2-8 規則

「というわけで、違反金五百ガウンをお支払いください」

 俺が唖然としていると、受付嬢は続けて言った。

「もう一度最初からご説明しましょうか?」

「いえ、理解はしたんですが」

①最近、魔物発生エンカウントの頻度・危険度が上昇している。

②それに伴い、民間人が討伐しようとして返り討ちに遭うケースが増えている。

③そこで、民間人の討伐は全面的に禁止とする。

 ――ということになっていたらしい。いつの間にか。

「規則ですので」

「おいおい姉ちゃん、そりゃねえんじゃねえか」と、シンが言った。「ここは普通ありがとうございましたっつって金一封出すとこだろ」

「有資格者による正式な討伐に対してのみ報酬が支払われます。民間人の勝手な討伐は、その成否に関わらず処罰の対象となります」

「それは……いつからそういう決まりになったんですか?」

「掲示板でお伝えしてあったはずです。きちんと見ていただかないと困ります」

 広場の掲示板か……確かに見ていなかった。

「けど倒しちまったもんはしょうがねえじゃねえか。怪我だってしてんだぜ」と、シン。ずいぶん親身になってくれている。

「お二人は今回無駄足を踏まされたわけですよね」

「んなことはいいんだよ」

「こういったケースを防ぐためでもあるんです。魔物発生エンカウントの件数に対して一文字軍シングルは不足気味です。討伐できる実力があるなら一文字シングルの免許を取得して、連絡網の中に加わっていただきたいんです」

「お嬢ちゃんの言い分はもっともじゃ」と、腕組みをしていたリョーマが言った。

「けどリョーマさん、こんな杓子定規な処分が『正しい』んですか?」

「例外を認めりゃそっからバタバタ崩れることもある。民間人を守るためやき、仕方ないろう。ところで嬢ちゃん、わしらの報酬はどうなるがじゃ?」

「通常通り支払われます」

「そんなら、いただこう」

「では、前金と合わせてお渡しします」

「おぅ」

「どうぞお収めください。お疲れ様でした」と、受付嬢は封筒を差し出した。「お疲れ様でした」は定型文なのだろう。

「で、わしらからこちらさんに金一封じゃ」と、リョーマは封筒から五百ガウン札を一枚取り出し、受付に置いた。「違反金は五百やったよな?」

「お二人がそれでよろしければ」

 俺が制止しようとするのを、リョーマが遮った。

「すまんの。封筒ごと渡したいとこやけんど、旅費も報酬に含まれちゅうし、わしらもこれで飯食ゆうきに」

「すいません、ありがとうございます」

「ニブル地区第四班所属のリョーマとシンじゃ。何かあったらいつでも連絡をくれ」


「この縁が報酬みたいなもんだな」と、役場を出たところで、俺はドラ子に小声で言った。

「コスプレだけどな」と、ドラ子。

「え?」

「あいつら、東洋人じゃねえ。リョーマとシンって名前も本名じゃねえし、服装も言葉遣いもコスプレだ。東洋の偉人伝に憧れてるんだとさ」

「そう……なのか」

「ま、咎めるようなことじゃねえか。それより、お前どうすんだ」

「俺?」

「今後はもし魔物発生エンカウントがあっても、民間人おまえは一切手出しできないってことだぞ。一文字シングルの免許取るのか?」

 掲示板を見ると、受付嬢の言った通り、討伐禁止を知らせる貼り紙が出ていた。その横に一文字軍シングル募集のチラシも貼られている。目力の強い女性士官が敬礼している絵だ。俺も男なので、こんな子に敬礼されてみたいと思わなくはない。

 一文字軍シングル。冒険者引退を決意した時、一度考えた道ではあった。

 今後、通報しかできないのは歯痒い。ただ、ずっと「自由」だったからだろうか、組織に組み入れられることに対して抵抗感があるのだった。

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