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前略 エバンスへ

 お前がこの手紙を読んでる頃、あたしはもうお前ん家にはいないだろう。


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「ハズレを引いてしまいましたね……」岩窟人形ディフ・ゴーレムの巨体を前にして、隊長のガラハドが苦虫を噛み潰すように言った。

 敵の身長は人間のざっと二・五倍。筋骨隆々。

 七大魔山セブンサミッツ魔物発生エンカウント――最近増えてるって噂だけど、いきなりお目にかかれるとはね。

「やむをえません。退却しましょう」と、ガラハドの冷静な声。

 それを無視してあたしは、身構えた。

さん!」

「進もうぜ、隊長。せっかくここまで来たんだからさ」

「奴の出現は想定外です」

「だから?」

「想定外の事態が起こったら退却と決めてあったでしょう。避けられるリスクは避けなければ」

 旅行記に頼りきりの冒険者たちの中でも、ガラハドは特に慎重なことで有名だ。

 うんざりするほど事細かに段取りを決めて、必要と思われる倍以上の資源リソースを準備してから挑戦アタックする。メンバーの体調にも気を遣い、絶対に無理をしないし、させない。

 だから、時間がかかってる。要するに、フケてる。もっとわかりやすく言えば、ハゲてる。御年五十五歳。普通ならとっくに引退してる歳だろう。

 いつまでこの世界にしがいついてんだって、嘲笑する奴もいる。けど、一部じゃ尊敬されてもいる。完璧なプランを練ってプラン通りに動くってのはそんなに簡単なことじゃない。

 実際、今こうして四番目の山ナバル島の中腹まで届いてんだから、それ以下の奴にぐだぐだ言う資格なんかねぇんだ――エバンスも含めて。いや、あいつも慎重派だったんだから、尊敬する側だろうけど。


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 はっきり言って、あたしの情報収集能力は便利すぎる。近づくだけでそいつの知ってることが全部わかるんだからな。拷問の必要すらねぇ。

 その気になりゃマンドラゴラを盗んだ犯人なんかすぐ見つかっちまうだろう。でもそれじゃつまんねぇだろ?

 なにをお前に伝えてなにをまだ秘密にしとくか、いちいち考えりゃいいんだろうが、面倒くせぇし正解もわからねぇ。だいいちあたしの性に合わねぇ。

 つーわけで、一足先に行くことにした。

 当然、美女の姿でな。三日に一回ぐらい魔力を回復すれば、あたしはずっと完全変化トランジスタを維持できる。


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 岩窟人形ディフ・ゴーレムは反撃専門。間合いに入りさえしなければ、あちらからは攻撃してこない。けど、避けて通れる道はない。進みたければ倒すしかない。

「なぁ隊長、正直な話、楽しいか?」

「〝楽しい〟?」

「ガチガチに作戦固めて、決まったパターンで出てくる魔物を作戦通りにやっつけてよ、それってただの作業じゃねぇか?」

「……そんな風に思っているなら、なぜ私の勧誘を受けたんです?」

「悪い。言い方が刺々しかったな」

「私が求めているのは登頂クリアという結果だけです」

「……」

 ガラハドは――若い頃、兄弟みたいに育った仲間を亡くしてる。当時のリーダーが無茶な突撃をさせたせいだ。今ガラハドがにこだわってるのは、かたき討ちのつもりなんだろう。

 立派だとは思う。でもあたしとしては、もうちょっと楽しんでほしいんだよな――死んだ仲間のためにも。

「スリルが欲しいなら引き止めませんよ。他のパーティーを探してください」

「悪かったって。少なくともこの山を登頂クリアするまではあんたの指揮下だ。指示には従う」

「では、退却です」

「ああ、退却しよう。あいつを倒してからな」

「ドーラさん!」

「断言する。あいつはあたし一人で倒せる。隊長たちは間合いの外で見ててくれ」

「どうしてそんな、意味のないことを」

「意味ならあるさ。あたしの実力を見せときゃ今後の参考になるだろ?」

「君の噂は方々で聞いています」

「噂で聞くのと目で見るのとじゃ違うはずだぜ。あんたも芯の通った男だった」

「……」

「まぁ見てなって」

大いなる加護ラ・プロテクション」――サラの防御魔法があたしを包む。

 あ、いらねぇのに――とも言えねぇか。

 ガラハドが咎めるような目でサラを見る。

 サラは顔色一つ変えずに言う。「いいじゃないですか、隊長。突破しようって言ってるわけじゃありませんし」

「ダメージを負うかもしれないでしょう」

「ダメージなんか負いませんよ。四人分の加護プロテクション解除して一人に集めたんですから。ね、ドーラさん?」

「……ああ、そうだな」

 サラ。エバンスのかつての仲間の一人。エバンスはサラについて「パーティーの中で唯一高みに行ける存在」と見てた。

 実際、サラの加護プロテクションは図抜けてる。かける対象を一人に集中しても、普通ここまでのにはならない。安心感が違う。最高級の鎧でも着てるみてぇだ。

 顔はまぁ、かわいいほうか。地味っつーか、素朴? パン屋の看板娘なら似合いそうだが、冒険者っていう風格じゃねぇ。こんなフツーっぽい女子からこれほど強力な加護プロテクションが出るんだから、世の中なにが起こるかわからねぇもんだ。

 七大魔山セブンサミッツってやつを体験してみたかった。近場のナバル島に挑むパーティーならどこでもよかった。ガラハドの勧誘を受けたのは、実のところ、サラがいたからだ。興味がわいた。

 もちろん、会った瞬間に、過去はわかった。エバンスが解散を宣言した時、彼女がなにを思ってたかも含めて、全部。でも、彼女が新しいチームでどんな風に戦うか、なにを目指すのか、未来のことはわからない。


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 課題を与える。

 今日から一年以内に、六番目の山エッダ山の頂を踏め。

 お前が三番目止まりだったのはよくわかってる。普通なら一年で三つも制覇するのは不可能ってこともな。

 安心しろ。四番目ナバル島五番目ウルヌカス火山は飛ばしていい。目的は七大魔山の攻略コンプリートじゃなくてただの修行だからな。それに、火球パイロ系が得意なお前はエッダ山の敵とは相性がいいはずだ。一人ソロじゃなくていいし、旅行記攻略本も見ていい。楽勝だろ。

 来年の今日、ベルゲンゼリアの時計塔にて待つ。エッダ山の山頂のエビデンスを持って会いに来い。

 エバンス、お前ならできる。信じてるぜ。


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「じゃ、しっかり見といてくれよな」

「気をつけて」と、サラ。

「無理はしないでください」と、ガラハド。

「……」と、もう一人の仲間、ジン。

 こいつが喋るのを聞いたことがない。というか、こいつに関してはわからないことだらけなんだが――まず男か女かわかんねぇ――ひとまず目の前の敵に集中しよう。

 これまでの戦闘は陣形戦の練習のつもりだったから、好き勝手暴れるのは久々だ。

「起きろよ。遊ぼうぜ」堂々と声をかけながら、ただの歩み足でまっすぐ近づいていく。間合いの外から遠隔攻撃なんていうセコい真似はしない。

 人形ゴーレムの目が光った。と思った瞬間、頭上に奴の足。おお、でかい図体ナリして速ぇじゃん。

 前にかわして、すぐ引き返す。

「せーの」

 踏み込んできた奴の右足の裏面に、左肘を撃ち込む――の瞬間、風属性付与グリーンウェポン

 入った。岩の破片が飛び散る。どうよこの華麗な膝かっくん。

 正面に回って、奴の太ももを踏み台にして飛び上がる。このまま決めちまおう。

 脳天に、かかと落とし。プラス、風属性付与グリーンウェポン――あ、やべ、ちょっと発動遅れた。

 鈍い音がして、跳ね返された。空中で体勢を直して、ギリギリ着地。危ねぇ危ねぇ、

 すぐさま奴の右拳が飛んでくる。いいね、こんな低い位置の相手に対して、拳闘士ボクサーばりに鋭い直突きストレート

 回避、ついでに乗れるか? いや、戻りが速い。乗るのは無理だ。

 左の鍵打ちフックが来てる。ギリギリまで引きつけて、かわす。風圧を感じながら、拳の進行方向に風球ゲイル

 よし、態勢が崩れた。

 地面を蹴って飛ぶ。奴の左わき腹に渾身の右拳。今度こそ決める。風属性付与グリーンウェポン――圧縮型コンプ

 手ごたえあり。

 爆風が奴の胴体を貫いて、打点から反対のわき腹にかけて、文字通り風穴が空いた。

 いかにも岩の魔物らしい低い悲鳴と共に、岩窟人形ディフ・ゴーレムは前のめりに倒れた。

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