2-9 逡巡

 家までの坂道を登る。

 ふと、折れた剣の柄に触れる。切っ先は捨ててきた。

 照鉄ミリガンは鉄より硬い。本来、岩が相手なら、あちらを貫くまではいかずとも、こちらが折れるはずはなかった。きっと、目に見えないほどのヒビでも入っていたのだろう。


 サラが全員に加護プロテクションをかける。

「行こう」

 俺がささやくと、アルベルトの召喚した手乗り兵団ミニオンズが岩かげからガチャガチャとにぎやかに飛び出す。

 続いてレオンが岩の上に立ち、両手槌バトルハンマーを構える。「来い!」

 岩窟竜ディフ・ドラゴン手乗り兵団ミニオンズとレオンに気を取られている隙に、俺は敵の背後に回り、サラは魔導書を開いて薔薇の蔓ローズバインドの詠唱を始める。

 あらゆる飛竜は、尻尾のコントロールで全身のバランスを取っている。よって、始めに尻尾を斬るのが定石。対人格闘技ではまず下段蹴りローキックで相手の足を潰すというけれど、それと似たようなものだ。

 無事、回り込んだ。苔むした岩の玉を繋いだような尾が目の前で激しく揺れている。本体が飛び上がろうとする直前、尾が垂直に屹立するはずだ。玉の繋ぎ目を狙って水平に剣を振れば斬れるはず。

 ふと、悪い考えがよぎった。いや、嘘だ。昨夜から何度も考えていた。

 ここでわざと斬り損じれば、三人を窮地に追いやることができる――俺はこの時、彼らの「秘密」を知ったばかりだった。まだ引退の決断には至っていない。

 もし彼らがになれば、俺も無事では済まないだろう。だがそんなことはどうでもいい。

 岩窟竜ディフ・ドラゴン第三の山レガリア山、五合目のボス。散るには悪くない場所と思える。

「……」

 ――馬鹿なことを。そこまで憎いなら、決闘でも申し込め。今はまだ仲間だ。

「エバンス!」と、レオンの声。

「!」

 しまった。もう尾が――間に合うか?

「くそっ!」

 跳躍し、剣を払う。

 鈍い音。弾かれた。

 風を巻き起こしながら、岩窟竜ディフ・ドラゴンの巨体が飛翔する。

 サラの薔薇の蔓ローズバインドが地面から吐き出され、岩窟竜ディフ・ドラゴンの脚を追う。しかし、届かない。本来は尻尾を斬り、飛べない状態にさせてから使うはずだった。

 ――わざとではなかった。いや、その逡巡に意識を奪われていたのだから、「わざと」に含まれるのかもしれない。

 岩窟竜ディフ・ドラゴンが上空で身を翻し、大きく口を開いた。

 まずい、毒の吐息ベノムブレスだ。

「逃げるぞ!」

 俺が叫んだ時、レオンは右手に輝くものを持ち、上体を大きく仰け反らせていた。

 放たれた雷槍サンダーランスは見事、岩窟竜ディフ・ドラゴンの真っ赤な口内に突き刺さった。

 岩窟竜ディフ・ドラゴン、苦悶の咆哮を上げながら墜落する。大地が揺れる。

 手乗り兵団ミニオンズがすかさず岩窟竜ディフ・ドラゴンの全身にまとわりつき、攻撃を始める。

「すまん」と俺が言うと、レオンは「当たるとは思わなかった」と笑った。

 あいつは俺の迷いに気づいていたのだろうか? その答えは、今でもわからない。


 家に帰り着いて、折れた剣を放り込んでおこうと、納屋の錠前に鍵を差し込んだ。

 すると、鍵は、空いていた。

「……?」

 出かける時、かけるのを忘れた?

 いや、それはない。確かにかけた。

 にわかに緊張しながら、戸を開く――と、そこには今までと変わらない納屋の光景があった。

 今まで……正確には、マンドラゴラを収穫する前と。

「なぁ、ドラ子」

「おぅ」

「お前のはどこ行った?」

「さぁな」

「……」

「盗られたな」

 いやいや、落ち着け。本当に「納屋」にしまっただろうか?

「……」

 間違いない。ノートンにもここで売った。収穫したマンドラゴラ約三百株、確実にここにしまってあった。

 サーっという音。これは……ああ、血の気が引く音か。

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