1-3 変化

「@¥*;!」

「F5F5F5F5!」

 残りのマンドラゴラを引っこ抜きながら、俺はドラ子の処分について考えていた。

 SSクラスの魔物発生エンカウント。非の打ち所のない非常事態。

 こういう場合、ただちに北冒に通報して、十字軍テンプルナイツ――Sクラス以上の精鋭十人小隊――を派遣してもらう、というのが正しい手続きである。


・ドラ子は世界にとって「脅威」である。

・通報を怠った場合「罰則」もある。

・「食費」も相当な額になるだろう。


 倒すべき理由は揃っている。

 けれど、どうやら「根はいい奴」らしい。(※根菜なだけに……と思ったが違う。イモは根菜ではない)

 だいいち、現時点でなにか悪さをしでかしたわけでもない。

 機嫌を損ねないよう、細心の注意を払えば、どうにか飼い慣らしていくことも不可能ではあるまい。何年か前に氷河期の小鳥ニブルインコを飼うのが流行ったこともあったではないか――凍死者が続出してすぐ禁止になったけれど。

 ふと思った。俺はやはりドラ子の言う通り、淋しがっていたのだろうか?

 その要素は――認めるべきだろう――まったくないとは言いきれない。

 スノーホルムの住民たちはおおむね親切だけれど、気を許せる存在と言えるのは酒場サボテンのマスターぐらいで、彼だってあくまで仕事として話を聞いてくれているに過ぎない。なにしろ本名も知らないのだ。

 かつては七大魔山セブンサミッツ制覇を目指す冒険者として、仲間たちと四六時中行動を共にしていた。自ら望んでパーティーを解散したのだから、淋しがる権利などないと考えていた――今でも戻りたいとは思っていない。しかし、理屈ではどうにもならないこともある。

 ドラ子とうまくやっていければ、それは一つの脅威から人知れず世界を守ることにもなる。

 今収穫しているマンドラゴラが相場ぐらいの値でさばけて、自分が贅沢をしなければ、食費は多分なんとかなるだろう。

 作業を終える頃、俺の心はドラ子を歓迎する方向で固まりつつあった。


「1t1h3x8---!!!」

 最後のマンドラゴラを引っこ抜くと、ドラ子が言った。

「おぅ、おつかれ。じゃ、飲み行くか」

「は?」

「は? じゃねえよバカヤロー。歓迎会ぐらいするだろ普通」

「あ、ああ、わかった。じゃあ、ワインでも開けようか」

「コノヤローテメェ、百ガウン均一のワインなんか飲めるかよ」

「……お前、〝過去がわかる〟って、そんな細かいことまでわかるのか」

「〝全部〟っつったろ」

 マジかよ、こいつ……

「おら、さっさと財布持ってこい」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。飲みに行くって、本気か?」

 こんな人面イモを連れて歩いたら大騒ぎになる。

「あたしだって面倒事はごめんだよ。だから、こうすりゃいいだろ?」

 そう言った瞬間、ドラ子は白い光に包まれた。

 光が消えると、そこには好奇心の強そうな大きな瞳の美少女が立っていた。

 ブロンドの三つ編み。オーバーオールのポケットに手を突っ込んでいる。

 あざとい。

 が、正直、グッと来た。

「お前、こういうのがいいんだよな?」と、美少女になったドラ子がドヤ顔で言った。声色はかわいいが口調は小汚いままだ。

「そんなことまで……」と、俺は「わかるのか」と「できるのか」の二つの意味を込めて言った。

 変化トランス。初歩的な魔法だが、これほどの精度で使いこなせる術者は滅多にいない。

「いや、その、人に化けるのはいいんだが、その歳で酒はまずいだろ」

「ああ、そうか」

 と、再び白い光。

 少女はすっかり大人になっていた。

 腰まで届く無造作なストレートヘア。丈の長い白のワンピースに編み上げのサンダル。

 彼女に相応しい背景は、こんな真っ昼間の畑でなく、月光が差し込む窓辺である。

「お前、こういうのも結構好きだよな? ちなみに足がちょっと太いの気にしてる設定な」

 俺は返答を諦めた。なにもかも知られている。なにを言っても無駄だ。

 美女(中身は人面イモ)がつかつかと近づいてきて、俺の顔のすぐ前で「ほら、早く連れてって」と言った。

 いいにおいがする。

 ……ということは、変化トランスではない! 完全変化トランジスタだ……! 見た目だけでなく特性・耐性までコピーする高等魔法。

 この分だと、他にどんな魔法を隠し持っているかわからない。

 すでにSSSクラスと思われる危険極まりない人面イモ(見た目は美女)を連れて、俺は村の中心部へ向かった。

 歓迎しようなどという気持ちは今や完全に吹き飛び、とにかくこいつに逆らってはいけないという一念に支配されていた。

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