なことで有名だ。
うんざりするほど事細かに段取りを決めて、必要と思われる倍以上の
だから、時間がかかってる。要するに、フケてる。もっとわかりやすく言えば、ハゲてる。御年五十五歳。普通ならとっくに引退してる歳だろう。
いつまでこの世界にしがいついてんだって、嘲笑する奴もいる。けど、一部じゃ尊敬されてもいる。完璧なプランを練ってプラン通りに動くってのはそんなに簡単なことじゃない。
実際、今こうして
----------
はっきり言って、あたしの情報収集能力は便利すぎる。近づくだけでそいつの知ってることが全部わかるんだからな。拷問の必要すらねぇ。
その気になりゃマンドラゴラを盗んだ犯人なんかすぐ見つかっちまうだろう。でもそれじゃつまんねぇだろ?
なにをお前に伝えてなにをまだ秘密にしとくか、いちいち考えりゃいいんだろうが、面倒くせぇし正解もわからねぇ。だいいちあたしの性に合わねぇ。
つーわけで、一足先に行くことにした。
当然、美女の姿でな。三日に一回ぐらい魔力を回復すれば、あたしはずっと
----------
「なぁ隊長、正直な話、楽しいか?」
「〝楽しい〟?」
「ガチガチに作戦固めて、決まったパターンで出てくる魔物を作戦通りにやっつけてよ、それってただの作業じゃねぇか?」
「……そんな風に思っているなら、なぜ私の勧誘を受けたんです?」
「悪い。言い方が刺々しかったな」
「私が求めているのは
「……」
ガラハドは――若い頃、兄弟みたいに育った仲間を亡くしてる。当時のリーダーが無茶な突撃をさせたせいだ。今ガラハドが安全な攻略にこだわってるのは、かたき討ちのつもりなんだろう。
立派だとは思う。でもあたしとしては、もうちょっと楽しんでほしいんだよな――死んだ仲間のためにも。
「スリルが欲しいなら引き止めませんよ。他のパーティーを探してください」
「悪かったって。少なくともこの山を
「では、退却です」
「ああ、退却しよう。あいつを倒してからな」
「ドーラさん!」
「断言する。あいつはあたし一人で倒せる。隊長たちは間合いの外で見ててくれ」
「どうしてそんな、意味のないことを」
「意味ならあるさ。あたしの実力を見せときゃ今後の参考になるだろ?」
「君の噂は方々で聞いています」
「噂で聞くのと目で見るのとじゃ違うはずだぜ。あんたも噂で聞くより芯の通った男だった」
「……」
「まぁ見てなって」
「
あ、いらねぇのに――とも言えねぇか。
ガラハドが咎めるような目でサラを見る。
サラは顔色一つ変えずに言う。「いいじゃないですか、隊長。突破しようって言ってるわけじゃありませんし」
「ダメージを負うかもしれないでしょう」
「ダメージなんか負いませんよ。四人分の
「……ああ、そうだな」
サラ。エバンスのかつての仲間の一人。エバンスはサラについて「パーティーの中で唯一高みに行ける存在」と見てた。
実際、サラの
顔はまぁ、かわいいほうか。地味っつーか、素朴? パン屋の看板娘なら似合いそうだが、冒険者っていう風格じゃねぇ。こんなフツーっぽい女子からこれほど強力な
もちろん、会った瞬間に、過去はわかった。エバンスが解散を宣言した時、彼女がなにを思ってたかも含めて、全部。でも、彼女が新しいチームでどんな風に戦うか、なにを目指すのか、未来のことはわからない。
----------
課題を与える。
今日から一年以内に、
お前が三番目止まりだったのはよくわかってる。普通なら一年で三つも制覇するのは不可能ってこともな。
安心しろ。
来年の今日、ベルゲンゼリアの時計塔にて待つ。エッダ山の山頂の
エバンス、お前ならできる。信じてるぜ。
----------
「じゃ、しっかり見といてくれよな」
「気をつけて」と、サラ。
「無理はしないでください」と、ガラハド。
「……」と、もう一人の仲間、ジン。
こいつが喋るのを聞いたことがない。というか、こいつに関してはわからないことだらけなんだが――まず男か女かわかんねぇ――ひとまず目の前の敵に集中しよう。
これまでの戦闘は陣形戦の練習のつもりだったから、好き勝手暴れるのは久々だ。
「起きろよ。遊ぼうぜ」堂々と声をかけながら、ただの歩み足でまっすぐ近づいていく。間合いの外から遠隔攻撃なんていうセコい真似はしない。
前にかわして、すぐ引き返す。
「せーの」
踏み込んできた奴の右足の裏面に、左肘を撃ち込む――の瞬間、
入った。岩の破片が飛び散る。どうよこの華麗な膝かっくん。
正面に回って、奴の太ももを踏み台にして飛び上がる。このまま決めちまおう。
脳天に、かかと落とし。プラス、
鈍い音がして、跳ね返された。空中で体勢を直して、ギリギリ着地。危ねぇ危ねぇ、狙い過ぎた。
すぐさま奴の右拳が飛んでくる。いいね、こんな低い位置の相手に対して、
回避、ついでに乗れるか? いや、戻りが速い。乗るのは無理だ。
左の
よし、態勢が崩れた。
地面を蹴って飛ぶ。奴の左わき腹に渾身の右拳。今度こそ決める。
手ごたえあり。
爆風が奴の胴体を貫いて、打点から反対のわき腹にかけて、文字通り風穴が空いた。
いかにも岩の魔物らしい低い悲鳴と共に、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます