2-3 奇襲

 スノーホルムは山麓の村である。村全体が傾いている――経済的にどうかはさておき、少なくとも物理的に。

 俺の家と畑は北のはずれ、村の中で最も高い位置にある。マンドラゴラの栽培は火薬の製造に似て、人里から十分に離れた場所で行うものなのだ。少々不便だが、見晴らしは素晴らしい。晴れた日には海の向こうに転職の塔パレットタワーが見えることもある。


 家を出て、曲がりくねった長い坂道を下りていくと、雑貨屋がある。

 店頭に毛長象ホワイトマンモスの牙が出ていた。武器として加工されることもあるが、この村では素材のまま雪かき用のスコップとして使われている。熱伝導率が高く、火属性付与レッドウェポンをかければ堅く凍った雪もさくさく切れる。

 雪かきで苦労した去年の冬、金が入ったらぜひ買おうと思っていた。それなりに高級品で、当時は手が出なかった。

 今なら買えなくもない。けれど、今は贅沢を控えるべき状況である。

 左肩の上にほんの一瞬視線を送ると、「なんだよその目は」と、不満げな声が聞こえてきた。

 ホワイトマンモスの牙スコップは諦めるとして、コウモリ退治に役立ちそうなものはないか見ていこうか……と思ったが、節約の為にそれもやめにした。後にこの判断は間違いだったということがわかる。

 雑貨屋から百歩ほど行ったところに広場がある。そもそも人家はまばらで空き地ならどこにでもあるのだけれど、傾斜がないのがここだけなのだ。

 広場の周囲には酒場サボテン・薬屋・村役場などがある。

 武器屋もある。俺は今、使い古しの照鉄の剣ミリガンソードしか持っていない。空を飛ぶ相手だから、安物の長槍ロングスピアでも買っていこうか……とも思ったが、やはり節約を優先した。後にこの判断は以下略。

 村役場に寄って、ひとこと言っておこうかとも思った。「退治する」と言いきっては恩着せがましいから、「様子を見てくる」とでも。しかし、結局黙って行くことにした。なによりもこの判断が以下略だった。


 広場を通過し、針葉樹の雑木林に入る。ここを抜ければ効果的な橋ラバーズブリッジだ。そこにまだ百羽蝙蝠ハンドバットの群れがいるとは限らないけれど、とにかく落ちた橋を見てみるつもりだった。

 中ほどまで来たところで、「止まれ」と、左肩から声がした。

「なんだ?」

「……いや、訂正。走れ」

「なんなんだ?」

「いいから走れ!」と、見えないドラ子が叫んだ時、太陽を雲が遮ったのか、視界がさっと暗くなった。

 この時、一瞬でも上を見上げる間があったら、どうなっていたかわからない。

 駆け出した直後、背後で地響きが鳴った。

 振り向くと、俺の身長の倍以上はある巨大な岩が地面に転がっていた。

 太陽の光を遮ったのは雲ではなく、この岩だったようだ。

「嘘だろ……」

 百羽蝙蝠ハンドバットが落とすのは「小石」と相場が決まっている。何匹かが協力して大きめの石を落とすこともあるが、こんな巨岩を運べるということは一体どれほどの数なのか? いや、何匹集まろうと奴らの足でこんな岩がつかめるだろうか? だいいち、百羽蝙蝠ハンドバットたちが上空にいない――素早く散開したのか?

 すべての疑問は一瞬で解けた。

 目の前の巨岩が無数の百羽蝙蝠ハンドバットに分裂した。変化トランスだったのだ!

 確かに岩にしては少し地響きが軽かったけれど、こいつら魔法なんか使えなかったはず……と、疑問を感じながら剣を抜いた。

 百羽蝙蝠ハンドバットの群れは、巧みに俺の視界を遮りつつ、腕や足に噛みついてきた。

「いてて」

 剣を振り回す。が、当たらない。虚空だけがスパスパと斬れる。

 百羽蝙蝠ハンドバットはギイギイとわめきながら、執拗にまとわりついてくる。傷がどんどん増える。

 落ち着け。噛まれてもいい。とにかく落ち着け。

 剣を納め、両手で印を結ぶ。


大火球ラ・パイロ拡散型ショット〟!


 久々の大技、体が覚えていた。

 炎の塊が炸裂して、自分自身火傷を負いながらも、ひとまず百羽蝙蝠ハンドバットたちの攻撃を中断させることには成功した。

 そして俺は、いつの間にか左肩が軽くなっていることに気づいた。

「ドラ子?」

 応答なし。

 やばい――あいつ、さらわれた。

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