三章八話 『課題の続き』

 


 その言葉を聞いても、秋人はあまりピンと来なかった。

 何故なら、彼は不死身だから。

 今までありとあらゆる死因を経験し、他の人間ならば耐え難い痛みすら乗り越えて来た。


 それも一重に、死なないという前提があったからこそのものだと言えるだろう。

 創秋人にとって、死という単語は近くて遠いものだ。死んでいながら生きている、矛盾する二つを身に宿す少年ーーそれが創秋人だ。


「……いや、今さら何言ってんだよ。俺が不死身って事はお前が誰よりも知ってんだろ」


 なので、いきなり死ぬと言われても、想像出来ずに間の抜けた返事をしてしまうのは当然の結果なのだ。

 しかし、そんな秋人に対しても花子は重々しい表情で続ける。


「知っていますよ。知っているからです。創さん、貴方の体は不死身です。不死身という点以外は生きている人間となんら変わりはない。心臓も脳も動いているし、血液だって流れている」


「だから、そんな事は知ってるっての。お前から嫌なほど聞いてるし」


「ただ不死身という一点だけをピックアップして、私は創さんをゾンビの人外種と名付けました。まだまだ不明な所も多く、浅はかな判断だったと思いますよ」


「だから、何が言いてぇんだよ。ハッキリ言えよ」


 回りくどい言い方をする花子に、秋人の苛立ちが降り積もる。

 そこで花子はようやく掴んでいた手を離す。それからゆっくりと瞬きをし、


「そんな創さんがステージ上昇の薬を体内に摂取したら、どうなると思います?」


「そりゃ……え……?」


 ここまで来て花子が何を言いたいのか理解したのか、秋人は言葉を詰まらせた。

 一般的にゾンビというのは歩く死体であり、映画や漫画に登場するアレだ。脳を破壊されない限り活動を続けるという点は秋人と違うが、何度殺されても立ち上がるという箇所は同じだろう。


 そんな秋人がステージ上昇の薬を摂取したらどうなるか。

 ステージとは混じった血にどれだけ近づいているかを表す単語であり、ステージ上昇の薬とは無理矢理ステージを上げ、混じった血の生物に近づけるという事だ。


 そんな物を取り込めばゾンビの少年はどうなるのか。

 答えは簡単だ。


「死ぬ……?」


「創さんがゾンビなら、ステージが上がった時に死体に近付くという事です。それはつまり、死ぬという事です」


「ーーーー」


 それは、秋人が初めて死を間近に感じた瞬間だった。

 初めて自分が不死身なのだと理解したあの日、秋人は死ぬなんて事は考えていなかった。

 ただ、体に走る激痛に涙を流し、自分へと向けられる化け物を見るような視線に恐怖を感じていただけだ。


 パラダイスに来た後だって、それは変わらない。

 どんな実験をされようが、絶対に自分は死なないという安心感があったのだから。

 けれど、今、自分は死ぬかもしれないと意識してしまった。


「創さん、私は今まで貴方の行動に何も言いませんでした。それは創さんの意思であり、根底にある一つの願いから生まれた行動だと知っているからです」


 秋人の中には、恐怖の感情が渦巻いていた。

 もしかしたら、明日死ぬかもしれない。

 多くの人間はそんな事を考えないだろう。

 明日という日常は当たり前に来るものだと信じ、何気ない日常を過ごしている。


 けれど、不死身だからこそ、迫る死に恐怖してしまった。

 創秋人にとって、明日というのは必ず来るものだ。本人の望みは関係なく、たとえどれだけ辛くて苦しくても、その明日からは逃げられない。


 だが、明日が来ないかもしれない。

 その事実は、創秋人には重すぎたのだ。

 だが、それと同時に嬉しさも沸き上がっていた。


「私は創さんが死んだら凄く悲しいです。私だけでなく、一番悲しむのは誰なのか……創さんなら分かっている筈です。ですので、この件からは手を引いて下さい」


 うつ向いて言葉の発し方さえ忘れている秋人に、花子は最後に手を握ってこう言った。


「創秋人の担当科学者ではなく、友人の三ヶ島花子としてのお願いです。どうか、この件には関わらないで」


 結局、秋人は花子と言う通りに帰る事にしてしまった。

 自らに迫る、死という不穏な影に怯えながら。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 次の日、秋人は絶賛寝不足中だった。

 ベッドの上で目を覚まし、太陽の光を浴びていないにも関わらず、全身を包む倦怠感にため息を漏らした。

 散々悩んで考えたが、死の恐怖はそう簡単に消えるものではない。


 今まで絶対に死なないという安心感があったから尚更だ。

 命には必ず終わりがあり、自分もその一つなのだと思い知らされたから。


(……死ぬって、こんなに怖いのかよ)


 痛みなら、どれほど受けても耐える事が出来た。どれほど傷ついたとしても、最後には無かった事になるのだから。

 けれど、恐怖というのは、痛みのソレとは全くの別物だった。


 ゴロゴロと転がりながらベッドからおり、放置したままのゲームに手を伸ばすが、やはりやる気などは全く沸いてこない。

 そんな時、秋人の携帯に一件の着信が入った。

 芋虫のように移動し、携帯の画面を見ると、そこには学校と記されていた。


「……もしもし?」


『あぁ、創か? 悪いな、こんな朝っぱらから』


「大丈夫ですよ。それよか、どうしたんですか?」


 スマートフォンの向こうから聞こえて来るのは担任の声だ。

 秋人はダルさを隠す事なく全面に出し、ボソボソと喋る。


『先生うっかりして補習のプリント一枚渡しそびれてたんだ。今から取りに来れるか? この一枚は夏休み明けに提出してくれれば良いからさ』


「あー、はい。大丈夫です」


『おう、そんじゃ待ってるな』


 ほとんど一方的に要件だけを伝えられ、そのまま電話が切られた。

 やる気と元気が全く体の中に無いが、着替えて鞄を背負い部屋を後にした。



 特に寄り道する事もなく学校に訪れた秋人は、一直線に職員室を目指す。夏休みなので当然なのだが、生徒は一人も居なかった。

 職員室にたどり着くと、一礼して入室。そのまま担任の机まで行き、


「おぉ、悪いな。これ、残りのプリントだ」


「ういっす。じゃあ帰りますね」


「あぁちょっと待て」


 要件を済ませ早々に帰ろうとしたが、担任に呼び止められる。

 首を傾げて立ち止まり、再び担任の元へ近付くと、


「お前上之薗の連絡先知ってるか? 先生の方から電話しても出ないんだよ」


「いや知らないっすけど。家にもかけたんすか?」


「家にも携帯にもかけたさ。でも繋がらないんだ。電源切れてる見たいでよ」


 特別補習の数日間で真弓との仲はそれなりに深まったが、今思い返せば連絡先を聞いていなかった事に気付く秋人。

 恐らく、聞いた所で教えては貰えなかっただろうが、家から出ないと言っていた真弓と連絡がつかないのは、多少の違和感があった。


「家にも連絡がつかないって変ですね」


「そこでだ、創。上之薗の家にプリント届けてくれ」


「俺アイツの家知らないっすよ。つか、先生が行けば良いじゃないすか」


「家は教えるから。俺はこの後用事があって忙しいんだよ」


 生徒の家の住所を簡単に教えようとする担任。怪訝な顔で先生の顔を見るが、全く悪びれた様子などない。

 それどころか、机の中から取り出した女性の写真を眺めてニヤニヤとしている。


(デートかよ。つか、そのエロ全開の顔どうにかならねぇのかよ)


 欲望丸出しの担任に思わず顔が引きつる。

 何時のも秋人ならば即答で断っていただろう。しかし、今は家で一人で居ると嫌な事しか頭に浮かんで来ない。

 太陽の脅威と孤独な時間、その二つを天秤にかけた結果、


「分かりました、行きますよ」


「そっかそっか、これ地図な。後は頼んだぞ」


 ご丁寧に地図まで用意しており、初めから秋人に行かせるつもりだったのだろう。

 やる気なし、女性にデレデレ、しかもそれを生徒に隠さない、担任の悪い一面にため息をこぼしながらも、秋人は踵を返して学校を後にした。



 再び場所を移動して居住区にやって来た秋人。

 アパートの他にも高層ビルが並んでおり、秋人が住んでいる場所よりも少しリッチな雰囲気だ。

 慣れない金持ちオーラに気圧されつつも、受け取った地図を頼りに歩みを進める。


「……っと、ここか?」


 しばらく迷いながらも歩く事数分。

 真弓の住んでいるアパートとみられる場所に到着した。周りの高そうなビルの中で隅っこにポツンとたたずんでいるアパートは、ボロいという事もあり色々な意味で目立っていた。


 階段を上がって二階に行き、二○三号室の前で立ち止まる。インターフォンが壊れているのか、ガムテープで押せないようになっていた。

 ノックを三回程して待機。

 しばらくそのまま待ってみるが、誰かが出てくる気配はおろか、人の気配すらしない。


「おーい、上之薗! 居るかー?」


 声を抑えつつ呼び掛けてみても結果は同じだった。

 扉に備え付けてあるポストには新聞等は入っていないので、恐らく家には帰っているのだろうと推測。


「居ねぇみたいだな……」


 結局、数分待っても応答がないので、秋人は鞄からプリントを取り出し、ポストに投入して帰る事にした。

 言い難い嫌な予感が一瞬頭を過ったが、扉を横目に歩き出す。


 帰ろうとした時、何かが肩にぶつかった。

 真弓の事に集中し過ぎて周りが見えておらず、誰かとぶつかったようだった。

 秋人に弾かれてへたりこんでいる茶髪の少女が目に入り、慌てて手を伸ばす。


「あ、すんません。大丈夫ですか?」


「はい、私の方こそよそ見しちゃってて」


 少女は秋人の手を握り、スカートについた砂ぼこりを払いながら立ち上がる。

 耳にかかるくらいの茶髪に、前髪をピンで留めている高校生くらいの少女だった。パーカーのポケットに突っ込んでいた手を取りだし、少女は行儀よく一礼してから横を通り過ぎた。


(……え?)


 立ち去ろうとした秋人の足が止まる。

 その少女は秋人の横を過ぎ、真弓の住んでいる部屋の前で立ち止まったのだ。更に、それだけではない。

 秋人の足元、つまり少女が倒れ込んだ場所に見覚えのある物が落ちていたからだ。


「あの、これって君の?」


 秋人は落ちているソレを拾い上げ、少女に問いかける。

 先日ーー祭りの日に理恵が真弓に上げた謎のフィギュア、スーパー秋人君を握り締めて。


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