三章三話 『男のロマンと悲痛な叫び』
秋人と真弓は同時に教室の入り口へと目を向ける。
すると、まず最初に姿を表したのは理恵だ。
ヒョコリと顔だけを覗かせ、目当ての人物が居ると分かれば走りにくそうに秋人の元まで駆け寄って来た。
「やっと見つけたー!」
秋人を見上げ楽しそうに微笑む理恵。
赤鬼だからなのか、赤色の浴衣を見にまとい袖を遊ばせている。孫にも衣装とはこの事で、何時ものロリロリな雰囲気は多少押さえられ、ほんの少しだが大人びた様子に見える。
「おう、理恵か。……つか、なんで浴衣なんだ?」
クラスメイトという事もあり、真弓も理恵の事は知っているのだろう。というか、あれだけ教室で毎日騒いでいるのに知らない方がおかしい。
さりとて、突然教室に浴衣の少女が現れれば驚くのも無理はない。
首を傾げて状況を飲み込めない二人だったが、その答えは次に現れた人物から語られる事になった。
「前にも言ったでしょ。今日はお祭りの日だよ」
「奏? ……そういや、そんな事言ってたな」
記憶力がポンコツの秋人に、呆れるように苦笑しながら入って来たのは奏だ。
こちらは青色の浴衣を着こなしており、普段垣間見える色気が数段増している。奏の浴衣姿を見るのは初めてなので、何故か緊張してしまう秋人。
「皆で一緒に行こって約束したの忘れちゃったの?」
「い、いや、覚えてるよ?」
「うそ。アキのその顔は覚えてない時の顔だね」
からかうように微笑み、意図も簡単に秋人の嘘を見抜いてみせた奏。現在秋人の心音はとてつもない高鳴りで暴れているので、それを隠すのに必死なのだ。
怪しく視線を泳がせ、目のやり場に困っていると、
「創さんの記憶力は元々低いので仕方ありませんよ。……よし、これは一度解剖して改善の手助けを私がしてあげるしかありませんね」
「秋人は死ぬ度に脳細胞が何個か死んでっから、解剖しても意味ないと思うぜ。てゆーか、それって完全に花子ちゃんの趣味だよね?」
新たに現れたのは花子と将兵の二人だった。それぞれ好きな事を口にし、理恵と奏に並ぶように秋人の前に立った。
元々顔立ちが整っているからなのか、将兵の着用している甚平も相まって、男らしい雰囲気が飛び出している。
そして、問題はその横にいる変態科学者だ。
だて眼鏡を外し、腰までの金髪を頭の上でお団子にして束ねている。そこは良しとしよう。
ただ、
「お前、それなんだよ」
「はい? 私も研究所にこもっていたいののは山々ですが、流石に登坂さんの退院祝いと言われたら出ざる終えません」
「そこじゃねーよ。何で白衣着てんだよ」
淡い青色の浴衣の上に、何故か白衣を羽織っている。謎のコラボレーションが実現し、着ている人間の容姿が良いからなのか似合ってしまっている。
秋人の発言を受けると、花子は力強く拳を握り、
「そんなの私が科学者だからに決まってるじゃないですか! 白衣を取ったら私に何が残るんですか! プリティな容姿と完璧な頭脳だけですよ!」
「それだけ残れば十分だと思うよ、うん」
何やら力説しているが、意味は全く伝わって来ないので軽く受け流す。
要するに、自分が科学者だという事を全面にアピールしたいらしい。奏はその横でやれやれと言った様子で渇いた笑いを浮かべている。
途端に騒がしくなった教室。秋人は大体状況を読めたが、騒がしいのに慣れていない真弓は相変わらずポカンとしている。
そんな中、理恵が秋人の額へと指をさし、
「奏の退院祝いだよ! 皆で一緒にお祭り行こ!」
「別に良いけどよ……何で俺がここに居るって知ってたんだ?」
「それはですね、私の完璧な頭脳による計算で導き出した結果です」
「あぁ、あん時の発信器ね」
花子の発言を無視し、秋人は自分の学生鞄へと目をやる。
そこには先月の定期検診に行った時に受け取った発信器が入っており、恐らくそれを辿って学校にたどり着いたのだろう。
この瞬間、今度確実に破壊しておこうと秋人は心に刻んだ。
「退院祝いは良いって言ったんだけど、やっぱり皆とお祭り行きたかったから来ちゃった。アキは浴衣とか持ってる?」
「いんや、持ってない。夏は基本的に外出ねーし、俺は制服のまま行くよ。白衣の奴も居るからへーきだろ」
「つまり、俺の甚平が目立つって訳だな。悪いな秋人、美女は俺が全て頂くぞ」
腕を組んで悩み、閃いたように勢い良く顔を上げる将兵。秋人はその発言に乗るように花子を指差し、
「おう、そこの白衣を勝手に連れてってくれ」
「あれ? 創さん私の事美女って思ってるんですか? いやだなぁもう、それなら早く言って下さいよぉ」
些細な言葉の揚げ足を拾い上げ、一人照れたように花子がモジモジと体を揺らす。しかし、秋人も将兵もそれを再びスルー。
そんなやり取りを続けていると、ずっと黙り込んでいた真弓が横から口を開いた。
「……じゃ、テスト終わったから私は帰るわね」
シャーペンを筆箱の中にしまい、それを鞄に入れる真弓。そのまま鞄を背負い、教室を後にしようとするが、
「ちょいまち、お前ってこの後何か予定あんのか?」
「別にないけど……」
「そっか、んじゃ、一緒に祭り行こーぜ」
「…………は?」
秋人の言葉を理解するのに数秒かかったのか、真弓は間の抜けた表情でフリーズした。
しかし、秋人はそんな真弓に構わず話を続ける。
「いや、人数多い方が楽しいだろ? お前も暇みたいだしさ」
「い、いいわよ遠慮しとく。いきなり私みたいな部外者が入ったら空気悪くなるでしょ。それに……私は一人が好きなの」
「空気悪くなるって……多分それはあり得ないぞ」
そう言って、秋人は全員へと目を送る。
奏も理恵も花子も将兵も、真弓の言っている事がよく分からなかったのか、首を傾げた後で一斉に頷いた。
そもそも、このメンバーで空気が悪くなるという事はあり得ないだろう。
個々で色々と強い個性はあるものの、思い返せば喧嘩などはした事がないし、何故か何時も上手くいっている。それぞれの人柄もあるが、やはり全員が全員お人好しなのだろう。
「ほらな? 誰も嫌だなんて思ってねぇよ」
「でも……やっぱ私はいい。人と関わりたくないの」
「……お前、俺に負けたよな?」
理由は分からないが、真弓は頑なに譲る気配がない。なので、秋人は先ほど勝ち取った絶対服従の権利を行使する事にした。
これには真弓も驚愕の色を浮かべ、苦虫を噛み潰したように歯を食い縛った。
「俺のお前へのお願いは一緒に祭りに行く事だ。まさか、負けたくせに嫌なんて言わねぇよな?」
ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべ、真弓の様子を伺う秋人。ここ数日で真弓の扱い方はある程度把握しているので、恐らくこれが一番有効的は方法だ。
真面目で負けず嫌い、そんな彼女は秋人の憎たらしい顔を見て、
「あ、当たり前でしょ! 逃げる訳ないじゃない。負けは負けなんだから、ちゃんと約束は守るわよ」
「よし、んじゃ決定な」
「う、うん」
秋人は思うように事が運んだので、満足そうに首を縦に振る。
ちなみに、秋人が真弓を祭り誘ったのは奏のためだ。退院祝いなら人は多い方が良いし、祭りはやはり大人数で楽しむ催しだと思っての行動だ。
「……でも、本当に迷惑にならない?」
「ならないよ。上之薗さんだよね? 皆でいっぱい楽しもっ」
「わ、分かった」
奏の屈託のない笑顔に押され、真弓は甘受するようにおずおずと頷いた。
祝われる本人が良しとするなら誰も文句は言わないと思い、奏は自ら口を開いたのだろう。
続けて理恵がバサバサと袖を靡かせ、
「よーし! じゃあしゅっぱーつ! ……かみちゃんも行こ!」
「かみちゃん? え、それって私の事?」
「そうそう! ほらほら、早く行こーよ」
「お、それ良いね。俺もかみちゃんって呼ぼ」
理恵は恐らく真弓の名前を知らないのだろう。なので、奏の言った名字から勝手にあだ名をつけ、真弓の腕を強引に引っ張る。
将兵もそれに便乗してフレンドリーに接しようとしたが、真弓の睨みによって撃沈。
教室中に笑いが溢れ返った後、全員は祭りが行われる中央区へと移動するのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
電車で移動した一行は、駅から出た途端に身を包む賑やかな雰囲気にあてられていた。
パラダイスで行われる祭りと呼べるものはこれ一つで、中央区全域を使って二日間に分けて祭りは開催されている。なので、人でごった返しているのは当然の結果なのだ。
一般手な焼きそばやフランクフルトの屋台や、パラダイス特有の人外種ビスケットなどが売られている。
そんな物を見れば黙っていられないのが一人居た。
「うわぁ! いっぱいかき氷があるよ! 早く早く!」
「ちょ、ちょっと理恵っ。上之薗さんも早く行こっ」
「う、うん。人混みに気をつけなさいよね」
いくつかあるかき氷の屋台目掛け、理恵は奏の腕を掴んで走り出してしまった。続けて真弓が二人を追うように慌てて走り出す。既に馴染んでいるのが、理恵の空気を読まない特技が項をそうしているのだろう。
「なぁ、秋人。お前知ってるか?」
三人の後を追おうとすると、隣に立つ将兵が奏の後ろ姿を凝視しながら低音ボイスで呟いた。
こういう時は決まって下らない事なので、秋人は無視して歩き出そうとするが、
「浴衣の下って、下着つけてねぇんだぜ」
「なん……だと……?」
次の発言により、秋人は自らの行動を停止。別人のように真面目な顔に変化し、将兵と同様に奏の後ろ姿へと視線を移動。
端から見れば完全に怪しい人達なのだが、今の二人にはそんな事よりも重要な事があるらしい。
「つまりよぉ、事故で触れちまったら感触が分かるって事だよな」
「そうなるな。それに事故なら仕方ねぇよな」
「仕方ないな。事故なんだし、誰にでもあるよな」
「これだけの人混みだもんな。ぶつかるくらい普通だよな」
思春期丸出しの変態二人。何やら犯罪じみた事を考えているらしく、纏う空気がユラユラと歪んで行く。
そんな二人を後ろから眺めいた花子が、間から顔をニョキっと出現させた。
「お二人に良い事を教えてあげましょう。浴衣の下に下着を着けないというのはほぼ迷信ですよ。凹凸を無くし、着崩れしないように着けない人も居ると思いますが、今の若者はそこまで気にしません」
「「え? マジで?」」
「マジです。大体の人はそれ専用の下着とか着けてますよ。それに、こと登坂さんと相良さんに関しては、着る時に一緒にいたので着けていると断言出来ます。一般的に、和服は凹凸が無い方が美しいと言われてますからね」
その発言は、秋人と将兵にとって男のロマンを打ち砕くには十分だった。ガックリと項垂れ、この世の終わりのような顔で地面を見つめる二人。
祭りの楽しいが八割ほど消えたところで、花子が腕を前に突き出して二人の間へと移動。
「ですが、創さんがどうしてもと言うなら、私は今からでも下着を外して来ますよ! 勿論、その見返りは要求しますけどね! 解剖です解剖! 一週間毎日解剖させて下さい!」
「よし、行こーぜ将兵」
「そうだな、この悲しみをやけ食いで癒すとしよう」
花子の大胆発言を無かったかのように無視。肩を落としながらアキ達は奏の元へ向かった。
確かに、気にならないと言えば嘘になるだろう。
しかし、それは自分の体を解剖してまで見たいものではないのだ。
「な、何で無視するんですか! 私だって意外と大きいんですよ! 着痩せするタイプなんですよ! 白衣の内側を見たくないんですか!」
二人が去った後、花子は白衣をバタバタと揺らしながら、悲痛な叫びを上げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます