2-4 苦戦

 状況を整理しよう。

 敵は百羽蝙蝠ハンドバットの群れ。総数は三十から五十。

 こちらの武器は照鉄の剣ミリガンソード一本。防具らしい防具は皮の手甲と皮の脚絆だけ。軽装である。なにか長柄の武器が欲しい。

 現在のダメージ。百羽蝙蝠ハンドバットに噛まれた傷が数ヶ所。それ以上に自分の大火球ラ・パイロで負った火傷が響いている。制御コントロールが悪いのは昔からだが、せめて雷球トレノにすべきだった。弱点を突いていない魔法で魔力を大量に無駄遣いしてしまった。

 ドラ子は依然行方不明。透明化トランスペアはあらゆる攻撃に対して無防備になる上、他者に接触されている間は解除できない。

 アルベルトなら――と、俺は思わずにはいられなかった。思うまいとした。思うまいとしたという時は手遅れなのだ。

 アルベルトなら、群れの中の統率者コマンダーを素早く特定し、手乗り兵団ミニオンズを巧みに操って王手をかけるだろう。


 かつての仲間、召喚士アルベルト。

 本来、多種多様な魔獣・神獣を使役するのが召喚士だが、アルベルトは最初から最後まで――少なくとも俺が引退するまで――手乗り兵団ミニオンズしか使えなかった。いや、使なかったと言ったほうが正確だろう。

 彼はいわゆる「マニア」だった。興味の対象は一貫して「陣形」や「戦術」であり、「個人技」や「一騎打ち」には一切関心を示さなかった。

 本人の戦闘能力は平均以下。前髪が無駄に長く、線が細く、覇気がない。「冒険者」より「ひきこもり」や「病人」という肩書きの方が似合う。

 けれど、手乗り兵団ミニオンズの運用だけは圧倒的だった。適切に配置し、適切に歩かせる。敵の反撃は読み切っている。あまりに淡々と勝つので、最初の頃は俺も相手が弱いのだろうと思っていた。

 最大三十六体の小さなブリキの兵隊。一体一体はさほど強くなく、普通は数を頼んで突撃させるだけのものだが、アルベルトが指揮を執れば彼らは立派な騎士団だった。俺たちが通常戦闘ザコ戦であまり苦労しなかったのは、アルベルトの手乗り兵団ミニオンズによるところが大きい。

「お前がリーダーをやった方がいいんじゃないか」と、アルベルトに言ったことがある。

「無理。人間だから」と、彼はチェスの研究書から顔を上げずに答えた。

 アルベルトは必要最低限の単語でしか喋らない。付き合いの浅い者とは会話が成り立たないことが多い。

 俺は返答の意味をすぐに理解した。彼は手乗り兵ミニオンを名実共に「手駒」としか見ていない。数体なら平気で囮や捨て石に使う。最後に勝てるならその過程でどれだけ犠牲が出ても意に介さない。人間はそんな風に扱えない、ということだ。

 陰気で頑固だけれど、どうすればパーティーに貢献できるか、常に考えていた。

 あいつの性格は、嫌いじゃなかった。


 百羽蝙蝠ハンドバットたちが攻撃を再開して、回想は強制的に終了させられた。

 四方八方から時間差をつけて突進してくる。噛みつくのでなく、通り抜けざまに翼で切りつける戦法に変えたようだ。俺の全身は瞬く間に切り傷まみれになった。

 雷球トレノはまっすぐにしか撃てない。

 〝雷属性付与イエローウェポン〟。

 照鉄の剣ミリガンソードが帯電してバチバチと音を立てる。

 正面から来た一匹を狙って左から右へ薙ぎ払う。

 仕留めた。閃光が弾ける。

 しかし、他の個体は怯む様子もなく襲いかかってくる。切り傷がさらに増える。

 敵は百羽蝙蝠ハンドバット。頭上注意。思い出して見上げた時、先ほどよりはやや小さめの岩が、ちょうど落下を開始した瞬間だった。

 二度同じ手を食うか――と、俺は岩に向かって剣を突き上げた。


 数秒――おそらく数秒後、意識を取り戻した時、俺は地面に倒れていた。

 頭が痛み、腕が痺れている。

 かたわらに岩と折れた剣が落ちていた。

 また変化トランスだと決めつけて迎撃したら、今度は本物の岩だったのだ。

「アホか俺は」と、つぶやかずにはいられなかった。

「アホかお前は」と、岩の上から声がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る