2-7 役場

 百羽蝙蝠ハンドバット退治の報告をしに、村役場へ向かった。

 慣例として金一封が出るはずだ。それが目当てだったというわけではないけれど、折れた剣の代金ぐらいは欲しい。

「おいエバンス」と、透明なドラ子が囁く。

 俺は「退治したのはほとんど師匠です」と返した。

「わかってんならいい。あと師匠呼ばわりと敬語やめろ。調子狂う」

「了解」

「言葉に頼らず敬意を払え」

「……了解」


 役場のドアを開けると、受付にはやたらと目立つ後姿の二人組がいた。あれは確か「キナガシ」だ。東洋の伝統衣装だったはず。

「数は?」と、青いキナガシが言った。

 服装に加え、見上げるほどの長身と鳥の巣のような毛髪のせいでさらに目立つ。

「それが、よくわかっていないんです」と、受付嬢が言った。

 彼女はなぜか常に黄色い帽子をかぶっている。制服というわけではない。

「何匹だって構いやしねえ。俺と兄貴にかかりゃイチコロよ」と、赤いキナガシが威勢よく言った。

 いかにも切り込み隊長でございというツンツン頭で、青い方と同じく長身……ではなかった。履物で相当稼いでいる。あれは確か「タカゲタ」だ。

 それにしても、青・黄・赤。見事に原色である。

「では、こちらが前金になります」と、受付嬢。

「いらんきに」と、青。

「え?」

「近頃は前金だけ受け取って、逃がしただの体調崩しただの言うて、ろくに仕事せん一文字シングルが増えちゅうそうやの」

 訛りが強い。どこの言葉だろう。

「そがな腐れた奴らとは違うがじゃ。報酬は仕事のあとでえい」

「でも、規則ですので」

「じゃあ、姉ちゃんが預かっといてくれよ」と、赤。「そんで、どうだい? 仕事が終わったら軽くメシでも」

「困ります」と、受付嬢は食い気味で一刀両断した。誘われ慣れているらしい。

「つれねぇなぁ。ま、考えといてよ」

「困ります」

「シン、もうやめちょけ。脈なしじゃ」

 赤い方はシンという名前らしい。

「そんなことより、前金を受け取っていただきませんと」

「なんぜ、預かってくれんがか?」

「規則ですので」

「ちゃちゃっと倒してすっと戻るき。相手は所詮コウモリやきにのう」

 俺は肩の(透明な)ドラ子と(たぶん)顔を見合わせた。

 コウモリ……やはり。そんな気はしていた。

 一文字軍シングル・ナイツの到着は「早くて来週」とのことだったが、別件が早く片付いたとかで駆けつけてくれたのだろう。無駄足を踏ませてしまった。

「すみません」と、声をかけると、二人のキナガシが同時に振り返っ――たと思いきや、俺の顎に硬いものが触れた。

「なんだテメェ、割り込みか?」

 一瞬、なにが起きたかわからなかった。シンと呼ばれた男が器用に片足を上げ、タカゲタの先端で俺の顎を押し上げているのである。

「シン、やめちょけ」

「けどリョーマさん、割り込みは『正しくない』でしょ?」

 青い方はリョーマというらしい。どこかで聞いたような名だが。

「あんまし人を待たすがも『正しゅうない』がじゃ」と、リョーマ。

 どうやら「正しい・正しくない」が二人にとっての行動規範のようだ。

 シンが舌打ちをしながら足を下ろした。

「あんた、すまんの」

「いえ」

「村の人かえ?」

「はい」

「ん? ちゅうか、あんた、そん怪我どういたがよ?」

「ああ、これは……」

「俺じゃねえスよ」と、シン。

 もうこのまま説明してしまおう。

百羽蝙蝠ハンドバットにやられたんでけど」と俺が言うと、受付嬢のメガネがきらりと光った。

「まっことかえ! 被害者が出ちょったがか」

「急ぎましょう、リョーマさん」

「おぅ」

「おい、場所は?」と、シンが詰め寄ってくる。この手のキャラは大体、距離感が近い。

「もう倒しました」と俺が言うと、「え?」と三原色が口を揃えた。

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