2-2 青龍

○栽培の間隔について

 マンドラゴラは土中の闇系の魔力を大量に吸収する為、連作はできません。最低一年は土を休ませてください。


※危険!

 痩せた土に無理やりマンドラゴラの苗を植えると、怒って生育途中で勝手に出てきて怪音波を発することがあります。

 植え付けの前に必ず土中の闇系魔力濃度を確認してください。


 ――ノートンとの取り引きをつつがなく終えた俺は、畑を耕しながら、あらかじめ注文しておいたラベンダイムの苗が飛龍ライダー便で届くのを待っていた。

 ラベンダイムは解呪の儀式や傷薬の精製に用いられるハーブである。必要とする土中の魔力は光系。闇系の魔力が再び溜まるまでの間、マンドラゴラの代わりに育てるにはうってつけの作物と言える。

 マンドラゴラとラベンダイム。ベタだが、堅実な輪作プランだ。

 ドラ子には専用区画を作った。入念に土を耕し、黒魔法薬ブラック・アムリタを散布して魔力を補充。良い酒がない分、せめてものサービスとして、周りに杭を打ち、ロープで囲ってやった。

 ドラ子は「ふん、まあまあだな」と言って、土の中に潜り込んだ。

 茎をのぞかせて眠っている姿――傍目にはただ植えられているようにしか見えない――を見ていると、俺はなんとなく穏やかな気持ちになって、眠気を催した。

 鍬を地面について、あくびを一つした時、上空で二つ光るものがあった。

 飛龍ライダー便の到着だ。

 二つの光の正体は、青龍スカイドラゴンの真っ白な牙と、乗り手のそれ以上に真っ白な歯である。

 蒼天運輸は乗り手も龍もさわやか系のイケメンしか採用しない方針を固めて以来、業界内のシェアを急速に伸ばしているという。

 青龍スカイドラゴンは静かに着地した。

「こんにちは!」と、乗り手が明るい声で言う。

「ご苦労様です」乗り手の笑顔がさわやか過ぎて、つい伏し目がちになる。

「すみません、ご注文の苗なんですが、まだ届いてないんです」

「え?」

「申し訳ありません」と、乗り手が頭を下げた。青龍スカイドラゴンもひょこっと頭を下げた。

「何があったんですか?」

効果的な吊り橋ラバーズブリッジが落ちてしまったらしいんです」

 とうとうやったか……と、俺は思った。

 効果的な吊り橋ラバーズブリッジは、観光スポットに乏しいスノーホルムが、村おこしの為に改造した橋である。簡単に言えば、異様に揺れるのだ。いわゆる「吊り橋効果」が一般的な吊り橋の五倍近く発生するらしい(村長談)。一緒に渡り切った男女は一生幸せになれるという。

 その橋が村おこしや男女の幸せにどれほど貢献したか、それは俺のあずかり知るところではない。問題は、それが南方面から村に入る唯一の入り口ということである。

 村長及び村おこし委員会は「来れば必ず幸せになれる村」を演出したいようだが、一般の通行者にとっては迷惑な話だ。本来、橋は渡る為のものであって、恋愛を成就させる為のものではない。

 安全には配慮しているとの弁ではあったが、いつか落ちるだろうと――「落ちてしまえ」とまでは言わない。落ちる運命だろうと――思っていたのは、俺だけではないだろう。

「それなら、仕方ないですね」

 飛龍ライダー便は遠距離・広範囲に荷物を運ぶものではない。青龍スカイドラゴンは機動力に優れているが、重い荷物を背負って長時間飛ぶことはできない。

 一般的に、荷物は馬車で町村の集積所に運ばれる。そこから各々の配送先に届けるのが飛龍ライダー便の役目というわけだ。

 橋が落ちてしまっては、馬車が村に入れない。

「復旧はいつ頃の見込みだとか、わかりますか?」

「いえ、それがなんとも申し上げられないんです。百匹蝙蝠ハンドバットが異常発生していて、まだ橋の修復が始められないそうで。そもそも橋が落ちたこと自体、その異常発生が原因ではないかと言われているみたいです」

百匹蝙蝠ハンドバット……ですか」

 一匹あたりは最下位のDランク。ただし、群れる習性があり、大群となれば侮れない。石などを上空から落とす戦法を得意とする。

「北冒に駆除を要請したんですが、一文字軍シングル・ナイツは今ちょうど別件で出払っていて、到着は早くても来週になるとか」

 一文字軍シングル十字軍テンプルの候補生からなる組織で、正規軍先輩方が出る幕でもない事件の解決にあたり、経験を積んでいる。

「とにかく、荷物はこっちへ来次第、大至急お届けに上がります。このたびは本当にご迷惑をおかけします」

 さわやかなイケメンのすまなさそうな顔に――責任もないわけで――唾を吐きかけられる人間など、世界のどこにもいないだろう。

「いえ、どうかお気になさらず。わざわざ知らせに来てくださってありがとうございました」

「恐縮です。それでは!」と言って、飛龍ライダー便は飛び去った。


 脚絆を巻くのはいつぶりだろうか。

 昔取った杵柄を今さら振りかざしたいわけではない――それがしたいのなら一文字軍シングルに志願している。

 けれど、このままではあまりに退屈だ。

 苗が届かなければ、仕事にかかれない。

 一週間ぐらい待てなくもないが、「早くて」とのことだし、することがない。

 たまには元冒険者らしいことをしてみよう……と、装備を整えて家を出た時、ドラ子は土から這い出てきていた。

「起きてたのか」

「まあな」

「魔力はもう回復したのか?」

「二割ってとこだな。ま、百匹蝙蝠ハンドバット相手なら十分だろ」

 こいつの場合、大言壮語ではない。二割でも俺二人分だ。

 けど、完全変化トランジスタは……と言いかけた時、ドラ子の姿は見えなくなっていた。

 透明化トランスペアだ。防御力がほぼゼロになるという欠点はあるが、魔力の消費は完全変化トランジスタより遥かに少ない。

 見えない何かが左肩に乗って、そこから声がした。

「さ、行くぜ」

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