三章四話 『スーパー秋人君』



「秋人! 私アレ欲しい!」


 しばらく六人でブラブラと歩いた時、理恵が射的の屋台を指してそう言った。

 まだ来て数分しか立っていないのだが、既に理恵は五杯食べた上に両手にはブルーハワイとイチゴのかき氷で埋まっている。

 アイスクリーム頭痛にもめげずにバクバクと食べる様子は、早食いのギネスすら狙えるだろう。


「アレってどれだよ」


「アレだよアレ。あの可愛いタコみたいなやつ!」


 理恵の指先へと目を向けると、緑色のタコとイカが融合したような謎の生物のフィギュアが立っていた。


「いや可愛いくねぇだろ。むしろキモい分類だと思うぞ」


「可愛いもん! あの足が可愛いの!」


 可愛いの基準が少しバカになっているのは気になるが、呆れながらもそれは人それぞれだと納得。

 それからポケットから財布を取り出して確認。

 ゲームやお菓子を買いすぎたせいか、財布の中身は千円札と小銭が少々。


 しかし、ここで断ればまた甲斐なしとか罵詈雑言を受けるので、泣く泣く五百円を使う事を決意した。


「ちゃんと見てろよ、俺の射撃の腕前を」


「おぉ! 秋人が珍しく格好いい!」


「珍しくは余計だ」


 などど適当な受け答えをしつつ、背中に当てられる応援を聞きながら、銃を構えていざチャレンジ。

 ちなみに、秋人は射撃の経験など皆無だ。

 夏は家にひたすら引きこもる生活を送っていたので、祭りなんてイベントには参加した事がなかった。少なくとも、このパラダイスに来てからは。


「……意外と難しいな」


 引き金を引いて玉を撃ち出す。が、一発目は掠りすらせずに失敗。

 隣の客が簡単に当てているのを見て簡単だと勝手に思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 続けて玉を込めてチャレンジするが、やはり当たらない。


「へたくそー」


「アキってこういうの苦手だよね」


「うっせ、直ぐに当てるから見てろよ」


 理恵と奏の言葉を受けてやる気が再熱。目を細めて今度こそ、と思いながら引き金を引くが、やはり当たらなかった。

 結局、全ての玉を使いっても見せ場と呼べるものはなく、秋人の五百円は消え去った。


 かっこつけたくせにこの様なので、穴があったら入りたいモードへと突入。肩を落としてふてくされていると、


「ダサいわね。このくらい出来ないなんて」


「あ? だったらお前は出来んのかよ」


「余裕よ。任せなさい」


 腕を組んで得意気に一歩踏み出す真弓。

 恐らく、テストに負けたので他の事で秋人の上に立ちたいのだろう。射撃と勉強では色々と枠組みが違うのだが本人はやる気満々だ。


 真弓と場所を交換し、秋人は上から目線で後ろから外せオーラを前回にして送り込んでいる。非常にダサい事この上ないのだが、向けられている真弓は気にせずに銃を構えた。


 そして、真弓の持つ銃から放たれた玉は一直線に進み、寸分たがわず謎のフィギュアへと到達。そのままフィギュアは後ろに倒れ、見事秋人の上に立ってみせたのだった。


「あ、ありえねぇ」


「ふん。どう見た? これが私の実力よ」


「うわぁ、上之薗ちゃんすげー。そして秋人だせぇ」


「かみちゃん凄い! 秋人ださーい」


 完全敗北を突き付けられた秋人に、追い討ちをかけるように将兵と理恵が手加減のない一撃を叩き込む。

 勝ち誇った表情でドヤ顔の真弓は、


「はいこれ、欲しかったんでしょ」


「良いの!?」


「良いわよ。持ってても不幸になりそうだし」


 店主からフィギュアを受け取り、それをそのまま理恵に手渡した。

 よほど嬉しかったのか、物体Xフィギュアを握りしめながら理恵は全身を使ってそれを表現している。


 大袈裟な喜び方に自分まで嬉しくなってしまったのか、真弓も僅かに頬を緩ませた。

 秋人はそれを見逃さずにジーっと見ていると、恥ずかしそうに顔を逸らし、


「な、なによ」


「いんや、何でもーよ」


 秋人の反応に不服そうに顔をしかめた真弓だったが、移動を始める一行に続いて射的の屋台を後にした。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 更に歩みを進める秋人が次に訪れたのは、猫耳をはやしたお姉さんが店番をしている金魚すくいの屋台だった。

 というのも、


「最近、私の研究室に足りない物に気付いたんです。そう、それは彩りですよ! なので、金魚が欲しいです」


 と、謎の理屈から全員で金魚すくいにチャレンジにする事になったからだ。

 秋人と将兵、奏と真弓、理恵と花子のペアに別れ、ポイを握りしめていた。

 男組はハンデとして紙の薄いポイを使用。ルールは至って簡単で、一番少なかったチームが全員に焼きそばを奢るというものだ。


「将兵、俺は今非常に金欠なんだ。だからこの勝負絶対に勝つぞ」


「当たり前だ相棒。ここは男として負けられねぇ」


 謎の一体感から強固な絆を産み出している秋人と将兵。勝ちたい理由がかなり切実なものなので、遊びという枠を少々外れている。


「頑張ろうね、上之薗ちゃん!」


「当たり前よ。負けるなんてあり得ない」


 全員で楽しむ事を考えている奏と、負けず嫌いが発動してやる気十分なペア。

 セオリーで言うのなら、恐らく優勝候補になるだろう。


「ねぇねぇ、金魚って食べれるのかな?」


「食べれますよ。ただ、変な寄生虫が居るかもしれませんの気を付けて下さい。あ、ちなみに私は食べてお腹壊した事あります」


 この二人はアホなので放置。言い出しっぺの花子がやるという状況なのだが、本人は何の疑問も持っていないようだ。

 それぞれ違った目的の中で、金魚すくい対決が開始。


 優勝候補筆頭である奏と真弓ペアの出だしは順調で、次次と金魚をすくい上げて行く。元々の才能やコツを掴むのが早いのだろう。

 理恵と花子ペアは、持ち前の反射神経とスピードで理恵が圧倒的。花子は白衣が汚れないように地道にすくっている。


 そして、問題は男組だ。


「あれ、これって意外とむずくね?」


「え、秋人やった事ねぇの?」


「ないに決まってんだろ。全部お前頼みだよ」


「いやいや、俺もやった事ねぇから」


 不死身以外に何もない秋人と、人外種ではあるが、その体質は全く金すくいに対して有利に働かない将兵。

 それに加えてどちらも初心者ともなれば、無惨にもポイに張られた紙が破けて行く。


「あれ、アキと佐藤君は得意じゃないのかな?」


「どうやら金魚すくいも私の勝ちみたいねっ」


 既に勝利を確信している奏と真弓。しかし、ここで油断しないのが真の実力者だ。着実に、そして堅実に金魚の数を増やしている。


「あ、この金魚美味しそう!」


「な、白衣に水がつきました! 誰か早くクリーニング業者を!」


 黄色い金魚を見つけてよだれを垂らす理恵と、跳ねた水を必死に乾かそうとする花子。

 金魚の数はそれほど悪くはないのだが、注意力散漫なのが弱点だろう。それでも、現在は二位につけている。


 そのまま時間が過ぎてタイムアップ。

 結果発表へと移りたいところなのだが、誰がどう見ても圧倒的大差をつけて秋人と勝利をチームの敗北だった。


「一位は登坂さんと上之薗さん。二位は私と相良さんですね。そして、最下位は言うまでもなく創さんと佐藤さんです」


「やった! 一位だね」


「当然の結果ね。これでテストの負けもチャラになるわ」


「焼いて食べれば良いのかな」


 各々が勝利の余韻に浸る中で、完全敗北を味わった二人は互いの肩を叩いて慰めあっていた。焼きそばがどうのこうのではなく、還付なきまでに打ちのめされた事が心に響いたのだろう。


 しかし、負けは負けだ。いくら初心者だろうが、勝負の世界はそこまで甘くはない。

 このメンバーならば尚更だ。


「それじゃあ、アキと佐藤君は焼きそば決定ね」


 奏の締めの一言により、金魚すくい王決定戦は幕を閉じた。



 その後も全員で色々と回り、数分後に上がる花火を良く見れる場所探しをしている。

 理恵のわがままにより、秋人と将兵の両手は綿菓子の袋で塞がっている。祭りに来てからずっと何かを食べている理恵だが、底無しの胃袋にはただ驚くしかない。


 花火が上がる直前という事もあってか、沢山の人にもまれながら一同は理恵を先頭にして歩いていた。

 目を離すと直ぐに迷子になるのでその後ろに奏がつき、花子と将兵がその後ろを歩き、少し離れて秋人と真弓が居るというのが今の状況だ。


「ねぇ、アンタ達って何時もこんなに騒がしいの?」


「大体な。つっても、理恵が勝手にうるさくしてるだけだけどな」


 隣を歩く真弓がリンゴ飴を頬張り、人混みに疲れたようにため息をもらした。

 何時も一人で居るので、こうした人で溢れている場所は慣れていないのだろう。


「疲れるわね。やっぱり一人の方が楽だわ」


「そうか? 意外と騒がしいのも悪くねーぞ。疲れっけどよ」


「今まさに実感してる。誰かとどこかに出かけるなんていつ以来かしらね」


 遠い日を思い出すように、ほんの少しだけ寂しさを感じる表情で真弓が前の四人を見た。

 しんみりとした空気になりかけた時、秋人はそれをちゃかしながら、


「でも……お前笑ってたよな。楽しかったんだろ?」


「は、はァっ? 別に笑ってなんかないわよ」


「嘘つけ。理恵を見て笑ってただろ」


「ち、違うわよ! あの、あれは……そう! 目に砂が入ったから!」


「それ泣いた時の誤魔化し方な。目に砂が入ったら笑うって、お前の体特殊すぎんだろ」


 とんでも体質を暴露されたところで、目を細めてからかう秋人。

 その反応が余計に逆鱗に触れたのか、掴みかからんとする勢いで、


「うっさい。少し、ほんの少しだけ楽しいって思っちゃったのよ」


「だったら素直に楽しいって言や良いのに。……そうか、あれだな、ツンデレってやつか」


「それ以上調子に乗ると本気で殴るわよ」


 大変ありがたい拳が脳天に突き刺さると察知し、大人しく引き下がる秋人。そんな反応をされれば、ほとんど認めているのと変わらないのだが、それを指摘しても殴られるだけなのでお口にチャック。


 その後もからかい、からかわれを繰り返しながら目的地に向けて歩いていると、肩で風を切りながら先頭に立っていた理恵が駆け足でやって来た。


「はいこれ! さっきのお礼あげる!」


「お礼? ……て、なにこれ」


「可愛いでしょ?」


 どうやら、先ほどの射撃でのお礼に何か持って来たようだ。真弓に続いて理恵の手元に目を向ける。と、これまた謎の生物のフィギュアが握られていた。


「……んだこれ、キツネ? じゃねぇよな。なんか鼻なげぇし」


 自ら口にした言葉に首を傾げて疑問を持つ秋人。それもその筈、理恵が手にしているのは、キツネのような顔をしているがゾウのように長い鼻を持ち、なおかつ手には槍が握られている。


 恐らく、人外種をイメージしているのだろうけど、そもそものコンセプトが一切伝わって来ない。これを可愛いと言うあたり、理恵の感覚は常人のソレとはズレているのだろう。


「い、良いわよこんなの。絶対に呪いかけられてるから」


「なんでよ可愛いじゃん!」


「これに関しちゃ上之薗の意見に賛成だけど、大人しく貰ってやれ。こいつがお礼とかかなり珍しいぞ。俺なんか何度もアイス奢ってんのに、何も貰った事ねぇよ」


「でも……」


 遠慮がちにそう呟き、それから謎の生物を再び凝視する。最初の内は無表情で眺めていたのだが、次第に真弓の肩が小刻みに震え出し、最後には堪えていた笑みを盛大に吹き出した。


「プッ……あははは……。何よこれ、見れば見るほど気持ち悪いじゃない」


「名前はスーパー秋人君だよ」


「変な名前つけんな。いやまて、それだと俺の名前が変って事になるじゃん」


「やめ、やめて! もうお腹痛いから、これ以上笑わせないでっ」


 目に涙を浮かべ、腹を押さえながら爆笑する真弓。追い打ちをかけるように秋人と理恵のやり取りが繰り広げられ、更にその笑いは肥大化している。

 そのまま二人を置いてきぼりにし、ひとしきり笑い終えると、涙を人差し指ですくいあげながら、


「ハァ……しょうがないから貰ってあげる。えっと、スーパー秋人君だっけ?」


「うん! ちゃんと大事にしてよ!」


「まてまて、その名前を定着させんな」


「ダーメ、もう決まったの」


 強制的にキツネゾウの名前はスーパー秋人君に決定したようだ。それを受け取った真弓は鞄にスーパー秋人君を入れ、


「行きましょ。花火が上がるわよ」


「行こ行こ。奏達がいい場所見つけたって!」


 楽しそうに微笑む二人は、秋人を置き去りにして前へと行ってしまった。スーパー秋人君に不満な様子の秋人だったが、先ほどの真弓の表情を思い出し、


「……やっぱ笑ってんじゃん」


 改めて理恵の笑顔の力を感じながら、二人に続いて歩き出したのだった。


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