三章五話 『眠り鬼』

 


 人混みをかき分け、一同が訪れたのは中央区を走る大通りだった。

 大規模な祭りという事もあり、車の通行は禁止されているので、花火を見に来た人達で溢れている。


 結局、穴場と呼べる場所は見当たらず、花火の時間が差し迫っていた事も含め、一番セオリーな場所を選んだのだ。

 ガードレールに両手をバシバシと叩きつけ、理恵が今か今かと心待にしている。


「ねぇねぇ、まだ?」


「もう少しかな。それより、人の迷惑になるから騒いだらダメだよ?」


「あと五分くらいですかね。……やはり人混みは疲れます、研究室が恋しい……やらなくてはいけない事もありますし」


 テンションが上がって何かをしでかす前に釘を刺す奏と、腕時計を確認しながら疲労困憊の様子の花子。普段引きこもっている変態科学者には辛いものがあるのだろう。


「花火とか外で見るの何年振りだよ」


「お前何時も引きこもってるもんな」

 

「……私も。何時も家の中から見てた」


「い、いや、上之薗ちゃんは別だよ!?」


 シュンとした様子の真弓に、慌ててフォローに入る将兵。サラリとそれを受け流されると、今度は将兵が肩を落とした。

 真弓の事はほとんど知らないが、少し似ていると思った秋人。


 しばらくその状態が続き、周りの人々がざわざわと声を上げ、周囲の様子が慌ただしくなって来た。

 それに釣られるように秋人達のテンションも高ぶり、ガードレールを叩く理恵の速度も早くなる。そしてーー、


「あぁ! はなびー!」


 バン!と大きな音と共に、夜空に赤色の花が咲いた。次々の打ち上がる花火は、ハートや丸、その他にも犬や猫といった動物等も空一面に広がっている。

 花火の光に照らされ、中央区に居る人外種は目を輝かせた。


「奏、あれ! わたがしだよ!」


「どれ? うーん、多分雲だよ」


「風流ですねぇ」


「……綺麗」


 脳内が食べ物で満たされている理恵はともかく、他の女子三人は瞳に花火を写している。女子というのは、やはりこういったものが好きらしい。

 とはいえ、これだけの規模の花火を見るのは秋人も初めてだったので、周りと同じように夜空に広がる花に目を奪われていた。


 連続で何発も上がり、その度に体が揺れて反応を示す。全員の意識が花火に奪われたところで、隣に立つ将兵が上空を見上げながら、


「秋人、お前気付いてたのか? 上之薗ちゃんが何時も一人で居るって」


「まぁな。つーか、あれだけあからさまに人を避けてたら誰だって気付くだろ」


「そりゃそうか。だから呼んだのか?」


「ちげーよ。たまたまその場に居たからだよ」


「……どうだか」


 ぶっきらぼうに答る秋人に、将兵は見透かしたように微笑んだ。

 秋人が知る限り、上之薗真弓という少女は何時も一人で居た。会話と呼べるものをしている事なんて見た所はなく、常に近寄りがたい雰囲気をまとっていた。


 人を避けているんだと薄々は勘づいていたので無理矢理話しかける事はしなかったが、いざ話して見れば感情表現豊かな普通の少女だった。恐らく、何かを抱えているのだろう。


 だが、真弓に限らずパラダイスに住む人外種は皆似たようなものだ。それを勝手に踏み込まれるのを良しとしない人も居るし、秋人だって土足で踏み込もうとは思わない。

 ただ、だからと言って放っておけるかは別の話だ。


「別に一人が好きなのは良いと思う。俺だって家で一人でゲームするのは好きだしよ。でも、なんつーか、上之薗は無理矢理人を避けている感じがしたんだよ」


「彼女なりに何か悩みがあるんだろうけど、女の子が一人で寂しそうな顔してたら放っておけねぇよな」


「そんな立派な理由じゃねぇっての」


「だな。どーせお前の事だ、人数が多い方が奏ちゃんが喜ぶって思ったんだろ? な?」


「うっせ」


 バシバシと背中を叩かれ、言い当てられた事に不満そうに眉をひそめる秋人。自分から奏に好意を寄せているなんて一度も暴露した事はないが、バレている辺り分かりやすいのだろう。


 花火も終盤に差し掛かり、勢いは増す一方だ。

 理恵はテンションが変な方向へとぶっ飛んでいるのか、射撃で手に入れた謎のフィギュアを振り回している。それを必死に止めさせようとする奏と、二人を楽しそうに見守る花子と真弓。


「人外種ってのは多分、周りに誰か居る方が楽になれるんだよ」


 皆が皆同じ意見とは限らない。けれど、自分がそうだったように、差し伸べられた手は誰の物であっても暖かい物なんだ。

 秋人はそんな事を考えながら、夏休みの中にある日常の光景を胸に刻んだのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「あーあ、花火終わっちゃった……」


「凄く綺麗だったね。見いっちゃったよ」


 最後に特大の一発が上がり、その場に居る全員が声を漏らす。

 騒がしかった夏の夜空は静寂に包まれ、花火が終わったからなのか、余計に静けさを感じていた。


 一大イベントでもある祭りの一日目は終わりを告げ、名残惜しさを感じつつも全員が一斉に歩き出した。


「意外と呆気ないもんだな」


「花火とはそういう物ですよ。魅力が最大限に引き出されるのが一瞬だからこそ、その美しさは壮大なのです」


「なんか似合わねぇ」


「何を言うんですか。こう見えても私はスーパー乙女なんですよ」


 花火の感想を詩人のように述べる花子。意外や意外、自分が乙女らしからぬと理解しているようだ。

 秋人は花子の一面に感心しつつ、その言葉には一理あると納得した。


「花火終わっちゃったね。この後はどうする?」


 奏が髪を靡かせ振り返り、巾着袋からスマートフォンを取り出して時間を確認。それを全員に見せると、時刻は二十時を回っていた。

 いくら夏といえどもこの時間になれば空は暗くなっている。だからこそ、花火の魅力が倍増していたのだが。


「眠い……」


「あんまり遅くなると危ないし、そろそろ帰ろっか」


 眠そうに目を擦る理恵の頭を撫で、最後に花火が咲いていた空を眺め、それから奏は全員へと目をやった。

 特に異議はないので全員が頷き、一先ずは解散という事になったのだった。


 ただ、他の人も同じ事を考えているようで、今動くのは得策ではないと判断。しばらくこの場で時間を潰してから帰ると決めた。


「眠いから秋人おんぶして」


「断る。自分で歩け」


 手を伸ばしてフラフラとしながら秋人に近付く理恵。断られたのにも関わらず、よじ登るように背中に体を密着させ、秋人の首へと手を回した。


「ちょ、テメェおりろ! つか、止めろぉ! 首を絞めんじゃねぇ! 苦し、死ぬからボケ」


 いくら眠気が強くても怪力は健在らしく、落ちないように必死に秋人の首を締め付ける。気道を塞がれて顔色がみるみる内に悪くなっていくが、やっている本人は既に夢の世界へと旅立ちそうになっている。


「うへへぇ……秋人の背中ぁ」


 抵抗むなしく理恵は秋人の背中と融合。降りる気配が全くないので、首を絞めないという条件の元におんぶする事を許可した。

 段々と人も少なくなり、多少の動き安さを取り戻したところで、


「今日はありがとね、凄く楽しかった。本当は退院祝いは遠慮しようかなぁって思ってたんだけど、やっぱり来て良かったよ」


 奏に言われ、全員が退院祝いに祭りに訪れた事を思い出した。色々あって楽しさが勝っていたため、重要な事を忘れていたようだ。

 顔を見合わせて一斉に笑い声を上げる。


「そういや、奏ちゃんの退院祝いだったっけな」


「忘れてました。そうですよね、じゃないとこんな所に来ませんし」


「ちょ、ちょっと、酷いよっ」


 遠慮すると口では言っていても、忘れ去られるのは悲しいのか、奏が涙目になりながらオロオロと困った様子を浮かべている。

 しばらくは奏をからかって楽しみ、そろそろ本気で泣きそうなので止めると、


「上之薗さんもごめんね。いきなり誘っちゃって迷惑じゃなかった? アキって空気読めない所あるから」


「空気読んでるから、このちっこいの背負ってるんですけど」


「ううん。私も、その……楽しかったから」


「そっか、それなら良かったっ」


 消え入りそうな声で真弓が頬を赤くしながら口を開く。

 秋人は自分の時とは違う対応に口を挟もうとするが、首を絞める力によって強制停止。背中のロリ鬼が眠りながらも空気を読んだらしい。


 その後は全員揃って駅へと移動。

 途中、イカ焼きの匂いに釣られて理恵が暴れだすという事件もあったが、眠っている口に綿菓子をパンパンに詰める事によって解決。

 なんとか無事に改札へとたどり着いたのだった。


「じゃあ、私こっちだから」


 秋人達とは違う方向を指差し、反対側のホームへと行こうとする真弓。

 全員がずっと歩き続けていたため、多少の疲労が見えるが最後は笑顔を作り、


「またね。今度は学校で」


「さよならです。私は学校に行かないので会う機会は少ないと思いますけど」


「じゃーねぇ上之薗ちゃん」


「ばいばーい」


「また学校でな。……おい理恵、俺の頭を叩くんじゃねぇ」


 別れの挨拶を済ませ、今度こそ真弓は行ってしまった。祭りから帰る人で溢れているので、真弓の姿は直ぐに見えなくなった。

 最後までその姿を見送り、全員で電車に乗り込もうとするが、ここで秋人は一つ重要な事に気付いた。


「あのさ、理恵の家の場所知らねぇんだけど」


「私も知らないよ?」


「俺も知らないねぇな」


「勿論、私も知りません」


「え? じゃあどうすんの?」


 誰も理恵の家を知らない。つまり、どこへ連れて行けば良いのか分からない。

 流石に捨てる訳にはいかないので、どうにかしようとするが、三人は秋人を無視するように電車の中へと入って行った。

 取り残された秋人は、


「あの、理恵さん? 起きて、一回で良いから起きて!」


 背負っている理恵の体を揺さぶるが、全く起きる気配がない。それどころか、一定のリズムで揺らす事によって、理恵は更に深い眠りの世界へと入っているようにも見える。


「いやいや、無理だからね? 流石に家には連れて行けねぇよ。つか、お前ら無視すんなよ! おい、マジで捨てちゃうぞ!?」


 結局、理恵が起きる深夜三時までファミレスで時間を潰し、それから家まで送る事になった。


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