1-2 邂逅

○こんな時は

・マンドラゴラが言葉を喋った

 ごく稀に、人語を操るマンドラゴラが採れることがあります。

 個体によって様々な特殊能力を持っており、驚異的なスピードで成長して世界を滅ぼします。

 →速やかに殺処分してください。火炎系の魔法が有効です。


 ――俺がマニュアルを読んでいる間、マンドラゴラはまるで風呂にでも入るかのように、自分の出てきた穴に体を半分埋めていた。

「なんだよ。見てんじゃねえよ」

 俺は無言のまま片手で印を結び、火球パイロを生成した。

「おっ、やんのかコノヤロー。上等だよ。おら、撃ってこいよ」

 言葉を喋る魔物の退治はあまり気分のいいものではない。が、やるしかない。

 火球パイロを放った。

 直撃。

 マンドラゴラの小さな体は哀れにも一瞬で燃え尽き……なかった。

「あー、いい火加減だわ」

 紫色の光が炎を取り込んでいる。

 あれは――全属性吸収オールゾーブだ!

 まずい。

 あんな魔法ものを使えるということは、ランクはS……いや、SS。平々凡々なAランク(しかも引退済み)の俺ではとても手におえない。

「げえっぷ」

 マンドラゴラは盛大にげっぷをし、「じゃ、お返しな」と言って、小さな目をぎらりと光らせた。

 俺の左耳のすぐそばを高熱の何かが通過し、背後で爆発音が起こった。

 振り向くと、そこにあったはずのバタイジュの樹が一本、消滅していた。かろうじて残った根元は黒焦げになり、煙を上げている。

 力の差を見せつけるかのような極大火球テラ・パイロ圧縮型コンプ

 しかし、外れた?

 いや、外したのだろう。

「わかったかバカヤロー。あたしを殺そうなんて十年早いんだよ」

 あたし?

「お前、メスなのか」

「そうだよ。見てわかんねえのかよ」

 わかんねえよ!

「どうやって見分けるんだ……?」

「乙女の体をジロジロ見てんじゃねえ。泣かすぞこの変態ヤロー」

 どうせ突然変異体になるのなら、葉の妖精スクリブのようなかわいらしい姿か、森を統べる者アルラウネのような神々しい姿にしてほしかった。こんな薄気味悪い人面イモに世界は滅ぼされるのか……

「なめんじゃねえぞ。テメェなんざ二秒でれんだからな」

 わかっている。さっき見た。二秒もいらない。〇・二秒だ。

 いやはや……長いようで短い人生だった。

「平々凡々のクソ青二才めが。あたしと勝負したかったらもう十年冒険でもしてこいや」

 ……十年?

「お前、なんで知ってるんだ?」

「あ?」

「俺が十年間、冒険者やってたって」

「あたしは近くにいる奴の『過去』が全部わかるんだよ。びびったか、あ? すごくね?」

 そんな魔法は存在しない――つまり、それがこいつの「特殊能力」ということか。

「エバンス、あんたも色々あったんだな」

「ああ……まあな」

 なんだこいつは。バーのママか。イモのくせに。

「わかったよ。まったく、しょうがねえな。しばらくここにいてやるよ」

「誰も頼んでないんだが」

「こんなド田舎で丸一年も土いじりばっかして、淋しかったんだろ? あたしが話し相手になってやるからよ、ありがたく思えよコノヤロー」

「……」

 はっきり言ってありがたくはない。俺は割と孤独を愛するタイプなのだ。

 けれども、ここで断っては世界が滅びる。ひとまず奴の言う通りにしておき、おいおい対処法を考えよう。

「おいバカヤローテメェ、なんとか言えよ」

「あ、ああ、じゃあ……よろしく」

「おう、よろしく。あたしのことは気軽に『ドラ子』って呼びな」

 ……ドラ子って。

「……わかった。了解」

「メシの心配ならしなくていいぜ。土さえありゃいいんだあたしは」

「そうなのか。助かる」

「そのかわりしっかり耕せよ。固え土食わせやがったらブッ殺すぞ」

「ああ」

「あと、月に一度は高級な肥料買ってこいや。あ、合成じゃねえやつな。お肌が荒れっからよ」

 既に荒れきっているように見えるが……

 というか、結局エサ代はかかるじゃないか。

「あ、たまには人間の食い物も食ってみてえな。そうだ、あと、酒! 水じゃなくて酒まいてくれ酒」


 ――こうして俺は、やたらと食費のかかる……しかも俺の過去を全て知っているマンドラゴラを、家で飼うことになった。

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