2-10 校庭

 犯人の手がかりになるようなものはなにも見つからなかった。

 白昼堂々、高級魔法鍵アヴァロンを破って、あれだけの量のマンドラゴラを運び出したのだから大したものである。

「これで立ち上がるしかなくなったな」と、ドラ子。

「立ち上がる?」

「取り返しに行くだろ、作物」

「……」

「行こうぜ。七大魔山セブンサミッツなんつーみんなが目指してるもん惰性で目指すよりよっぽどいいじゃねぇか」

「……」

 もちろん、諦めるわけにはいかない。このままじゃ収入ゼロ。自分用のパンもドラ子に飲ませる酒も買えなくなる。

「わかった。行こう」

 冒険――と呼ぶには受動的だけれど、ドラ子が手を貸してくれるなら、面白くなりそうだ。

「よし。そんじゃま、今日のとこは寝とけ」

「え? いや、今のうちに聞き込みに行かないと……」

「あたしがやっといてやる。もうお前には活力が残ってねぇ。足手まといになるから家で寝てろ」

「……お前、いい奴だな」

「知ってるよ。じゃーな」と言って、ドラ子は美女の姿で坂道を降りていった。


 一人になると、どっと疲れが襲ってきた。今日は色々なことがあり過ぎた。

 ばったりとベッドに倒れ込んだ俺は、学園アカデミー時代の夢を見た。記憶を辿るだけの、工夫に欠ける夢だった。


 バザン市国国立武術学園(全寮制)。

 武芸を志す十二歳から十六歳の男女が毎年冬に入学試験を受ける。

 指導内容は武器・魔法の使い方から魔物の生態、サバイバル術まで多岐にわたる。

 卒業後の進路は騎士団ぐんたい一文字けいさつ、そして冒険者フリー

 俺が入学した年は、この世界に七大魔山セブンサミッツが出現してわずか二年、冒険者が花形とされていた頃だ。

 戦時中五十年前は監獄だったというその建物は、小綺麗に改装されながらもそれなりの威圧感を残し、無垢な新入生たちに適度な緊張感を与えた。


 十五歳の俺も、身を引き締めて初日の授業に臨んだ。

 しかし、どれほど真摯に取り組んでも、覚えていない魔法は使えない。

「今日は火球パイロの遠投をしましょう!」と、若い女性の担任教師は、挨拶もそこそこに、満面の笑顔で言った。

 周りがガヤガヤと校庭へ出ていく中、俺は一人、真っ青になっていた。


 火球パイロ。消費魔力は少なく、威力も小さく、最も基礎的な攻撃魔法の一つ。素質があれば三歳児でも習得可能だという。

 基礎ゆえに、力の差が現れる。「火球パイロの遠投」は術者同士の腕比べとしてもポピュラーである。

 その火球パイロを、俺は使えなかった。他の系統の魔法ならいくつか使えたのに、火球パイロだけがいつまで経っても覚えられなかった。

 入試では火球パイロの実技なんて課題は出なかった。どうやらこの程度の魔法を一から教えてくれるわけではないらしい。


 クラスメイトたちは次々と火球パイロを飛ばしていく。時おり拍手が起こる。笑い声も上がる、が、少ししか飛ばなかったというだけで、撃てないという者はいない。

 俺の番が近づいてくる。まさか使えないとは言えない。

 こっそりと印を確かめ、魔力を練る。汗が噴き出す。喉が乾く。

「次、エバンス君!」

 進み出る。足が震える。視界が狭い。まるで処刑台だ。


 本番の奇跡は――起こらなかった。


 せめて笑い者になりたかった。憐れみの視線が突き刺さる。

 その日、校庭はあまりに広く、俺はあまりに小さかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る